誰そ彼

あれからどのくらい経ったのだろう。足取りの重いのはあの日から変わらない。彼女がこの世をさってから僕は色のない世界を見てきた。青い空に眩しい太陽、蝉の鳴き声や噂話、子供が親を呼ぶ声。それらは眩しすぎるので遠ざけるように生きてきた。味気のない人生をビーフジャーキーのように噛み続け時間だけが通り過ぎて行く時間が過ぎた。もういいのではないか。
電車を降りて旅行代理店の横を通り過ぎると、三年前に彼女と行った長野のパンフレットが見えた。僕は思わず手に取り中を開いて見る。三年も変わるとポイントや観光地も変わってくる。最近は外国人ウケを狙ったものが多い。しかし長野はあいも変わらずで昔彼女と見た場所と同じページがちらほら見える。アイスクリームやキャンドル、森林浴、のんびり過ごすには良さそうだ。彼女が死んでからのんびりすることなく狂うように働いた。休みの日もアルバイトをした。その方が考えなくて済むからだ。しかし、身体的には限界を迎えていた。一度リフレッシュするのにもいいかもしれない。お盆休みが近づいているのもあり、僕は今年の盆を長野で過ごすことに決めたのであった。

 いつもとは違う感覚で僕は電車に揺られていた。二泊三日分の荷物を持ってガラガラで違う車両。いつもとは違う感覚に少し胸は高鳴っていた。窓から流れる景色は高速で切り替わり、都会とは違う緑の配色が多い世界に脳がバグってしまっているのかもしれない。一人旅なんて自分探しの旅と名を打って遊び呆けているやつみたいになるのは新鮮だと感じた。目の前に小学生くらいの女の子がいた。こっちをじっと見てはすぐ外の景色を見る。また視線を変えた。好奇心旺盛なその子は、どこか彼女に似ていた。電車での席で揺られていた君はすぐに寝てしまう。長時間な移動はいつも僕の肩に寄りかかっていた。少し顔を覗き込むと美しくてでも少し儚げな君の表情が好きだった。電車が止まるブレーキでふと意識が元に戻った。そして女の子とその親は降りて行った。ここの駅だったんだ。そんなこと思いながら発車を待った。自動ドアが閉まるとそろそろ目的地のアナウンスがされた。彼女はいつもこのタイミングで起きる。あの日もそうだった。
『ん、、そろそろついた?』
『もう着くよ』
『お、ナイスタイミング さすが私』
『さっきまで爆睡してたのにここはきっちりやるなあ。』
『君とのデートだもん、すっぽかせないよ』
彼女がふふっと笑うとドアが開いた。僕と彼女は階段でゆっくり上がり改札を抜けた。蝉の音と風の匂いがした。
『いやーいい天気ですねえ』彼女がるんるんしながら歩いている。
『日頃の行いかな』
『マターそんな固いこと言っちゃってー』彼女はノリノリだ。
そんな彼女を連れながら暑い気温の中民泊へ荷物を預けに行くことにした。駅を出てすぐにビジネスホテルやレストランが並んでいた。日本庭園がすごく豪華なホテルを右に曲がり、休憩亭の隣の道に入る。そうすると少し汚れている白い二階建ての建物が見えた。ホテルのような自動ドアではなく重いガラスのドアを開けるといい年をしたおばあちゃんが受付をしていた。
「こんにちは」おばあちゃんは優しそうでゆっくりな声で言った。
「こんにちは」それにつられて僕たちもゆっくり挨拶をしてしまう。
午後からのチェックインを確認し荷物を預けてもらった。おばあちゃんは快く受け取ってもらった。彼女がついでにおばあちゃんにここら辺でのお勧めを聞いた所
「四ノ宮公園か、あとは桐生渓谷かねぇ。」と穏やかな声で言った。隣の彼女はグーグル先生に頼りながら礼を言った。これで行き先が決まったらしい。
これから散策へ出る。長野への旅行は彼女が提案したものだ。行きたい所があるというので任せておいたがどうやら行きたい場所以外はほぼ無予定だ。彼女らしい。
「ねえ、綺麗なのと美しいのどっちがいい?」彼女は団子をほうばりながら言った。
「それって同じじゃないの?」僕が聞くと。
「わかってないなー、本当にわかっていない。」と彼女は嬉しそうに言った。
「じゃあ美しい方に行こうか」と彼女は自信ありげに呟いた。

僕はぬかるんだ石を乗り越えて行く。グーグル先生によれば2時間ほどで着くはずだが体感ではもう4時間が経っている気持ちだった。もちろん携帯を見ると2時間しか経っていない。思い込みとは恐ろしいことだ。いつだって気持ちを憂鬱にしてくれる。そんなことを思いながら暑い道のりを進んで行く。この森も見るのをもう飽きてきた。確かこの分かれ道を進めばあったはずだ。僕は記憶と携帯を信じて進んで行く。前見た時より草が生い茂っている。観光客の足も減っているのだろうか。僕は前より人混みを嫌うようになった。もともとそれほど好きではなかったがそもそも静かな方が好きだ。そんなこんなことを考えていたら三年前と変わらない”美しい”景色がここにあった。水は静かに流れ、木が太陽の刺激を遮っていて心地が良い。さらに風のさえずりが耳に囁き空気が美味しかった。こんな美しい景色がこの世にはある。それを再認識をした気がした。ここには僕以外にはいない。荷物を置いて寝っ転がることにした。こうするとさらに気持ちが良かった。

僕が目を覚ましたのは体の冷えからだった。湿っていたためかズボンがぐちゃぐちゃになってしまった。まあしょうがない、そう思いながらも下山することにした。彼女と見た景色ももう少し見ていたかったが長居は無用である。最後に写真を撮った。ズボンは歩きながら乾かそうと感じていた。
すると一本の電話が入った。章雄からだ。
「お盆休み中学の奴らと集まるんだけどお前もどう?」懐かしいと気持ちを出しながらも
「ごめん、用事があるんだ。」と簡潔に返すことにした。
「そっかー久しぶりに会いたかったけどそれは仕方ないな。」
「また誘ってくれ。」
「おう!」
短い会話であったが懐かしい友人が覚えて連絡を取ってくれたのは嬉しかった。
僕はそのついでにSNSを開いた。さっき撮った写真を載せる。僕に撮ってSNSは一つのアルバムだ。クラウドに入りきらない写真もあるのでできるだけ端末に写真を入れないようにするためだ。ちょうど山を降りるときズボンは乾いていた。しかし体は4時間も歩いてヘトヘトだ。今日は民泊へ帰ろう。

前と変わらない休憩亭の横の道を行くと白い建物が見えてきた。手動のドアを開くと優しいおばあちゃんがいた。
「あら、お帰りなさい」
「ただいまです」
そう言って僕は自分の部屋へ足早と向かった。

風呂に入って飯を食べた後。すぐ布団に入った。そうすると携帯に通知が入っていた。適当に開いていると投稿した写真にダイレクトメッセージが寄せられている。しかも普段関わりがない「秋田」からだった。秋田は結衣と仲が良かった。何か変な予感がした。
「ここ長野のところ?」質素な質問だった。
「そうだよ。」
「じゃあ明日は四ノ宮公園に行くの?」
「いや、特に明日は決めてないよ。」
「そっか、」
「どうかした?」
「結衣のこと忘れられなくて行ってるのなら、言わなきゃいけないことがあるなって。思って。」「なに?」
「いや、無理していかなくてもいいんだけど、よければ四ノ宮公園に行ってほしい。そしてできれば夕方に。」
「なんで?」
「結衣がね、その夕焼けは願いが叶うんだって行ってて。」
僕はそれをしらなった。三年前彼女と行ったのは今日行った桐生渓谷のみであり、次の日は雨が降ってしまったので温泉に入って帰ったのだった。
「雨が降っちゃってその事も言えなかったって。」
「うん」
「だから行ってあげて。多分あなたと見たかったのだろう夕焼けを。」
「ありがとう。」
僕はそれだけをDMに送り携帯を閉じた。瞳を閉じる。

「あー雨降っちゃったね。」
「日頃の行いかな。」
「つまんないよ?」彼女はわざとらしく怪訝な顔をしてすぐ笑った。
僕たちはここら辺でそれなりに綺麗な温泉に行くことにした。
大きな庭園を超えて向かいの温泉に行く。ホテルと隣接している温泉はとても人気らしく、人がそれなりにいた。これで諦めるのは惜しいので僕と彼女はお昼過ぎに待ち合わせをし温泉にに行くことにした。
脱衣所を超え体をあらった後湯船に浸かった。気持ちがよく肩まで浸かると全身の凝りが溶けて行くような気がした。この旅行について思い出に浸った。彼女とのデートはいつもそうだ。僕たちはのんびりと過ごす。波長が合っているのでそれで不満をぶつけ合う事も少なかった。ただこの日常がとんでもなく幸せだったのだ。気負わない関係それが僕たちにはあった。

風呂を上がって髪を乾かした後、座敷で彼女が先に出て待っていた。
「お待たせいたしました。」わざとらしく丁寧に言って見た。
「全く男子なのに遅いぞう。」期待通りわざとらしい返事で返してくる。
「ごめん、結構気持ちよくてさ。結衣は早かったね。」
「うん、なんか熱くなちゃってすぐ出ちゃった。」あはは、って笑いながら君はいった。
僕は彼女の前に座る。
「なんか飲む?」
「コーヒー牛乳は定番っしょ」
「買ってくるね。」僕が立ち上がると
「はい」お金を手渡された。
「これで買ってくるがよい。」彼女はなぜか楽しそうだ。
コーヒー牛乳を買って戻ってきた。彼女は何かしら描いている。
「買ってきたよ。何書いてるの?」僕が覗くと
「ヒミツーー」彼女は悪戯に笑う。
「じゃあこの本と一緒に授けよう。」彼女は本に書いていたものを挟んで僕に渡した。
「その本全部読み終わったらその紙呼んでいいよ。でも読み終わる前に読んだらダメ。」
「なんだそのルール」
「いいから」彼女は嬉しそうに笑った。

僕は目が覚めた。カバンに入っていた本を取り出ししおりが挟まっていたページを開く。お守りのように読んでいた本は三年前から栞の位置が変わっていなかった。この本は彼女が大好きで高校生の男女が青春を感じる小説だった。僕はそれをノンストップで読み始めた。
最後のページになった。彼女が彼氏に別れをつぐシーンだった。ちょっとだけ心が痛んだ。そして痛みに慣れた自分を嫌悪した。一緒にいたいのに入れない関係。そんな時代ではないけれど世間の目と見えない制度でそうなっている世の中を見ているようであった。気がつくとあたりは昼を過ぎちょうどいい時間になってきた。昨日秋田から言われていた四ノ宮公園に行くのにそろそろ出なければならない。僕はすぐ準備をしおばあちゃんにチェックアウトの手続きをしてタクシーに乗り込んだ。

いい時間に来れた。四ノ宮公園は高台にあり、海と眺めることができる。暑すぎるのか人も少なかった。残念ながら夕焼けは曇りがかっていてうまく見えなかった。今日もまあついてなかった。それでよしとしよう。そこで急いで来たため読むのを忘れてしまった本に挟んであった手紙を見てみることにした。

君へ
旅行楽しかった。久しぶりでとても楽しかったよ。
食べ物も美味しかったし、綺麗な場所も見れたし。四ノ宮公園は
残念だったけど。あそこ本当はね、夕焼けみると願いが叶うんだって。
私の願いは君の幸せ、君があの時救ってくれたから今の私がいる。
だからね、もっと色んな事をして経験をして楽しんで欲しいんだ。
まあ、それだけなんだけど(笑)
あ、小説面白かったでしょ!海外とかではいまいちらしいんだけど
東洋と西洋なんて感覚違うんだから向こうの標準に合わせられても
困るよね!また違うオススメするから読んでね!

彼女の死因は変死であった。屋上からの転落死。だが警察からもほぼ自殺の域だろうとされていた。遺書もなく自殺を起因するものが見つからなかったから変死と処理された。その前日あっていたがどことなく平然としていただけにすごくショックを受けた。僕の願いはなんだろう。彼女にもう一度会いたい。
そうすると雲が徐々にはけていることに気づいた。夕焼けが見えて来た。それはとても幻想的で、湿度が高い夏の時期でも空気が透き通ったようなオレンジ色に染まっていた。

 私は気づくとある日の公園にいた。身体は透けていたけど。そして隣には幸せになって欲しかった彼がいた。手紙を持っている。読んでくれたんだ、彼に触れたいと手を伸ばすがその実体には触れることができなかった。彼は泣いている。泣かないで。君なら大丈夫だから。自殺をしようとしたけど君のことを思い出し思いとどまった。でも強い風と雨に足を滑らせ転落してしまった。転落している時私はとても申し訳ない気持ちでいっぱいになった。君ともう少し居たかったけど君は幸せになってくれ。私は掴めない彼の手を握って願う。もう一度彼に想いを届けて。

 夕焼けを見ていたら眩しいのか涙が溢れて来た。もう彼女とはこの綺麗な景色が見れないのだとするとあの日の天気が憎くなった。しかし思い出はいつも優しいから憎めない。願っても彼女には会えない。そう思った時右手に少し重さを感じた。その手は暖かく彼女そのものだった。涙が止まらなくなった。大丈夫との感情が流れてくる。見えないけどそこに彼女は確かに存在していて自分に会いに来てくれた。幸せになってくれ。手紙にもあったように体温からその気持ちが伝わってくる。夕焼けがもうすぐ終わる。終わらないでくれ。彼女を連れて行かないでくれ。
現実は残酷だ。時間は過ぎ彼女の重さも消えてしまった。しかしもう一度彼女に会えた。それで満足だった。もう大丈夫だろう。幸せになって欲しい。手紙からあったように僕は前を向いて歩くことに決めた。

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