窪さん、オーストラリアに入国拒否されるの巻【上】

タイトルからネタバレ全開の大盤振る舞いなのだが、なんと私は去年の春に突如オーストラリアへの入国を拒否された。

世界が認める日本国パスポートを所持するこの窪 ゆりか様が、オーストラリアへの入国及びオーストラリアへ向かう機体にすら登場拒否されるという緊急事態が発生。

そして、その謎の真相は未だ解明されることなく迷宮入りとなった。

あれから約1年という月日が経過し、ようやくあの頃の苛立ちと熱りが覚めて記憶が脳裏から消え薄れゆくその瞬間。

再びあの頃の悪夢が蘇るのである。

1. ある男との出会い

私が仕事でタイのバンコクに住んでいた頃、ある週末にルームメイトの女友達に誘われギラギラと輝く夜の街へ繰り出した時の事だった。

“キラキラ”なんていう耳障りの良い表現には決して似付かわしくない奇抜なネオンに包まれ、バンコクで人気のバーやクラブを片っ端からハシゴしては酒を喉に流し込み、瞬く間にこの街は私たちの理性という理性を隅々まで奪って行った。

そして夜が深まった頃、とあるバーで友達がトイレへ行くと言って席を立ち、一人残された私がふとバーのカウンターにゆっくりと腰掛けたその時、私はある男に声を掛けられた。


「君、さっき○○○(店の名前)に居たよね?」

「君は気付いてないと思うけど、僕はさっきその店で友達とご飯を食べていたんだよ。」


そう話し始めた彼が私の視界に入った瞬間、酒でギンギンに冴えた私は秒速でそれまで死滅していた脳みそを一気にフル回転させた。

【顔】→ラテン系の甘いマスク。悪くない。

【仕草】→総じてセクシー。合格

【年齢】→推定52歳。振舞いに余裕有り。

僅か1秒足らずの短い瞬間で、いつもは何故か一切顔を出すことのない私の本能的な女細胞が突如活性化し、気が付くと私はその男に及第点を付けていたのである。

「何か違うものでも飲む?好きなもの頼みなよ。」と続けるラテン系イケメン親父の言葉に甘えつつも今宵はガールズナイト。

別に男が必要ではなかった私は、この純度100%の下心のみで形成された男の優しさとかいうプライドを巧みに利用し、私だけでなくトイレから戻った女友達の分の酒をもその男にうまいこと奢らせるのであった。

そして、私たちはアルコールが入っているとは到底思えないほどのありふれた話を少しだけ交わし、彼はスッと自分の名刺を私に差し出して静かに店を後にしたのである。


この去り際の潔さよ。

店が混んできたら、ちんたらと長居せずにサクッと一杯だけ飲んで、「明日もあるし今日は早めに帰るよ。」と粋な嘘をついてはサラリと金を落としていく、どこぞの上客の様。そう、ハイソは散り際に出るのである。


その後、ガールズナイトを存分に楽しんだ私たちは、今宵の楽しい出来事を振り返りながら家へと戻り、透かさず先ほど出会った男の査定を始めた。

彼女は私の手から勢いよく彼の名刺を奪い取り、「ほんと、あんたったら私がトイレ行ってる間になにやってんのよ!でも、なかなかの色男だったし悪くないんじゃない?」と、言いながら物凄いスピードで彼の名前をググり始めた。

友達の驚異的なリサーチ力の甲斐もあり、彼はGoogleでも検索可能な世界に何店舗も店を持つレストランのシェフ兼オーナーのフランス人ということが判明した。

「シェ…シェフかぁ…。」と、私は正直なところ独断と偏見だけの嫌な予感が脳裏を過ったが、その女友達は彼の“甘いマスク”、“シェフ兼レストラン経営”、“フランス人”というワードだけで私より遥かにテンションが急上昇し、グイグイと私の背中を押すのであった。

2. 地獄のバレンタイン

ガールズナイト明けの翌日、早速私の携帯が鳴り画面を見ると、言わずもがな相手は例のフランス男であった。


「今日はバレンタインだけど、もう予定はあるの?」


そう。その日は幸か不幸かバレンタインデーだったのである。

私はその日、昼過ぎには仕事が終わってその後は特に用事がなかった為、素直に「仕事以外に特に予定はないよ。」と告げると、「せっかくのバレンタインなのに君が一人で過ごすなんて放って置けないな。」と、なんともフランス人らしい激甘フレーズをぶちかまし、急遽その彼とカフェで軽くお茶でもしようという話になった。

待ち合わせ場所は、バンコクの中でもここ最近富裕層から非常に人気の高い高級デパートの中にあるカフェで、店に到着してスタッフに店の中へと案内されると、奥のソファ席に長髪を掻き上げながら静かにエスプレッソをすする渋い彼の姿があった。

私はその光景を目にしながら、「うむ。酔ってなくても及第点。」と呟きながら彼と合流し、昨晩とは打って変わってケミカルなネオンではなくナチュラルな日光を浴びながら、アルコール抜きで互いの仕事や恋愛、人生についてゆっくりと語り合った。

そして、軽くデパートの中を見てから帰ろうという話になり、一緒に歩きながら偶然女性物の靴屋の前を通ったその時、私は別に物欲しそうに指を咥えながら靴を眺めた覚えは一切ないのだが、彼は私に向かって急にこう言い出したのである。


「靴、欲しい?」


………。

なんだこいつ。

早速私に恩を着せようとしているではないか。

私はそんな教科書の見開き1ページ目に書いてあるかの様な彼のなんともクラシックな戦術を読みながらも、この段階で真面目に断るのもなんだし、とりあえず見るだけ見ておこうと「良いのがあったらね。」とだけ返して店内へと進んだ。

特別高級店ではないものの、様々なブランドの靴を幅広く取り揃えたお店で、彼は店へ入るなり「これはどう?」「こんなのは?」と、次々と自分好みの靴を手にとっては私にリコメンドしてくるのだが、どれもこれも私にとってはイマイチで、私は終始首を横に振り続けた。

それもそのはず、彼は彼自身が好きなものを自分勝手に私に勧めているだけで、私の好みや意見は完全無視。むしろ、私が「これが可愛い!」と手に取ったものに関しては、「それは普段の服に合わせにくくない?」「色が派手過ぎじゃない?」と好き放題イチャモンを付けてくるのであった。


ったく何なんだよ、めんどくさい奴だな。

恩着せたいならグダグダ言ってないで黙ってスッと買えよ、スッと。

私は、厳しいようだが男性のそういった言動一つ一つから心理を読んでしまうというどこか拗れた癖があり、どうしてもこの言動からは「俺好みの女になって欲しい。」というゴミ屑のような男性の深層心理に寒気しかしないのであった。

そんなに私に恩を着せたいと言うのなら、今からそのお言葉にどっぷりと甘えセルジオロッシとマノロ ブラニクの店をそいつの首根っこを摑んで駈けずり回し、覚悟の程を問うてやりたい気分だった。

この場を借りて世の大半の女性の気持ちを代弁させてもらうが、誰がお前らみたいな女を低コストでコントロールし、自分好みの女に変えようとする自分本位でしかない男のために自分に嘘まで付いて身を飾るんだよ。私の装いというアイデンティティを見縊るでない。

私は自分の中にそんな苛立ちを秘めながら、“さっさとこの買い物を終わらせて早く帰りたい。”という気持ちで先に店を出て、彼に「気持ちは嬉しいけど、特に欲しいものはなかったから大丈夫。」とやんわり着せられかけた恩という名のクーリングオフを図った。

しかし、彼は「バレンタインだから何か君にプレゼントしたいんだ。」と頑なに引く気配を見せず、その時折垣間見える彼のエゴイズムに呆れた私は、その場をどうにか切り抜けようと先ほどとは違う靴屋にさっと入り、値段が割と手頃な一足のハイヒールを手に取った。

そして、それはなんと幸運な事に、まさに今私が求めていたベストに近い状態の代物であった。

使い勝手の良いデザインに加えて、安過ぎず高過ぎずというバランスの良いプライス。日常に少し花を添える程度の存在感で、これを女性にプレゼントしたところで、決して恩を着せたとは断言出来ない絶妙な値段が100点満点だったのである。

そう、これは全て私の完璧な計算だ。

男のプライドを潰す事なく見栄は張らせ、良い気分にしつつも決して変な淡い期待を持たせることの無い際どいラインを見極めながら適切な商品を選ぶという男と女の買い物心理戦。

ここまで丁寧に色々考えた上で、妥協して別にそこまで欲しくはないものを手に取って「これが欲しいな〜。」と可愛く言ってあげていることにむしろ感謝して欲しい。

こうして私たちはこの恐ろしいバレンタインの買い物を終え、買ってもらったハイヒールの紙袋を片手にデパートの出口に着いた時、彼は私にこう言ったのである。


「この後どうする?」

「帰る?それとも僕のアパートでお茶飲む?」


…………。

ぬあぁぁぁぁぁあああんだとぉぉぉおお!!

やっぱり恩着せてんじゃねぇかよこの野郎ぉぉお!!

誰がたかが靴一足ごときで、のこのこと男の家まで行って身を捧げるのか。

買い物時の私のあの完璧な計算も虚しく、彼のその微々たる投資額ですぐさま利益を回収し、一発当ててやろうという非常に浅ましい魂胆を垣間見た私は、その後迷う事なく直帰したのは言うまでもない。


そして、この後なんと私たちはオーストラリアでの再会を計画するのだが、これがとんでもない展開となるのである…。



窪 ゆりか

HP:https://www.yurikakubo.com/

Twitter:@49lilyurika

Instagram:@lilyurika49

YouTube:窪 ゆりか//YURIKA KUBO



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?