女もつらいよ。
「30歳、バツイチ、子はいないが子育て経験あり。」
一体誰がこのような人生になると予想しただろうか。
これは、かつて子供の頃描いていた未来予想図とは、到底かけ離れた道をただ今絶賛独走中の私が語る、ノンフィクションである。
突如迫り来る顔面の悲劇
離婚という道を選んで二度目の秋を迎えた頃、私の顔面に突如として異変が起き始めた。
仲の良い友達とのお出かけ前の準備中に、鏡を覗き込んだその時だった。
「むむ・・・。」
「こんなに私の顔の毛って濃かったっけ?」
自分の顔面に起こっている悲劇に絶望しながら、鏡を片手にこれから会う友人に直ぐさまLINEを入れた。
「悲報。ヒゲが生えてきている」
親友からは、この惨劇の衝撃を端的に物語るスタンプが一つだけ返ってきた。
それから私は、いつものように慣れた手つきで化粧を施しながらも、自分に押し寄せてきているであろう絶体絶命の危機の理由を探った。
「保湿をしっかりしないでカミソリを使ってしまったからか…」
「カミソリの使用頻度が多過ぎたのか…」
恐らくそれらも顔の毛が濃くなる理由の一つではあるだろう。
だが、私の中でしっかりと納得できるだけの確信を得る理由は、そこではなかった。
別れという道を経てからというもの、私は仕事(育児含む)に没頭する日々が続き、あっという間に季節は流れ、気づいた頃には一人の女性として「女」を意識する時間が無くなっていたのである。
それは、枯渇したオキシトシンをチョコレートだけで補うには限界があるという現実を突き付けられた瞬間だった。
デートまでの険しい道のり
「このままではいかん!」と思い、直ぐさま部屋の窓を開けクローゼットの中を整理。
いつもよりも倍の時間をかけて入念にスキンケアに励みながら、私は携帯を手に取った。
「よし、デートでもするか…」
ため息交じりの私のこの小さな覚悟は、自発的なものというよりは、自分の顔面に今起きている悲劇への応急処置みたいなものだった。
時同じくして、有り難いことに最近デートの誘いが幾つかあった私は、重い腰をあげて早速彼らと日取りを決めるべく連絡を取り合った。
男性Aさんは、先日代官山を歩いていた時に偶然出会ったアメリカ人で、優しく大らかそうな雰囲気を持つ人だった。
彼は出会ったその場で懸命に「僕は4年前にサンフランシスコから日本に引っ越して、今はあそこのマンションに住んでるんだ」と後ろに堂々と聳え立つ大きく立派なマンションを指差した。
そのマンションを眺めながら「へぇ〜、そうなんだ。素敵なお家だね」と返すと
彼は「会社は○○証券で○○○で働いているんだよ」と続けて、自ら勤務先を明かした。
「勤務地とか別に聞いてないけどね」と心の中で呟きながらも、彼に対して特に悪い印象が無かった為、一応その場で連絡先を交換し食事をしようという流れになった。
日付と時間が決まった後直ぐに
「じゃあ、11月○日の18時に"代官山駅"で」
と、彼はなんの躊躇もなく場所を指定してメッセージを送ってきた。
人にとって捉え方は違うし、深読みをし過ぎの可能性もあることは承知の上だが、この何気ない一言に私の負のシグナルが揺れ動いた。
「何故、ディナーに招かれている側の私が、わざわざ代官山に出向かわなくてはならないのか」
「そんな小さなことで」と感じる方もいるだろう。
だが、事前に私は、彼に都内でも代官山とは真逆の遠い場所に住んでいると伝えていたのにも関わらず、場所の相談は一切せずに自分の家の近所でディナーをセッティングするという行動に嫌な予感しかしないのだ。
そんな些細な言動ひとつが色々な悪いことを連想させ、挙げ句の果てには初見の自己紹介さえ疑問に思えてくるのである。
聞いてもいないのに自分の住まいや職場を明かす事が、もしかすると彼にとっては自分の価値を証明するプレゼンテーションだったのかもしれない。
でも、私にとっては彼がどこでどんな住まいに住もうがどこの会社に勤めようがどうでもいいのである。
勿論、肩書きも一つのアイデンティティではあるが、それが自己アピールの為の宣伝要素やステータスとなった瞬間に、私にはその人が一気に曇って見えてしまうのだ。
決して他人をジャッジしたいわけではないが、自分の身と心の安全の為に、今まで必死に30年の知識と経験を寄せ集め作り上げてきた恋愛辞書みたいなもので、結局はYesかNoを決めるしかないのである。
こうして私は、デートで得られるかもしれないオキシトシンへの可能性をゴミ箱に捨て、今顔面に起きている逃れられないヒゲ問題を真っ向から受け入れる道を選んだ。
苦労して一度上げた重い腰を再びゆっくりと降ろし、今日も変わらず癒しのネコ動画を見ながら、大好きなチョコレートを口に運ぶのである。
窪 ゆりか
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