一瞬への憧れ
梅雨入りし、じめっとした匂いが部屋いっぱい広がる。
「久しぶりにお香でも焚こうかな。」
私が好きな、金木犀の香り。
お香の箱を開けてみると、ラスト1本だ。
使い切るのがもったいないような気もするが、
大事に取っておいても、また最後の時がやってくるだけだ。
お香立てにお香を丁寧に立てかけ、マッチ箱を手に取る。
箱をスライドさせると、高確率で赤いマッチの先っぽが顔を出す。
なぜいつも反対向きに開けてしまうのかと思いながら、
反対側から1本、マッチ棒を取り出す。
・・・いよいよだ。
金木犀の香りを漂わせる楽しみよりも、もっと楽しみにしていた瞬間。
私はこの瞬間を待ちわびていた。
マッチ棒を丁寧に手に取り、箱にこする。
強過ぎても、弱過ぎてもいけない、絶妙な力加減。
『シュッ』という軽い音と、なんとも言えない圧力が手にかかる。
マッチの炎は瞬く間に私の指に差しせまり、
急いでマッチの炎をお香に移す。
勢いよく燃える炎を慌てて吹き消すと、
マッチが燃えた独特な匂いが、私の鼻をいっぱいにした。
1つ1つが、何てことない作業だけど、
あっという間に過ぎ去るこの瞬間が
昔からなんとも言えない楽しさと特別感で私を楽しませてくれる。
何が楽しいのか、自分でもはっきりとはわからない。
『何度やっても楽しい』
ただそれだけの事。
こんな些細なことにワクワクしてるなんて、
30歳を過ぎた大人が言えたことではない。
だから、この事は、ここだけの秘密ね。
気がついたら、香水に引き続き香りの話になってしまいました。
最近は天気がコロコロと変わり、空気の匂いも変わりやすいので、書きたくなったのかも知れません。
いくつになっても、昔から好きな瞬間があって、
それを誰に言うわけでもなく、ひっそりと楽しむ。
些細な楽しみが日常の中に転がっていると、
毎日が少しずつ楽しくなるような気がします。
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