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同じクラスのオナクラ嬢 第39話

 気がついたら、河原の方まで来ていたらしい。
 どうやってここまで来たのか、ほとんど記憶がなかった。信号や横断歩道は無意識に守って歩けていたのだろうか。

 ――知らない!! 鏡花なんて、大っ嫌い!!!
 ――鏡花の顔、見たくないよっ……

 嫌われてしまった。
 友里ちゃんに、あんなことを言われてしまった。言わせてしまった。拒絶されてしまった。
 思い出しただけで足が竦み、立っていられなくなり、私は屈んでしまう。
 これからどうしたらいいんだろう。
 隣に友里ちゃんがいない人生に、何の意味があるんだろう。
 視界が霞む。勝手に涙が零れてくる。
「うあぁ……っ」
 初めて会った時から今までの友里ちゃんとの記憶が、脳の中で流れ、過ぎ去っていく。走馬灯を見たことはないが、こういうものなのかもしれない。
 こうなったのも自分が蒔いた種が原因だ。他の男を、友里ちゃんに寄せ付けないようにしてきた。排除してきた。
 何のために?
 私はなんのために、それをしていた?
 友里ちゃんに悪い虫がつかないため?
 それとも、自分の為?
 友里ちゃんを独占したい。他の人間に渡したくない。
 そのために、友里ちゃん本人の気持ちを無視して、それを繰り返していたんじゃないか?
 そして、いずれ自分までもが排除されてしまった。
 なんとも皮肉な結末じゃないか。
 自業自得。銃を向けた人間は、自分が撃たれる可能性も考えなくてはいけない。

 ――私のこと、馬鹿にしてたんだよねっ……!?

 違う。
 今更何を言ったところで言い訳にしかならないだろうし、信じてもらえないだろうし、言ったところで許されることでもない。
 それは、わかっている。
 でも、違うんだよ、友里ちゃん。
 馬鹿にしていたわけじゃない。
 私は――

「ねえ、君、ひとり? ひとりっしょ?」
 突然声をかけられた。
 鼻を啜り、目元を拭いながら見上げると、筋肉質で肌が黒い、見るからに軽薄そうな男が立っていた。
「偶然……ってか、運命的に、俺も今、ひとりでさ。お互いひとり同士、どこかでお茶でもしない? 俺、地元では平成のキムタクなんて呼ばれてるんだぜ。絶対楽しいからさ。まずはちょいマックでもしねえ?」
 こんなにナンパらしいナンパも珍しいな、と思いつつも、もうどうでもいい気分だった。普段であればこういう手合いは一瞥することもなく無視するが、今日はもう、思いっきりぼろぼろになってしまうのも悪くないかもしれない。
「……楽しませてくれる?」
「!! あ、ああ! モチロンっしょ! メイビー! 女の子ひとり楽しませられない男なんて、ここじゃ未来ある若者なんて言わねぇんだよ!」
 男が私を立ち上がらせようと手を差し出す。
 私が、その手を握ろうとした――その時だった。
「お姉ちゃん! 早くお祭り行こうよ!」
 肩を掴まれ、驚いて振り返ると、友里ちゃんの妹の紫乃ちゃんが、そこにいた。
 車椅子に乗り、にこっと可愛らしい笑みを浮かべている。
「え、あ……」
 突然のことに何も言えないでいる私の手を引いて、紫乃ちゃんはナンパ男に向かってい言った。
「ごめんなさい、お姉ちゃんは、私だけのお姉ちゃんなんで」
 そのまま、車椅子を走らせ、私を引っ張る。
「あ、おい、ちょ待てよ!」
 ナンパ男はそう言うが、追いかけてくる気まではないらしかった。
 河原からしばらく離れたところ紫乃ちゃんは車椅子を停め、ふぅと溜息をついた。
「だめだよ、鏡花ちゃん! あんなあからさまな男についていったら! もっと自分を大切にしなきゃ!」
「あ、うん、ごめんなさい……」
 いや、それよりも――。
「紫乃ちゃん、どうしたの? ひとりなの? だめだよ、ひとりで外出るなんて、危ないよ」
「鏡花ちゃんまで私を子供扱いするー」
「いや、そういうわけじゃないけど……」
「今日はね、偵察ですよ。スパイ活動中なの」
「す、すぱい……?」
 紫乃ちゃんは言うと、どこから取り出したのかサングラスを顔にかけた。
「そう! おねえスパイ大作戦!」
 ご丁寧に水鉄砲まで持って、ポーズを取った。子ども扱いされたくないやつのすることとは思えない。
「なーんか昨日からおねえの様子がおかしくてさー。妹としては、気になるわけですよ。絶対、沖内くんと何かあったんだよあれ。聞いても何も話してくれないんだけど。で、今日お祭りに行くっていうから、何かあるかもしれないなと思って、こっそり偵察しに来たわけです。思ったより準備に手間取っちゃって、出かけるまでに時間かかっちゃったんだけど」
「あ、そ、そうなんだ」
「で、その途中で鏡花ちゃんを見かけて今に至るわけなんだけど――そういえばなんで鏡花ちゃん、おねえと一緒じゃないの? 何かあったの? え、あれ、浴衣の袖、汚れてない? 血? どうしたの? 大丈夫?」
「あ、これ、は……」
 友里ちゃんの鼻血を拭いた時についた痕だ。
「え? 鏡花ちゃん、その目……泣いてたの?」
「……っ」
 私は咄嗟に顔を腕で隠してしまう。その行動で、紫乃ちゃんは確信したようだ。
「……ねえ、何があったの? 教えて」
 隠して、どうにもなることじゃないのかもしれない。
 私は、紫乃ちゃんに事情を説明することにした。
 とある事情(さすがにそれは言えない)で友里ちゃんに嫌われてしまい、そのショックで河原まで来てしまったことを紫乃ちゃんに話した。
 話を聞いた紫乃ちゃんは、「なんでそうなっちゃったのかは知らないけど」と前置きした上で、「なら、仲直りすればいいのに」と簡単に言った。
「仲直り……?」
「そうだよ。なんでしないの?」
「だって、私、友里ちゃんを傷つけちゃったから……」
「? だからこそ、仲直りしなよ」
「でも、もう、友里ちゃんは私のこと許してくれない……」
「え? なんで?」
「だって、大嫌いって言われたし……顔見たくない、って……」
 言われたことを思い出して、また、泣きそうになる。
「どうしたの鏡花ちゃん。本気でそう思ってるの? おねえが、本気で、鏡花ちゃんのこと嫌いになったって、そう思ってるの?」
「そうだよ。だって、友里ちゃんがあんなこと言うの初めてだし、あんなこと言うの、見たことないし……」
「鏡花ちゃんのことが他の誰よりも好きだからでしょ」
「え……」
「鏡花ちゃんなのになんでそんなこともわからないの? 人の顔色ばかり窺ってるおねえが、唯一本心を見せられるのが鏡花ちゃんなんだよ。確かに本気で言ったんだと思うけど、内容自体は本気のわけないじゃん。おねえが、鏡花ちゃんのことを大嫌いになるわけない。大嫌いって言えるくらいに大好きなんだから。私の知る限り、おねえにとってそんな人、他にいないよ。それは、ある種の甘えなんだよ、鏡花ちゃんに対しての」
「そう……なの……?」
「ねえ、らしくないよ。恋愛百戦錬磨の鏡花ちゃんなんじゃないの? なんで自分のことになると盲目になっちゃうの? だっさいなー」
「うう……」
 最近、自分に以前ほどの自信が持てなくなっている。沖内くんに振られたのが原因のひとつだろう。あの男、許せない。
「こういうのは早いに越したことないよ。怒りって、本人もそのうちなんで怒っているのかわからなくなって、でも怒らなきゃいけないから怒るんだ、っていう理由なき怒りに変わっちゃって、そうなると余計厄介になるから。今電話かけるから仲直りしちゃお」
 紫乃ちゃんは、首にぶら下げていた携帯電話を手に取り、友里ちゃんの番号に発信した。
「え、待って、まだ心の準備がっ」
「大丈夫だよ。最悪、私がどうにかするから」
 時折、この子は本当に自分よりも年下の高校生なのか疑わしく思う時がある。
 しかし、携帯電話を片耳に当てているその紫乃ちゃんの表情が、見る見る内に曇っていった。
「……どうしたの、紫乃ちゃん?」
「……繋がらない」
「え?」
「おねえに、電話が、繋がらない……」
 顔が、青ざめている。
「電波が繋がらないところにいるか、電源が入っていないって……」
「それは、そういう時もあるんじゃないの? 充電のし忘れで切れたりとか――」
「ないもんっ!」
 紫乃ちゃんが、大きな声を出した。
 さっきまでの大人びた様子とは違う、年相応の少女の姿が、そこにあった。
「おねえは、そんなことしないっ! いつだって私と連絡がつくようにしてくれてるっ! 何かあったんだ……! どうしよう、鏡花ちゃん! おねえに何かあったら、私っ……!」
「落ち着いて、紫乃ちゃん」
 友里ちゃんに何かあったのかもしれない。
それを聞いて私も取り乱しそうになったが、目の前で慌てている少女を見て、自分は冷静でいなくては、と感情に抑制がかかった。
 大丈夫だ。そんなはずはない。たまたま電波の繋がらないところにいるだけかもしれないじゃないか。紫乃ちゃんはああ言うけど、不注意で充電をし忘れてバッテリーがなくなることだってあるだろう。そうだよ。きっとそうだ。
 私は自分の携帯電話を取り出し、今、友里ちゃんと一緒にいるであろう確率が高い人――唐沢さんに電話をかけようと思ったが、それを躊躇ってしまう。

――名越さんは、選ばれなかったんだから、でしゃばるな

 友里ちゃんを叩いたあの女に、頼りたくない。
 そんなこと考えている状況じゃないのはわかっている。でも、心理的に、その番号にかけるのを、身体が拒否している。
 そうだ、神永さんなら。いやあの女に借りを作るのも癪だ。私は自分が自分で嫌になる。早く確認しないといけないのに。そんなことどうでもいいじゃん。いや、でも。
 結局、私が選んだのは、沖内くんだった。
 そして、電話に出てくれた沖内くんは、言った。

『妹さんが大変な状態だからって、迎えに来た病院スタッフの車に乗って行ったって――』

 それを聞いて、私は倒れそうになってしまった。
 まさか、だ。
 本当に、友里ちゃんに何かが起きたんだ。
 なんだよ。
 唐沢と、神永。
 なにしてたんだよ、あいつら。
 友里ちゃんと一緒にいたんじゃないの?
 いや、違う。
 私だ。私が悪いんだ。私がいつものように、隣にいれば。
 絶対に、こんなことには――。
 沖内くんは、自分たちも探すからまずは合流しようと提案してくれた。
 私は紫乃ちゃんと沖内くんが来るのをふたりで待つ。
 電話が終わって15分も経たない内に、見覚えのある車がほとんど暴走車のように私と紫乃ちゃんの前で停まり、運転席からは唐沢晶が、後部座席からは顔を蒼くした神永と顔を白くした沖内くんが、それぞれ車内から地面に降り立った。
「なんだよ、この運転っ……えっちょっと待って無理……うぇろろろろろろ」
 降りるなり、道端で神永さんが嘔吐している。汚い。
「神永さん、吐いてる場合じゃないだろ。まずは情報整理だ」
「この女やっば……てめえの運転のせいなんだが……」
「名越さん、紫乃ちゃん。ごめん遅れて。お互いに知っていることを共有しよう」
 顔を白くしながらも、沖内くんが凛として私たちと向き合う。
 その姿を見て、紫乃ちゃんの前では気丈でいようと無理して張っていた気が少し緩んでしまったのかもしれない。
「沖内くんっ……!」
 私は、ほとんど無意識的に沖内くんに抱き着き、彼の胸に顔を埋めていた。
「……は? 負け犬がなにしてんの? おい」
「ありがとう、来てくれてっ……! 私、もう、どうしていいのか、わからなくてっ……! 友里ちゃんがっ……! どうしよう、どうしようっ……!! 何かあったら……私、どうしたらっ……!!」
「どうしたらって、まず離れろよ。なあ」
「うぇろろろろろろろろろろろっ!!!」
 雑音がうるさい。
「大丈夫、名越さん。九条さんに何かあった、なんてことにはさせない。させちゃいけないんだ」
 自分を鼓舞するように、私たちを落ち着かせるように、沖内くんが言う。紫乃ちゃんも、ほとんど泣きながらだが、こくっと頷いた。
「うん。絶対に“何か”なんて起こさせないっ……!」
「あー……」
 今の今まで吐いていた神永さんが、顔色を悪くしながらも、高く通る声で言った。

「とりあえず、あたしにひとつ考えがあるんだけど、話していい?」

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