横山由利亜

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【報告レポート】ウクライナ避難者支援活動の1年を振り返って(3)

日本YMCA同盟の横山由利亜です。 YMCAウクライナ避難者支援プロジェクトでは、全国の皆様に本当に力強くお支えいただき、心から感謝を申し上げます。 ◯【報告レポート】ウクライナ避難者支援活動の1年を振り返って(1)  https://note.com/yurianne/n/n4a8867045962 ◯【報告レポート】ウクライナ避難者支援活動の1年を振り返って(2)  https://note.com/yurianne/n/n8ba73421ee13 ■第3フェーズ

    • 【報告レポート】ウクライナ避難者支援活動の1年を振り返って(2)

      日本YMCA同盟の横山由利亜です。   YMCAウクライナ避難者支援プロジェクトでは、全国の皆様に本当に力強くお支えいただき、心から感謝を申し上げます。   ◯【報告レポート】ウクライナ避難者支援活動の1年を振り返って(1)   https://note.com/yurianne/n/n4a8867045962 ■来日避難・緊急支援フェーズから生活スタート支援フェーズへ 避難者への来日支援・緊急支援と同時に、日本に避難してきた方々のニーズに応じた居場所づくり、日本語教育の

      • 【報告レポート】ウクライナ避難者支援活動の1年を振り返って(1)

        日本YMCA同盟の横山由利亜です。 YMCAウクライナ避難者支援プロジェクトでは、全国の皆様に本当に力強くお支えいただき、心から感謝を申し上げます。 2月24日、ロシアのウクライナ侵攻から1年が経ちました。 私はこれまで数多くのウクライナ避難者と出会ってきました。 今、誰もが「これほど長引くとは思わなかった。」「今でもこの先どうなるかわからない。」「元をたどれば、戦争になるとは全く思っていなかった。」「私の人生はあの2月24日の朝、変わってしまった。」と皆さん口を揃えて話

        • 何があっても自分の将来を考え、前に進む

          5月28日に日本の姉を頼って来日した大学生のヴァシリーナさん。 到着時、2月24日の侵攻のその日に描いたウクライナ女性のイラストを見せてくれました。 姉が日本に長く住んでいて、よく話をしてくれました。そのため、子どもの頃から日本に興味を持っていました。自然と日本語の勉強を始め、日本の音楽もよく聴くようになりました。そして、日本語、日本の文化が大好きになりました。YouTubeでは、カメラを持って東京や日本の街を歩いている人たちの動画をたくさん見ました。それで、もう、そこにい

        【報告レポート】ウクライナ避難者支援活動の1年を振り返って(3)

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        • ウクライナ避難者の手記
          横山由利亜

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          いつかきっとうまくいく(いつかきっとウクライナになる) 

          ~1人目の来日者~ テティアナ・ロパテンコさん手記 みなさんこんにちは、私はターニャ(訳注:テティアナの愛称)といいます。ウクライナのクレメンチュクという街に住んでいます、いえ、住んでいました。クレメンチュクは乳製品、食肉、製菓工場、また石油精製工場、車両製造工場など、多くの工場がある工業都市です。戦争が始まったのは深夜のことでしたが、その瞬間を境に、それまでの人生とその後の人生はまるで違うものになったかのようでした。この戦争の前までは友人たちと会えば近況を報告しあい、この

          いつかきっとうまくいく(いつかきっとウクライナになる) 

          人生のすべてをスーツケースに詰め込んで

          4月13日に日本の親戚を頼って来日したダリアさん(25歳)。インタビューをもとに、事務局にて編集しています。可能な限り、ご本人のリアルな感情を知って頂ければと思い掲載いたします。 ダリアさんは、母(57歳)と叔母(62歳)と3人で、神戸に住む親せきを頼り来日。ダリアさんは、ウクライナ・オデーサでは医師として活躍していました。 2022年3月7日 私たち家族はオデーサからバスでブルガリア・ヴァルナへ向かいました。そこで、難民キャンプにしばらく滞在し、その後、シェルターに移動し

          人生のすべてをスーツケースに詰め込んで