呼吸

明るく日差しの強い日だった。
窓からカーテンに靡かれて暖かい春の匂いと日差しが差し込んでくる。目を開けて体を起こしてみる。体はまだだるい。布団から出るのにはまだ早いと体が言っている。しかし太陽はそれとは違う場所まで登っている。残念だが今日はそんな気分ではないんだ。気持ちの良い日はできれば他の日がよかった。
「今日はダメだよ」
「そんなことを言われても」
私はただ今日という日に縛られていたくはなかった。しかし仕方ない。運命はめぐってくる。
20年の私へ。すべてを受け入れて、抗えないものはある。その中でどのように生きるのか。ただ、それだけを考えて。


 季節は巡り巡って17回目の春を迎えようとしていた。私は生きている中で外に出るより家の中で過ごす方が多い体質であった。このことから外に連れ出してくれる友達も少なく窓の外から見えるグラウンドではしゃぐ子たちを眺めることしかできなかった。ここから見える景色には限りがあるけれど裏山に立つ一本の大きい楠を見るのがとても好きだった。その木はとても存在感があって風が吹けば綺麗に歌って鳥たちの憩いの場にもなっていた。と、ふとその裏山の楠にざざっと不自然な揺れが起こった。なんだろう、この部屋からいつもみる風景に飽き飽きとしていた自分にこの体験は実に興味深かった。なぜあんな揺れが起こったのだろう。どちらかと言えば電子っぽい揺れ方をしていた。宇宙人が通信をしにきたか?それとも米軍の秘密兵器をこの裏山に隠しているとか!いや、もしかしたら御膳会議が行われ……
 どうしても知りたくなった私はこの家から抜け出すことに決めた。玄関から出ると親などに心配されるので窓から出ることにした。体を使うことがほとんどないため窓まで体を起こすのが一苦労で向こう側へ転がり落ちるように足をつけた。靴とバックは事前に準備をしベッドにはぬいぐるみを詰めて寝ているように見せかけた。準備は上場だ。
 外の空気は新しく、澄み切っていて柔らかい風が吹いていた。このくらいの空気なら何もしなくても歩くくらいなら平気だ。ただ、一つだけ不安があった。少しだけ広い川がある。思いっきり飛べば届かない距離ではないが少し不安ではある。息を整えて、ジャンプをする。何度も成功をするイメージを持って…足にメイいっぱい力を入れる。もっと早く!足を回転させるんだ!勢いのある透明な水が目の前に近づいてくる。その直前で右足に思いっきり力を込めた。スローモーションのように宙を舞った。


 それから楠まではすぐだった。道になっているので迷いもせず、楠も大きいので見失うこともなかた「。体が少し重い。楠についたら少し休もう。重い足を一歩一歩進めていくと楠の影に人影があった。少し怖いなと思ったけど良くみると小学生くらいの影であったので少し安心した。この子もこの楠を見に来たのかな?そう思って近づいて行った。するとその影はこっちに気がついたのか少し驚いた表情を見せた。
 「君もこの木を見にきたの?」
「え、、、あ、うん!そうだよ」少年はあどけなく答える。
「そうなんだ、私もね、家から見えるこの木が好きで見に来たんだ!」
「えっとなんでだっけ」
 私は道中ガムシャラで何を目的にここまで来てたのか覚えていなかった。少年の顔を見てみるが彼は馬が悪そうな顔をしていた。
「あーーっと、あなたですね」
「ん?なにが?」
「見つかっちゃった僕も悪いんですけど、あなたもうすぐ死にますね?」
「え?」
私は驚いた、お医者様に3ヶ月前に余命宣告を受けていてまさに今月がその月なのだ。
「なんで君が知っているの?」
「僕は死神だからだよ」
は?何を言っているんだこいつは、こんなとんでもな冗談をぬかすがきよりメリケンの陰謀があった方がまだ何倍もマシだ。それに知っているのも怖い。どこで盗み聞きをしたのか。うちの親は口が軽いしどこかで言ってしまったのだろうか。それを使って死神などを語るとは馬鹿にするのも大概にしてほしい。
「あなたは明日死ぬ。これは予定されているんです。」
「日にちまでは指定されてないよ。ほらふきくん。ここは危ないから早く帰りな。」
私はそう言うときた道を帰ることにした。ここにいてもあの死神くんの話からはなんも得られないだろう。デカイ楠も近くで見れたことだし満足、満足。とさっきの川が見えてきた。行きは全力で飛び越えたが帰りもいけるだろうか。まあさっき飛べたし今回も平気だろう。
 足に思い切り力を入れる。回転を上げて右足にめいいっぱい力を…
 と言うところで踏切が予想の遥か手前で行ってしまった。向こう岸が水の遥先に消える。ヤバイ。まともに運動をしてこなかったツケだ。もちろん泳ぎもできない。流されるままに水に揉まれた。意識が遠のいてく。
 目が醒めたら青空が広がっていた。そうか、ここが天国か。余命より先についてしまった。家から抜け出して川で溺れ死ぬとはなんとも親に申し訳ない死に方をしたもんだ。遺体は見つかりますようにっと。しかし周りを見ると森の中なのか木しかない。おまけにさっきの川にそっくりな川が流れていた。
「やっと目覚めましたか?」聞き覚えがある声がした。私は恐る恐る向いた。するとそこにはさっきの少年がいたのだ。
「あなたが天国の案内人?死神とか言ってたのに。」
「だから死神ですって。」
「だってここは天国でしょ?」
少年はため息をついたような呆れたような顔をして行った。
「何を言ってるんですか、ここはまだ現世ですよ。」
「え」
「あなたが溺れたから助けたんです。余計な仕事を増やさないでください。」
「え、あ、はい。助けてくれてありがとうございます。」
「いいでしょう」彼は少しドヤ顔をした。憎たらしい。
それから彼が作ってくれたと言うシチューを食べた。おいしい。
「死神ってアウトドアなの?」
「このくらいは教養ですよ…」
「あら死神の教養って高いのね。」
「人間が学ばなすぎです。」
ふうんと思ったが、とりあえず死神と言うことは認めようなんか良くしてくれるし。
「なんで見ず知らずの私を助けてくれたの?」
「予定通りにするためです。人の運命は定められています。その人間の死期が近づいたら死んだらすぐに成仏できるように保護観察するんです。あとできるだけ例外処理を少なくするように。」
「運命なんて勝手ね。じゃあ私は明日死ぬために今日は助けられたってこと?」
「概ねそんなとこです。そして成仏できるようにあなたの手助けをします。やり残したことはありますか?」
「成仏ねえ、まあいいんだけど。そうね、遊んで頂戴。」
それから私と死神くん(そう呼ぶことにした。)とで今日過ごすこととなった。
「死神くん、あなた好きな遊びとかあるの?」
「そうですね、人生ゲームとかですかね。」
「体が弱い私を考慮しているでしょう。できれば外で遊ぶものがいいわ。」
「外ですか。」彼はうーんと考えたあと「キャッチボールなんてどうでしょう。」
私的には最後ならもっと激しいもので遊びたいんだけど、キャッチボールでも随分と激しい運動となるのでまあいいかとなった。

「本当にこんなんでいいんですか?」
「うんいいよ。」
「まあ無茶振りをしてくる人とかいますからこちらからすると助かるんですけど。」
「どんな無茶振りされるの?」
「人の心を操りたいとか。人を蘇らせて欲しいとか。死神と言ってもできることは人間とほぼ変わらないんですよ。人間界で言うとカウンセラーみたいな感じですね。」
「死神も大変なんだね。ブラックだ。」
「そう言うもんですよ。」
「私ね、死ぬの怖いんだ。」
「それはそうです。」
「でもね、このまま生きていてもみんなに迷惑をかける。お金もかかるし、生きても死んでも迷惑がかかるなんて肩身が狭いね。まあ明日死んじゃうんだけども。」
「死後の世界も悪くないですよ。みんな優しいし、あなただって罪を犯しているわけではないので天国に行けますよ。残された方々も傷は大きくともまた会えます。それまでの辛抱です。」
「そっか、少し寂しいな。」
「みんながずっと幸せでいることの方がないことです。終わりがあるからこそ儚くて美しいものだと思っています。良く不謹慎だって言われるけど。」
「その通りだよ。私は一瞬一瞬を大切にしてこれた。後悔はないんだ。あとは死への恐怖だけ。」
「そうですか、怖いですよね。ましてや死期を教えちゃったし。」
「うん。どうすればいいんだろう。」
「そこまで落ち着いてたら平気ですよ。死ぬのには少し苦しむかもしれませんけど。それ以上に苦しむことはありません。」
「ちょっと吐き出せてよかった。」
「そう言うための死神ですから。」
「貧乏くじね。」
「まあそんなもんですよ生きるなんて。」
「そう」
それから私たちはたわいもない話をしては盛り上がった。特に私が死神界にについて聞きまくった。彼女はいるのとか、年下に見えるけど実はかなり上だったとか。ヒリヒリとしていたものが少しおさまった。

「またね」
「次会うときは天国ですけど」
「まあいいの。友達と遊んだ後はこう言うのよ。」
「はい。またね」
私は汚れまみれの靴と手を見て少し嬉しくなった。
家に窓から入る。なんだか気分がいい。お風呂に入ってこんなに気持ちの良いものだと思えなかった。それからゆっくりと布団に入ると。もう目を開けることはなかった。

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