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同じクラスのオナクラ嬢 第40話

 あれ、どうしたんですか?
 目の前のいる男は、そう言って不思議そうに首を傾げた。
「脱がないんですか? ああ、焦らしてるんですか?」
 ビデオカメラがこっちを向いている。
 だだっ広い部屋の中で、私は、ベッドの上で、カメラを向けられている。
「なんでっ……」
「はい?」
 榊原は、今度は逆の方向へ首を傾げた。
「なんで、私が脱がなきゃいけないのよっ」
「……ああ」
 榊原は赤いソファーに腰を下ろして、「まあ、もっともですね」と頷いた。
「僕も、同情してます。あんまりですよね、こんなの。身勝手な女に理不尽な理由で連れて来られて、結果、裸を撮られようとしているなんて、可哀想に」
 ふぅ、と溜息をついてから、榊原は続けた。
「でもね。約束は守らないと。だめですよ、九条さん。天海の身代わりになるって言ったじゃないですか」
「私、そんなこと言ってない!!」
「ああ、そうでしたっけ。でも、じゃあ、いいんですか?」
「なに、が……」
「明日、天海が死んだっていうニュースを見ても、平常心を保っていられますか?」
「なに、意味わかんない……」
「別に、それで九条さんがなんとも思わないのなら、全然良いんですけど。天海さんも可哀想に。一度は助かったと安心できたのに、結局、九条さんに裏切られて、絶望の中、命を落としてしまうんですね。それなら最初から希望なんて与えなければいいのに。酷いことしますね、九条さんも」
「勝手な事言わないでよっ! 私、関係ないっ! たとえ天海さんに何かあったとしても、全部、百パーセント、そっちが悪いんじゃない!!」
「おや、さっきの聖母のような九条さんはどこに行ったんですか?」
 榊原はわざとらしくきょろきょろと部屋を見回したかと思うと、「あ、最初からいなかったのか」と可笑しそうに静かに笑った。
「とにかく、帰してよ。私、帰らないと――」
「紫乃ちゃんのことが心配ですもんね」
 榊原の口から紫乃の名前が出たことに、とてつもない嫌悪感と気味の悪さを覚えた。
「天海から聞いていますよ。大切な妹さんですよね。大事な大事な妹さんだ。大変でしょう、その若さで、ひとり、医療費や通院費を工面するのは。本当に尊敬します」
「……やめて」
 お前みたいな男が、紫乃について、喋るな。
「僕はね、思うんですよ。他人に優しくできる人には幸せになってほしいなと。常々思ってるんです。頑張る者が報われる世界こそ美しい。アートです。そう思いませんか。情けは人の為ならず。良い言葉ですよね。人に親切にすると、自分にも返ってくるんです」
 気持ち悪い。今度は何の話が始まったのか。
「だから、人に不親切な人間には、不幸なことが起こる世界こそ望ましい」
「は……?」
「今後、紫乃ちゃんの人生に、何もなければいいですね」
 その言葉に、私は固まってしまう。
 なに……?
 なにを、言ってるの……?
「脅迫、してるの……?」
 榊原は、乾いた笑いを上げる。
「はは。まさか。そんなの犯罪じゃないですか。ただ、願ってるだけですよ。紫乃ちゃんに不幸なことがなければいいなぁと。車椅子じゃ、急に襲われたりしても逃げられないでしょうし。気をつけてあげてくださいね」
「……す」
「はい?」
「紫乃に手を出したら、殺す!!」
「うっわ、こわ。え、なにそれ、脅迫ですか? 脅迫なんて初めてされちゃいましたよ。うわーこわー。警察に言おうかな」
 へらへらと笑いながら、榊原は立ち上がった。
「たとえばの話ですけど、守り続けるのと攻撃し続けるのは、どっちが有利でしょうね。しかも攻撃側には、動かす駒がいくらでもある場合です。いくらなんでも、365日24時間、ずーっと守り続けるのは、難しいでしょうね……」
 どうしよう。
 どうすればいい。
 榊原は何やら歌を口ずさむ。でたらめなメロディではあったが、その歌詞は――私の家の住所だった。知られている。私の家が。私と紫乃の住んでいる家が。
「悪い条件じゃないと思うんですけどね」
 榊原は胸ポケットから携帯電話を取り出した。見覚えがある。当然だ。それは、私の携帯電話だ。
「顔は映さない。身体だけです。九条さんが脱いでいるところを撮らせてもらえれば、それですべては丸く収まります。これだって返しますし、天海さんも無罪放免。そんな親切をすれば、きっと、妹さんに不幸が訪れることもない」
 信用できるわけがない。
 嘘に決まっている。
 これで何か撮らせたら、今度はそれをネタに強請ってくるのだろう。
「安心してください。私は、約束は守ります」
「よく言う」
 私は、榊原を睨みつけた。
「何が、情けは人の為ならずよ。こんなことしてるあんたこそ、一番不幸になればいい!」
「悲しいなあ。なんで理解できないんですか」
 榊原は私の携帯電話を床に落とすと、それを強く踏みつけた。
「そもそもこの状況でお前に選択肢なんてないんだよ。調子に乗るなよ」
 榊原が指を鳴らした。
 すると、この部屋に隣接している隣の部屋から、男が入ってくる。
 さっき、私が乗せられた車を運転していた男だ。背が高く、横に大きい。力士のような体型をした男が、無言のまま、榊原の隣で立ち止まる。
「唯一残された選択肢は、これですかね。今、そこで脱いでいるところを撮られるか、強引にこの男――田辺に犯されるところを、撮られるか。選ばせてあげますよ。どっちがいいですか?」
「はぁっ……!?」
 田辺と呼ばれた男は、私を品定めするような目つきで見てきたかと思えば、鼻息を荒くし、目を血走らせた。その様子を見て、ぞっとする。
 嫌だ。怖い。どうしてこんなことになっているんだろう。私が何をしたっていうの。
 ずきん、と頬が痛む。
 唐沢さんにビンタをされた部分だ。
 これが、報いなのだろうか。
 大事な友達を裏切って、その友達の恋人に手を出した報い。
 大切な友達に冷たい言葉を浴びせた報い。
 でも、そんなに悪いことをしたのかな。
 私はただ、私が幸せになりたいだけなのに。
 涙が零れそうになる。
 でも、こんな奴らの前で、泣き顔なんて見せたくない。
 感情を隠すように、私はふたりを睨みつけた。
「いいですね、その表情。睨んでいる姿も可愛いですよ」
「地獄に堕ちろ!」
「脅し文句も可愛い。昔そんなこと言ってる占い師いましたね。あれが美少女だったらもっと流行ったかもしれませんね」
 どうすればいい。どうすればいい。考えろ。考えろ。
 隣の男に犯される? 論外だ。それだけは絶対に避けたい。
 裸を撮られる。
 これだって嫌だけど、これなら自分である程度調整をできるような気がする。時間の調整だ。とりあえず引き延ばして、その間に何か好機が訪れることに懸ける。もはや、それしかないのではないだろうか。
「……った」
「はい? 聞こえませんけど?」
「わかった。脱ぐ。脱ぐから」
 私は言う。浴衣の裾を、ぎゅっと強く摘まむ。
「……へえ」
「約束、守るのよね?」
 そんなこと、信じていないけれど。
 でも、少しでも時間を稼ぐために、無意味な質問をする。
「脱いだら……私が脱いでいるところを撮らせたら、紫乃には手を出さないって、約束、守るのよね?」
「そもそも、我々のような善良な市民がいたいけな少女に手を出したりなんてするわけもないですけど、そうですね、親切は不幸を遠ざけますからね」
「絶対、だからね! 紫乃に手を出したら、許さないから!!」
「ふふ」
 可笑しそうに、榊原は笑う。
「許さないって……本当可愛いですね、九条さんは。素晴らしい。じゃあ、何にしても、契約は成立ですかね。改めて聞きますね。自分で脱いでいるところを撮られるか、田辺に犯されるところを撮られるか。九条さんは、どっちが良いですか?」
「……自分で、脱ぐ」
 どうにかして、少しでも時間を稼ぐんだ。その間にできることを考えないと。
「わかりました」
 頷き、榊原は「おい」と田辺の肩に手をかけた。
「待たせた。いいぞ、犯して」
 え――?
 唾を飲み込む音が聞こえた。
 まるで闘牛のように、巨漢が私をベッドに強引に押し倒す。
 乱暴に胸元をはだけさせられたかと思えば、そのまま腕を掴まれ、身動きが取れなくなる。
 はぁはぁと巨漢の荒い息が、私の顔にかかり、そのおぞましさに思考が止まりかけたが、私は叫んだ。
「待って!! なんで!! 話が違う!!」
「選んだ方をさせる、なんて一言も言ってないですよ」
 榊原はビデオカメラを調整しながら、そのレンズを私の方へ向けている。
「女性の嫌がる顔は、アートですよね。素晴らしい、素晴らしい」
「やだ!!! やめて!!! 嫌!!!! 離してよ!!!」
「すみませんね、九条さん。僕、約束は守るけど、嘘もつけるんですよ。てへへ」
 田辺の顔が、私の顔に近づこうとしている。
「やだ!!! 来ないで!!!! 嫌!!!!」
「そんなに拒絶しないであげてくださいよ。田辺くんが可哀想だ。処女じゃあるまいし、必死過ぎませんか?」
「したことないもんっ!! やだっ!!!!」
「――え?」
 榊原が意表を突かれたような声を出したが、そんなことはお構いなしに、田辺が唇を突き出して迫ってくる。
 待って。やだ。いやだ。怖い。無理。嫌。やだ。怖い。はじめてなのに。嫌。無理。怖い。やだやだやだやだやだ。
 田辺の唇が、私の唇に押し付けられる――その直前。
 ピンポン、と部屋のインターホンが鳴った。
 田辺の動きが止まり、「あ?」と榊原も怪訝な顔をして入り口の方へ顔を向けた。
 ピンポーン。
「続けろ、田辺。無視だ」
 榊原はそう言ったが――。
 ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン!!
 インターホンが鳴り続ける。
 堪えきれなかったのか、榊原は入り口に向かって「うるせえぞ!!」と叫んだ。
「ルームサービスをお持ちしました」
 扉の向こう側から、声がした。

 あ――。

 全身から、力が急速に抜けていく。
「頼んでねえんだよ!! 帰れ!!」
「しかし、ご依頼はこちらの部屋になってます。受け取らないにしても開けてもらわないと困ります」
 ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン!!
「うるせえええええええ!!! それやめろ!!!!」
「なら開けてください」
 榊原は舌打ちをし、「おい、開けてやれ」と田辺に指示をした。
 彼の命令は絶対なのか、田辺は起き上がり、部屋の入口へと向かう。
 そして、ドアを開けようとして――向こう側から勢いよく開かれたドアに押されるようにして、背中を壁に打ち、小さく声を上げた。
「九条さんっ!!」
 部屋の中に入ってきたのは、沖内くんだ。
 さっきの扉の向こうからの声で、沖内くんが来てくれたことはすぐにわかった。
 けれど。
その姿を、顔を、見た瞬間に、見せまいとこらえていた涙が、ぼろぼろと零れた。
「正くんっ……! 助けてっ……!!」
「……おやおや」
 榊原は、カメラに手を置いたまま、私と沖内くんを交互に見た。
「ったいな! 離せよっ……!」
 入口の方へ再度視線を向けると、唐沢さんが、田辺によって床に押さえつけられている。さっきのでやられたのか、田辺は鼻から血を流し、興奮気味だ。
「晶っ!」
 沖内くんが、心配そうに入り口の方を見る。
「私のことより、早く、九条さんをっ……っつ!」
「舐めるなよ、ガキども……」
 そこで、初めて田辺が口を開いた。
「動くんじゃねえよ。この男の腕、折るぞ」
「い、いや、晶は女で……」
「嘘つくんじゃねえよ。こんな可愛い女がいるわけねえだろ」
「いやあ、素晴らしい!」
 突然、榊原が大きく拍手をした。
 何事かと部屋の中にいるみんなが、彼の方へ視線を向ける。
「タダシくん、でしたっけ。九条さんを救けに来たんですか? やあ、素晴らしい。よくこの場所がわかりましたね。その行動力にも感服しました。愛は、美しい。アートです」
「な、なに言ってるんだ、お前……」
 沖内くんが、眉をしかめている。
「良いでしょう! その想いに応えて、九条さんは解放します!」
 ばっ、と舞台役者のように大袈裟に腕を広げたかと思えば、榊原は続けた。

「ただし、この場で、タダシくんと九条さんがセックスをすれば――です」

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