【短編】まちぼうけ

もう9時かぁ…

令和になって最初のプレミアムフライデー。
プレミアムフライデーと言われはじめて2年近くたっているけれど、民間企業にはそれほど浸透していない。
まして…世界が競争相手のIT企業になんて、そんな話はどこ吹く風、なのだろう。

もう2時間以上、この席に座っている。
頼んだコーヒーはカップの底で干からびていたし、隣のテーブルのカップルは2回入れ替わっていた。

不倫なんてするもんじゃない…

また、ため息が漏れてしまった…
会えるのは平日の夜だけで、ことが済めばサヨナラ。
次の約束なんてないし、いつでも断ち切れる関係。
前日の"明日どう?"というやり取りでこと足りる。

彼とは何の繋がりもない。
そもそもどうやって知り合ったかなんて、もう忘れた。
やり取りはSNSで短く済ませ、お互いにすぐに履歴を消去している。
万が一、彼の奥さんに知られたところで、表向きは接点がないのだから、いくらでも言い訳はできる。

窓の向こうにはネオンがきらめきはじめ、下の道を行き交う人がビジネスマンから観光客に変わっていた。

待ちぼうけ。

今朝早く"トラブルで行けないかも"というメッセージが来ていた。
それを無視して、返事をすることもなく、約束の時間を過ぎても、待ち合わせの場所でもないこのカフェに居座っている。

どうかしてるな…

そろそろ帰ろうかと思いはじめたそのとき、携帯が震えた。
"10時には行けると思う"

あと1時間、か…


何度も、そう何度も関係を断ち切ろうとしたけれど、どうしても断ち切れなかったのは、相性のよさ、とでもいうのだろうか。
何より、真面目に生きてきたが故に深く感じてしまう背徳心がお互いを縛りつけて離さない。
だからといって、許されることではないけれど、いけないことだとはわかっているけれど、どうしてもやめられない…

窓の外を行く外国人観光客を眺めてはため息をつく。

彼に会ったところで、虚しさに襲われるだけ…

9時40分。
リップを直して席を立った。

※あくまでフィクションで、実際のできごとではありません。


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