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同じクラスのオナクラ嬢 第45話(最終話)

 走っていたパトカーが急停止する。
「え、どうしたんですか」
「トイレだ」
 見れば、コンビニの前だった。
 運転席にいた警官ひとりがコンビニの中に入って行き、後部座席で私の隣に座っていた警官は「じゃあ俺も煙草を」と出て行ってしまう。自分には手錠もかけられていない。日本の警察はこんなにも怠慢なのかと拍子抜けする。アートじゃないな。
 当然の如く、私はパトカーから降りて、駆けだした。逃走はアートだ。先に連行された田辺は今頃どうなっているだろう。まあいい。私さえ無事であれば、なんとでもなる。
 曲がり角を曲がったところで、誰かにぶつかった。
「失礼、急いでますので――」
「ああ、梨奈っぺの言った通りね」
 目の前には、身長の高い男が立っていた。肩幅も広く、体格が良い。髪はオールバックで、目には濃い目のアイシャドウが塗られ、唇もグロスで夜だというのに艶めかしく光っているのがわかる。蝶ネクタイにベスト、というしっかりとした恰好が、外で見ると余計に胡散臭い。
『大成功。もっくんに逃走のチャンスを作るよう頼んだ甲斐があった』
 なんだ。誰と何の話をしているんだ。
「で、梨奈っぺ。この男――私の好きにしていいのよね?」
『うん。逃走するようなクズだもん。捕まって罪軽かったらまた九条さん狙われそうだし。ちょっと精神崩壊させて、もう犯罪なんかしないように更生しておいてよ』
「悪くて良い女ね。好きよ、梨奈っぺ」
 ボーイのような恰好をした男は、通話を切ると、ぺろっと唇を舐めて、鋭い目で私を見た。
「良い男じゃない……。忘れられない夜にしてあげるわ」
 じりじりと、尋常じゃない威圧感で歩み寄ってくる。
「あ、あああああああああああああああああああああとっっっ!!!」
 その夜、私はすべてを失った。

 起きたかい、と声がした。
 白い天井が、まず目に入った。
 なんだか、昔もこんな光景を見た気がする。
 身体を起こそうとすると、ずきっと頭が痛む。
「ああ、無理をしなくていいよ、正くん」
 顔だけを声がする方に向けると、兄の諒一が座っていた。どうやらここは病室らしい。
「彼女が、君の携帯電話から、私のことを見つけて、連絡してくれたんだ。ありがとう、晶さん」
 兄の隣に立っていた晶が「いえ! そんな! もう義妹ですし!!」と言っている。
「意識……失ってたのか」
 頭を触る。その手触りで、包帯が巻かれているのがわかった。
「念のため、だ。所見としては特に異常はなさそうということだったけど、一応明日、精密検査をしてもらおう。入院手続きは済ませておいた」
「ありがとう、晶。何から何まで。助かるよ」
「いや! そんな! もう夫婦だし!」
 まだ夫婦ではない。
「しばらくぶりだけど、元気そうで安心したよ、正くん。じゃあ、僕はこれで――」
「兄さん」
 僕は、兄を呼び止めた。
「ちょっとだけ、話、いいかな」
「……ああ、いいよ」
 兄が、椅子に座り直る。
 晶に視線を送ると、晶は頷き「せっかくですから、ご兄弟水入らずで。じゃあ、正。また明日、来るから。安静にしてるんだぞ」と言い、兄に一礼してから、病室を出て行った。気の利く恋人がいて、僕は本当に幸せ者だ。
「それで、どうしたんだい、正くん。話って言うのは――」
「兄さん、だよね」
「なにがだい?」

「家を燃やしたのは、兄さんだよね」

 時計の秒針の音だけが、病室に流れている。
「……何を言っているのか、さっぱりわからないけど」
 兄は、眼鏡の位置を直して、微笑んだ。
「どうして、正くんはそう思ったのかな」
「証拠も、根拠も、推理も、何もないよ。ただ、直感で、なんとなく、そう思ったんだ」
「なるほどね」
 兄が脚を組み替えて、眼鏡を外した。
「僕はね、正くん。母によく言われていた言葉があるんだ」
「言葉……?」
「兄として、弟の君を守る様に、と何度も言われた。それこそ、耳が痛くなるくらいにね。もし、正くんの人生を害するような存在があれば、すぐに排除するように、と」
「…………え」
「じゃあ、もしも。君にとって害悪的な存在が、君の母親だとしたら。これは、どうすれば良かったと思う? 一種のパラドクスだね」
「本当……なの?」
「さてね。証拠も、根拠も、推理も何もないのなら、永久に答えが出ることはない」
 兄は、静かに立ち上がり、眼鏡をかけなおした。
「それじゃあ、正くん。久しぶりに会えて、嬉しかった。どうか、君のこれからの人生が幸せであることを、兄は願っているよ」
 待って。
 そう声をかけようとした時、一際強い頭痛が僕を襲い、その痛みで気を失う。
 起きた時には、部屋に陽光が射し込んでいて、不在の椅子がただ、置いてある。
 どこまでが現実で、どこからが僕の見た夢だったのか。
 僕にはもう、わからなかった。

「正くん、晶さん、結婚おめでとう!!」
 ぱぁん、とクラッカーが鳴り、中から飛び出た紙屑が僕の髪にかかった。
「神永さん、気が早いよ」
「早くなんかないって! お祝い事は、いつだって、何度だって、するべきなのよ!」
 神永さんはにこにことしながら、またクラッカーを取り出そうとする。
 何の音ですか、と駆け付けてきた式場スタッフに、ここは関係者以外立ち入り禁止ですよと左右から腕を引っ張られて連れていかれてしまった。「なんだよ、ふたりの仲を取り持ったのはあたしなんだぞ!」と喚きながら。明るい時間からお酒でも呑んでいるのだろうか。
 久しぶりに会うけれど、変わっていないなと、と思う。
 大学を卒業して三年が経ち、今日は、僕と晶の結婚式の日だ。
 窓から見える外は快晴。僕たちを祝福するかのように、雲一つない青空がどこまでも広がっている。
「ご新郎様、ご新婦様の準備が整いましたよ。見てさしあげてください」
 スタッフの声がしたので、後ろを振り返る。
 すぐに大きなカーテンが開かれ、そこには、ウエディングドレスを着た晶が、立っている。
「あ……」
 僕は、言葉を失ってしまった。
「ど、どうかな。へ、変じゃないか……? 変だよな? 絶対に変だよな? 男みたいな私が、こんなの着ているの、可笑しいよな。よし披露宴は中止だ。みんなに帰ってもらおう」
「綺麗だよ」
 僕の言葉に、晶の動きが止まる。
「あまりに綺麗過ぎて、見惚れてた。愛しているよ、晶」
 僕の言葉に、晶の顔が真っ赤になる。
 周りの式場スタッフの人たちも、なぜか頬に手を当てて、うっとりとしていた。
「あ、そ、それなら、いい、けど、はは……」
「ご新婦様! 泣いてしまっては化粧が崩れてしまいます!!」
「な、泣いてなんかないですっ! ただの嬉し泣きですっ!!」
「それを世間では泣いていると言うんですっ!!」
 なんだか慌ただしい。
「では、ご新郎様。また準備が出来ましたら、お声かけしますので!」
 またカーテンが閉められ、晶の姿が見えなくなってしまった。
 しばらくはまだ時間がかかりそうだ。
 一度、トイレに行っておこう。

 結婚式に誰を呼ぼうか。
 晶とそういう話になった時に、晶は「堀田ゼミの皆も呼ぼう」と当然のように言ったが、最後まで僕は反対した。
「え、どうして。まさか、名越さんとか九条さんに会ったら、浮気しちゃうとか言わないよな」
「なんでそこに神永さんが入ってないの」
「で、どうなんだ。浮気、するのか」
「いや、するわけないけど。僕は晶が誰よりも大切だし」
 晶は上機嫌になり、「じゃあ呼ぼう」と強制した。そこには、女としてのマウントのようなものも微かにあったのかもしれない。
 どうして、僕が最後まで反対したのか。

 ――まさか、名越さんとか九条さんに会ったら、浮気しちゃうとか言わないよな

 その、まさかだ。
 その気持ちを少しでも悟られないよう、自分自身を納得させる意味も含めて、日頃から僕は意識的に晶に愛を囁いた。
 そうだ。
 僕が一番好きなのは晶だ。そこに嘘はない。
 僕にとって一番大切なのは晶だ。それに間違いはない。
 なのに。
 それなのに、どうして、こんなにも不安なのだろう。

 あの事件――九条さん拉致事件の後、九条さんと名越さんは交際を始めた。それはあまりに露骨で、ふたりに隠す気もなかったからかもしれないが、ゼミ中でもふたりでいちゃいちゃしているのはどうしていいかわからず正直参った。特に神永さんは、毎回のように悪態をついていたのを覚えている。
「けっ。なーんだこの色欲ゼミ。5人中4人がカップル同士とかキモっ」
「え、なに、神永さん嫉妬してるの? 仕方ないじゃん、私、友里ちゃん好きなんだもん。ね、友里ちゃん」
「うん。鏡花。好きだよ。んっ……」
「うわっ、マジかよ。ゼミ中にキスしてんだけど。嘘でしょ。友里ちゃんの漢字換えろ。百合ちゃんにしろ。ねえ正くんや唐沢さんも何とか言ってあげなよ」
「確かに、ちょっと目に余るな。な、正」
「え、あ、うん。でも、どうして晶は机の下で僕の性器を触ってるの……?」
「教授!! もうあたし耐えられません!! こんなゼミ嫌です!! そうだ、いっそのことあたしと教授で余り者同士付き合いましょうか!!」
「ええ、それも良いですね」
「え、うそ、まさかのOKなの? きゅん……」
 まさか、その後本当に堀田教授と神永さんが結婚するとは思わなかったけれど、ふたりの結婚式に、名越さんと九条さんは来なかった。神永さん曰く「呼ぶわけないじゃん」と言う事だったのだが、だからこそ、大学卒業以来、あのふたりには会っていない。

 用を済ませてトイレから出ると、ちょうど、隣の女子トイレに入ろうとしていた人とぶつかりそうになり、壁際に寄った。
 すると――。

「……沖内、くん?」

 それが誰なのか、一目でわかった。
 輝き、透明感、美しさ、雰囲気……。
 それらすべてが、現世と隔離しているかのように思わせる。
 パーティドレスを着た、九条友里さんが、立っている。
 ああ。
 だめだ。
 数年ぶりに見る九条さんは、僕には眩しすぎる。
 だめだ。
 目を合わせてはいけない。
 動け。
 いますぐ戻らないと。
 晶のところに。
 戻らないと――。

 なのに。



 どうして。





 僕は。





 舌と舌が絡み合い、密着させた口内で唾液が混ざり合い、卑猥な水音を立てる。
「んっ……んちゅっ……はふぅっ……♥」
 ちゅっちゅっちゅっちゅっちゅっちゅっちゅっ……。

 僕は。
 どうして。
 トイレの個室で。
 壁に九条さんを押し付けるようにして。

 唇を重ね合わせているんだろう。

「正くん、はげしっ……♥」

 くちゅ、ぬちゅ、ぬぷ、ちゅっ、くちゅっ……。

 僕の舌と九条さんの舌がぬるぬると絡み合い、脳を溶かすようなあたたかい吐息が顔にかかる。
「名越さん、は……?」
ちゅっちゅっちゅっちゅっちゅっちゅっちゅっ……。
 
「鏡花……? 一緒だよ……?」
 ちゅっちゅっちゅっちゅっちゅっちゅっちゅっ……。
「今も、付き合って……?」
 ちゅっちゅっちゅっちゅっちゅっちゅっちゅっ……。
「……うん。ラブラブ。でも正くんの方が好き♥」
ちゅっちゅっちゅっちゅっちゅっちゅっちゅっ……。
「あ、すご……正くんの……凄い硬い……♥」
 僕は、つい先日の晶の言葉を思い出す。

 ――気にするなよ。仕事で疲れてるだけだ
 ――また、そのうち、勃つようになるって
 ――私は、いつまでも待ってるから

 頭の中がしびれていき、神経や感覚が、麻痺していく。その間にも唾液はどんどん分泌され、僕の口の中に流れ込んでくる。細胞、血管、それらの隅の隅まで、九条さんの愛が侵食してくるかのように。
 お互いの口から唾液が零れてトイレの床にぴちゃぴちゃと音を立てる。背中に回された腕の力が、強くなった。

「ねえ、正くん……♥」

 だめ。
 だめだ。

「私、まだ、処女だよ……♥」

 わかっている。
 りかいしている。

「正くんのために、とっておいたんだ……♥」

 だけど。
 それなのに。

「だから💕」

 僕は――。

「今、シて……♥」

 壁に手をついた九条さんが、僕にお尻を向けるようにして、ドレスの裾を上げ、ショーツをずらす。
 視界が点滅し、意識が、世界が、飛ぶ。

 結局、僕らは似た者同士なのだ。
 僕たちは、いつまで経っても、同じ階級――クラスにいる。

 大切な人がいるのに、惹かれ合い、求め合ってしまう。


 大切な人がいるからこそ、本能をすべて出せる相手に、さらけ出してしまう。



「んぁっ……! あぁっ!! んっ……!! ふぅっ!! あぁぁっ!!♥」




 崩れていく。




 溶けていく。




 壊れていく。




 始まりがあれば終わりがあり、終わりがあれば始まるがある。
 これは結末ではなく、始まりだ。
 
 僕たちの関係は、交わり、重なり、続いていく。

 これまでも、これからも、ずっと――。

 九条さんを後ろから突きながら、僕は言った。

 もう、我慢できない、と。



同じクラスのオナクラ嬢
fin


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