どれも似たような求人票。それはしかたない事?

人材紹介会社のCMやサイトを見ると、”○万以上の求人案件”という謳い文句をよく見る。確かに、日本中の「今、人を探しています!」と求人の数は、パートタイムや契約社員、あらゆるものをカウントすればそれくらいにはなるだろう。何十万件もあれば、1社は採用されるだろう、そう思うのは自然だ。企業側も一人ぐらいは誰か採用できるだろうと思うだろう。これも自然だ。だが実際には、何十社も応募して、面接に進める会社は多くなく、内定が出ないこともある。何十人も面接しても、内定を出さず、何年もずっと募集しているポジションも少なくはない。それって何故なんだろうか。

数ではなく、質なんだという結論に私はいつもたどり着く。

ただ、求人票って、どれも似たり寄ったりだと思いませんか?”3年以上のプロジェクト立ち上げ・運営経験”とか。そもそもプロジェクトって、非定型業務。それって、誰もが手を挙げてやれるチャンスをもらえることではない。何らかの形で携わることが出来ても、中心人物として動かしている人なんて、果たして日本にどれくらいるだろう。

これまで多くのプロジェクトマネジメント経験者が条件の求人案件を扱ってきたが、実はプロジェクトの意味が、企業によって微妙に違う。一つは、ドラマや映画で描かれるような、部署のまたいでメンバーを集め、これまでにない事業を意味する。これは分かりやすい。他にも、非定型業務をプロジェクトとさしている企業は少なくない。つまり、人事ならば、給与計算などの定型業務を担当しつつ、働き方改善に向け、アディアを出し、提案を上司にして、承認されたら実行するような業務。こういったことは、企業に寄っては、業務改善とか、QCサークル活動(QC,Quality Control)と言ったりする。そうすると、予算や参加人数に関わらず、QCサークル活動を通年やっている人からすれば「プロジェクトマネジメント経験なんてあるわけない」と思ってしまう。こういう人材を多くの企業は見逃していることに気がつかない。

企業によって、「当たり前」と思っている社内用語は、一歩会社の外に出れば通用しないことがほとんど。だから、求人票は、小学生が読んでもわかるくらい、誰もがイメージできる表現に書くべき。だが、多くの企業が面倒がって。「これくらいわかるでしょ?」と丁寧に書いていなものが実に多い。
また、「プロジェクトマネジメント何を、どれくらい、どんなふうにやったか、全く書いていなかったら、「応募してみよう」とならない。全く同じようが仕事で、給料もたいして上がらないだったら、応募したいと思えない。となれば、企業の知名度で、判断するしかない。「大企業だから大丈夫だろう」「CMで聞いたことがある会社だからよさそうだ」。結論として、募集する側も、応募する側も、”なんとなく”なのだ。

求人票は、どんな仕事なのか、応募条件は何か、どんな労働条件かを明記するものであることは大前提だが、それに加え、仕事を探している人に、キャリアを問いかけるモノであるべきだと、私は考える。例えば、営業の経験者はいつも、営業のカテゴリーばかりを条件検索して、リストアップされた中から、知名度のある会社や条件のよさそうなところに応募する。それ自体は悪くない。それと並行して、自分には何が出来るのか、何がしたいのか、何を目指しているのか、働く上で自分が譲れない価値観とは何かを考えさせるきっかけが求人票だと思う。例えば、今までプロジェクトなんてものにはかかわったことがないと思い込んでいたが、求人票にある”社内の部署を超え、意見を吸い上げ、まとめることが得意な方”とか、”コンセプトに沿って企画をまとめ、役員をはじめ社員に説明し、納得を得た経験がある”と書けば、プロジェクトという言葉にとらわれず、自分の過去に経験を思い出したり、営業以外にも、得意なことや培われたことに気がつく。

企業側や人材会社も、端的な”プロジェクトマネジメント経験者”というキーワードで、データベース検索をして毎回同じような人がリストアップされ、スカウトしても返信がないと嘆くのではなく、思わない人材の発掘になるのだ。

求人票の手直しを提案しても、多くの企業、担当者は後ろ向き。結局、その仕事が何なのか、魅力が何か、掘り起こしをせず、どんどんオープンして、ただもマッチングをしているに過ぎない。仕事の魅力って、「○年以上の経験」という表現では決して打ち出せはしないし、企業で活躍する人材は永遠に応募どころか、その企業の存在、その求人にすらめぐり合うことはない。何十万件の求人があっても、多くの企業も、人も、ホントに出会いを逃している、実にもったいない。。。

「人生経験の引き出し」がいっぱいあります。何か悩み解決のヒントになる話が提供できるかもしれません。