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同じクラスのオナクラ嬢 第41話


 あたしに考えがある、と神永さんは言った。
「とりあえずは、あの車がどこに向かったかわかればいいわけでしょ。それなら、調べられる」
「で、でも、どうやって……?」
 名越さんが、僕の胸に顔をぴたっとくっつけながら訊ねる。
「いつまでくっついてんの。ねえ。まあいいや。その景色が名越さんが最後に見る景色だよ」
「まあ、あたし、顔が広いから。街中に設置された監視カメラで車のナンバーを交通課が把握しているはずだから、あの車がどこに向かったか確認してもらえばいい」
「簡単に言うけど」
 僕はつい、口を挟んでしまう。
「それは、車のナンバーがわからないといけないし、部外者に教えてくれるものでもないんじゃ」
「湘南078-は5901」
「――へ?」
「あの車のナンバー」
 さらっと、神永さんは言った。
「なんで」
 晶も驚いたらしい。さっきまで名越さんに向けていた殺意的な視線が移動した。
「なんで、覚えてるの? 車が停まったのなんて、一瞬だったのに」
「別に。意味はないけど。情報は大いに越したことはないでしょ。何に使えるかわからないし」
 晶は唖然とした様子で神永さんを見ている。
「でも、たとえ番号がわかったところで」
 次に口を開いたのは、紫乃ちゃんだった。
「沖内くんの言う通り、警察の人がそういう情報を教えてくれるとは思えませんけど」
「あなたが九条さんの妹さん?」
 神永さんは紫乃ちゃんの傍に近寄ると、少しだけ身を屈めて、くしゃっと頭を撫でた。
「まあ、お姉さんに任せておいて」
 それは、今まで僕が見たことのないような、優しい笑みだった。
 神永さんは携帯電話を取り出すと、どこかにかけ始める。3コールくらいだろうか。相手が出る気配がした。
「あ、もしもーし。たっくん? 久しぶりー」
 相手が何かを言っている。
 神永さんは僕らにも聞こえるように、わざわざスピーカーモードに代えた。
『だから、困るよ! もう連絡はしないでって言ったじゃないか!』
「そういうの今いいから。今から言うナンバーの車が今夜どこに向かったか教えてくれる? 10秒以内ね。湘南078-は5901。はい、検索かけて」
『そんなの教えられるわけないだろっ!』
「ふうん。あたしにそういうこと言っていいんだっけ。それじゃあ、女子高生の頃のあたしにたっくんがしたこと、警察にタレこむね。ばいばーい」
『今調べているので待ってくださいね! えーと、10分ほど前に神奈川区を出て保土ヶ谷区に入ってますね! そこから出た形跡はないです!』
「おっけー。ありがとたっくん。じゃあまたね」
『もうかけてく――』
 神永さんは無慈悲に通話を切った。
「だって。今保土ヶ谷区にいるみたいだよ」
 僕たちはしばらく言葉を継げないでいたが、なんとか言葉を絞り出した。
「え? 今のは?」
「交通課の課長さん。まあ、初めて会ったときはもう少し階級は下だったけど」
 怖くてそれ以上聞くことができない。
「か、神永さんって、凄いんだね」
 名越さんが引き攣った笑みを浮かべている。
「っていうか、名越さんももうカマトトぶらなくていいよ。あたしもこうしてオープンにしてるわけだし」
「か、かまとと……」
「助けたいんでしょ、九条さんを。なら、なりふり構わず、隠し事もなく全力でいかなくちゃ。それにさ」
 神永さんは、なぜか僕をちらっと見て、ふっと静かに口端を上げた。
「あたしたちは、仲間だよ。お互いにステージから退場した身でしょ」
 僕には神永さんの言っている意味がよくわからなかったけれど、名越さんは何かを察したのか「……ああ、そうなんだ」と彼女も小さなどこか卑屈な笑みを見せた。
「あたしができるのはここまでかな。あとは、名越さん、任せた」
「え? 私?」
「うん。詳しいでしょ。ラブホテルとか」
「…………はぁっ!?」
「だから、隠し事は無しだって。そんな、ブランドバッグ、普通の女子大生が持てるわけないじゃん。どうせパパ活とかで得たやつでしょ? ならそういうの、詳しいよね」
「なっ……!」
 名越さんが、ちらりと僕の方を見た。視線が合ったかと思えば、すぐに顔を逸らされる。なぜか耳まで顔を赤くしている。
「そんなことっ、私っ……」
「だからさあ、もういいんだって。もうないから。正くんとどうこうなるとか」
「そうだ。正には私という彼女がいるからな。ごめん、名越さん。私たちはもう一緒のお墓に入ることも決まってる。な、正。来週末辺り、式場と葬儀場の下見に行こう」
「この女やっば……」
「え、名越ちゃん、パパ活してるの?」
「いやぁぁ!! 紫乃ちゃん聞かないで!!」
 なんだか騒がしい。
「ぱ、パパ活って言っても、あれ、だよ? 一緒に食事するくらいで、その、何? 大人? 私もよくわからないけど、パパ活でそういうことしたのは、3人だけだから。誤解しないでっ」
「うわ……」
「いやぁぁ!! 紫乃ちゃん引かないで!!」
 なんだか騒がしい。
「ほら。ならやっぱりこのあたりのホテル事情に詳しいでしょ」
「詳しくないっ!! ラブホテル事情通みたいに言うなっ!!」
「保土ヶ谷区で車で入りやすくて防音設備とかも整ってる部屋があるラブホテルは?」
「それはやっぱりホテルトゥモローイエスタディじゃない? 乱交用に大きな部屋もあるし、チェックインも対面式じゃないからちょっとまずい事情があってもそんなに気にせずに入れるし」
「名越ちゃん、詳しいね」
「うわぁあああ! しまったぁぁぁぁ!!」
「じゃあそこに向かってみよう。未確定だけど、とりあえず動かないと。晶、そこまで運転してもらってもいいか」
「ああ。私も、九条さんにはしないといけないことがあるからな」
「え、これ以上何かする気なの、この女やっば……」
「神永さんも一緒に――」
「え、無理。あ、いや、違うよ。唐沢さんの運転する車に乗りたくないってわけじゃなくて。いやそれもあるけど。そのホテルが違う可能性もまだあるわけだから、あたしはあたしで違う可能性も考えてみる。刑事課のもっくんにも電話しておきたいし」
 神永さんは顔が広い。
「沖内くん」
 名越さんが僕の手を握る。
 晶の額の血管がぴきっと浮き出たのが視界の隅で見えたような気がする。
「私は、紫乃ちゃんをひとりにしておけないから、紫乃ちゃんと友里ちゃんの家に帰る」
「えっ!!」
 紫乃ちゃんは、驚いたような声を上げた。
「やだ! 私は、沖内くんと行くよ!! おねえを助ける!!」
「だめだよ。それで迷惑かけちゃったら、意味ないでしょ。冷たいこと言うけど、紫乃ちゃんが言っても、足手まといにしかならないよ。だから、だめ」
 名越さんの冷たく優しい言葉に、ぐっ、と紫乃ちゃんは言葉を詰まらせ、一瞬泣きそうな顔になったが、「……わかった」と頷いた。
「だから、沖内くん」
 名越さんの、僕の手を握る力が強くなる。
「お願い……友里ちゃんを助けてください……」
 その言葉に、一切の嘘も、含みも感じられない。
 僕は頷いて、言った。
「うん。3人で帰ってくるね」

 神永さんと名越さんの協力のおかげだ。
 湘南078-は5901
 そのナンバーの車を、ホテルの駐車場で見つけた。
「ああ、確かにこの車だった」
 晶が黒いワゴン車の前で、唇を噛む。
「くそっ、あの時、気づいてれば……」
 僕は電話で神永さんと名越さんに例の車を見つけたことを伝える。
『了解。じゃあ、あたしの方も刑事課のもっくんにその旨連絡する。ふたりはそこで大人しくしてて』
「うん。わかった」
『……正くん、唐沢さんに代わって貰っていい?』
「え? ああ、うん」
 僕は晶を呼び、携帯電話を渡した。
 唐沢は何か神永さんと話し、通話を切る。
「神永さん、なんだって?」
「正が、先走ってホテルに乗り込んだりしないように見張ってほしいって」
 はは、と僕は笑ってしまう。
「さすが、神永さんは僕をよくわかってる」
「元カノだもんな」
 でも、と晶は僕の手をぎゅっと握った。
「正の今の彼女は、私だ」
 じっと僕の目を見つめる。
「行くんだろ。黙って待ってるような奴じゃないよな」
「……さすが。よくわかってる」
「当たり前だろ」
 晶が、顔を寄せて僕と唇を重ねる。
「正、愛してる」
「ああ。僕も、晶のこと愛してる」
 唇が離れる。
 けれど、握られた手は離れない。
 晶は指を解こうとしたが、僕がそれを拒んだ。離れようとした指を強く握ると、晶は少しだけ驚いたような顔をして、僕を見る。
「どこまでも一緒だ。これまでも、これからも」
 僕の言葉に、晶は瞳を大きくし、潤ませ、視線を逸らした。
「き、急に、どうしたんだよ。もう」
 顔を赤くして、言葉ももごもごと小さくなる。
 まだまだ僕の知らない、晶の可愛い部分はたくさんあるんだろうな、と思った。

 ――僕と付き合ってください。必ず幸せにします

 ――姉を幸せにできないのなら、姉を今後一生、一番に想えないようであれば、もう、私たちの人生に介入しないでください

 ――お母さんは、それが、できなかったから

 ――無理です、好きになってしまったので

 九条さんを無事に助け出す。
 そして、僕は、九条さんに伝えなければいけない。
 ぎゅっ。
 晶の手を握る。
「……正?」
 晶が、やや不安そうに、僕を見つめる。
「どうした?」
「……いや。なんでもない。行こう」
「ああ」
 僕たちは、駐車場からホテルに入る。
 どの部屋に入ったかはわからないが、それほど部屋数はない。
 エレベーター前の部屋を選ぶパネルでは、使用されている部屋が暗く表示されている。
 見ると、最上階に一部屋だけある最も広い部屋が使用中のようだ。
 確信はない。けれど、虫の知らせとでもいうのか、なんとなく、その部屋が本命のような気がして、晶と顔を見合わせて頷く。
 最上階に着くと、僕はその本命の部屋のドアのインターホンを鳴らした。反応がない。僕は何度も鳴らしてみる。
 ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン!!
『うるせえぞ!!』と部屋の中から怒声が飛んできた。
「ルームサービスをお持ちしました」
 僕は言う。
『頼んでねえんだよ!! 帰れ!!』
「しかし、ご依頼はこちらの部屋になってます。受け取らないにしても開けてもらわないと困ります」
 ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン!!
『うるせえええええええ!!! それやめろ!!!!』
「なら開けてください」
 晶が扉の前でスタンバイをする。
 ガチャ、とドアが開かれようとした瞬間。
 晶が肩で押し込むように、勢いよく体当たりをした。
 ドアを開けようとした男が壁に激突し、「うっ」と声を上げる。
 その隙に僕は部屋の中に侵入した。
「九条さんっ!!」
 まず目に入ったのは、大きなベッドの上で、浴衣の前をはだけさせた九条さんの姿だ。九条さんがいたことにまずは安堵を覚えたが、その九条さんのたわわな胸が剝き出しになっていて、目のやり場に困る。暴力でも受けたのだろうか、頬も腫れている。女性の顔に手を挙げるなんて、なんて酷い奴らだ。許せない。
「正くんっ……! 助けてっ……!!」
 九条さんは、ぽろぽろと涙を零しながら、僕に助けを求める。
 ベッドの前でカメラを弄っていたスーツ姿の男は「おやおや」と僕と九条さんを交互に見て、なぜか、微笑んだ。
「ったいな! 離せよっ……!」
 背後から、晶の苦しそうな声がした。
「晶っ!」
 振り向けば、晶が、巨漢に床に押し付けられるられるような体勢にされている。
「いやあ、素晴らしい!」
 その時、突然、スーツ姿の男が大きく拍手をした。
 何事かと部屋の中にいるみんなが、彼の方へ視線を向ける。
「タダシくん、でしたっけ。九条さんを救けに来たんですか? やあ、素晴らしい。よくこの場所がわかりましたね。その行動力にも感服しました。愛は、美しい。アートです」
「な、なに言ってるんだ、お前……」
 発言の意図が理解できず、困惑してしまう。
「良いでしょう! その想いに応えて、九条さんは解放します!」
 ばっ、と胡散臭いセミナーの講師のように大袈裟に腕を広げたかと思えば、スーツ姿の男は続けた。

「ただし、この場で、タダシくんと九条さんがセックスをすれば――です」


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