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工場戦士:Episode1「新たなる門出」

卒業旅行

佐藤敏夫(さとうとしお)は慶洋大学大学院での研究生活に終止符を打った。卒業式を終えた後、彼は友人の蘭哲也(あららぎてつや)と共に、卒業旅行としてカンボジアのアンコールワットを訪れることにした。二人は古代の遺跡群を前にして、その壮大な景色に息を呑んだ。

「もう大学院生活も終わりだな」と蘭がしみじみと言った。

「そうだな。なんだか実感が湧かないよ」と敏夫は遺跡の石造りの塔を見上げながら答えた。「この先、何が待っているのか、少し不安だ。」

蘭は笑顔を見せて、敏夫の肩を軽く叩いた。「心配するなよ、敏夫。お前ならどこでもやっていけるさ。大手製鉄会社に就職も決まってるし、前途洋々だろう?」

「そうだな。でも、あの会社、派閥争いが激しいって聞いたことがあるんだ。合併したばかりで、古い体質が残ってるとか。」

蘭は少し考え込み、視線をアンコールワットの神秘的な風景に向けた。「確かに、どんな職場にも問題はある。だが、それを乗り越えるのもまた一つの成長の過程だ。お前が持ってる知識と経験は、きっと役に立つはずだ。」

敏夫は静かにうなずいた。「ありがとう、蘭。そうだな、頑張ってみるよ。」

その時、夕日がアンコールワットの石塔を赤く染めた。敏夫はその光景に心を奪われながら、新しい生活への期待と不安が入り混じる感情を感じていた。

「でもさ、何が起きるかわからないのが人生だよな」と蘭が少し微笑んで言った。「もしかしたら、予想もしない出来事が待っているかもしれない。」

敏夫も微笑み返し、「そうだな。でも、俺たちはどんなことがあっても乗り越えていくさ。」と決意を新たにした。

彼女への報告

敏夫は、自宅のリビングでスマートフォンを手に取り、深呼吸をした。今日は、彼女の菊元早苗(きくもとさなえ)に大切な報告をする日だ。スマートフォンの画面に彼女の名前を表示し、ゆっくりとダイヤルを押した。

「もしもし、早苗?」

「敏夫?どうしたの?」山口の実家にいる早苗の声が電話越しに聞こえた。

「いいニュースがあるんだ。俺、帝都製鉄株式会社に内定したよ。」

一瞬の沈黙の後、早苗の声が弾んだ。「本当に?おめでとう、敏夫!すごいじゃない!」

敏夫は微笑みながら、言葉を続けた。「ありがとう、早苗。でも、これで終わりじゃない。帝都製鉄は福岡県の小倉にも製鉄所があるんだ。だから、早苗と結婚して一緒に住むことも可能なんだよ。」

「本当に?それは嬉しい。でも…」早苗の声が少し沈んだ。

「どうしたんだい?」敏夫は心配そうに尋ねた。

「いつ結婚できるの?」早苗の声には微かに不安が混じっていた。

敏夫はその質問に一瞬言葉を失ったが、すぐに前向きな言葉を探した。「まだ具体的な日程は決めていないけど、内定が決まったからこれから計画を立てられるよ。お互いのキャリアや生活の準備もあるし、焦らずにしっかり考えよう。」

「でも、いつになるかはっきりしないと不安だわ。」早苗の声が一段と鋭くなった。「私たちの将来のこと、真剣に考えているんでしょ?」

敏夫は深く息を吐き、慎重に言葉を選んだ。「もちろん、真剣に考えているよ、早苗。でも、今は一歩一歩進んでいくことが大事なんだ。帝都製鉄での仕事もこれから始まるし、しっかり基盤を作ってから結婚の準備を進めたいんだ。」

早苗は少しの間黙っていたが、やがて静かに答えた。「わかった、敏夫。信じて待ってる。でも、できるだけ早く具体的な計画を立ててほしい。」

「約束するよ、早苗。君と一緒にいる未来を作るために、全力を尽くす。」敏夫は力強く言った。

電話を切った後、敏夫は深いため息をついた。

(つづく)


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