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偏見との葛藤~ミュージカル「Take me out」

衝撃の演出

ニューヨークでのミュージカル3本目は『Take Me Out』。架空のメジャーリーグ・チーム「エンパイア」のスター選手であるダレン・レミング(ジェシー・ウィリアムズ)は、ある日自身がゲイであることを明かし、敵対するチームメイトや友情に直面、アメリカの伝統的な組織の中で、有色人種(ダレンは黒人と白人の混血)の同性愛者であることの難しさと戦うことを余儀なくされるという話。初演は2002年だが(2003年トニー賞最優秀演劇作品賞ほか受賞)、終演後、2022年4月~リバイバル公演が始まっている。

もともと、私はこのミュージカルはLottery(インターネット上の抽選)のチケットで当選し、ストーリーや内容をよくわからないまま会場に行ったのだが、なかなか衝撃的なシーン満載。まず、会場に入る時にスマホをマナーモードか電源を切った上で、施錠付きのケースに入れさせられる。この施錠、自分では外せないようになっており、慌ててケースに入れた私は座席に着いてから視聴中のイヤーポッズを入れたままであることに気づき、また入口で開錠してもらはめに・・・。「なぜここではそこまでするのか?(他の会場ではそこまでしないのに)」不可解だったが、舞台が始まってからその理由がわかった。一糸まとわぬシャワーシーンが複数回あるのだ(件の施錠付きケースの対応は、このシーンを無断で撮影・SNSに投稿した観客が出たことから始まったようだ)。

脚本は笑いあり(残念ながら、私には理解できないやり取りも結構あったが)、ため息あり・・・。観ていて感じるのは、ここブロードウェイでは観客の反応は極めてストレート。例えば全裸のシーンが出てきたとしたら、日本の観客はたぶん黙りこくるだろうが(苦笑)、こちらは「Oh! God!」とストレートに驚きを隠さない。汚い台詞が出てきたらあからさまに、「No!」と顔をしかめて感じたままに表現。笑いも、驚きも「そのまま」表現する。

ダレン役のジェシー・ウィリアムズのインタビュー記事を読んだが、ブロードウェイは観客の反応をストレートに感じられる場所、だからここで演じるのと(観客のいない環境で)映画を撮影するのとでは、まったく自分の感情の動き方が違うということを言っていた。毎日(日によっては1日2回)舞台に立つのはハードだし、複雑な役柄を演じるのは決して容易ではないけれど、観客の「生の声」が感じられるからこそ、意味があるし、ブロードウェイの舞台に立ちたいのだということを話していた。

演じることへの責任

この作品では人種、階級、セクシュアリティ、スポーツ、そして「人目を気にする生き方」について、問題提起している。ブロードウェイでは、人種的な物真似はほぼ禁止されている。一方、セクシュアリティ、ジェンダー、障害の問題に関しては、慎重に対応することが求められてはいるが、今のところ演技上の規制はない。主役のダレンは、これらのテーマが交錯する場所に立っているのだが、これを演じたウィリアムズ自身はゲイではないという。それでも、彼はこの役にベストを尽くす、というチャレンジがしたくてこの役にトライすることを決めたという。

タイトルの『Take me out』と言えば『私を野球に連れてって(Take Me Out to the Ball Game)』というアメリカ野球ファンの愛唱歌(1908年発表)で有名なフレーズだが、この作品でいうところの「out」は外の世界(ゲイであることを公言できる世界)を示している。同作品は2022年のトニー賞2部門で受賞(『演劇リバイバル作品賞』、『演劇助演男優賞』)している。『助演男優賞』を受賞したのは、ダレンの会計士であり、良きサポーター役のメイソン演じるジェシー・タイラー・ファーガソン。彼のユーモア溢れる存在感は、ややもすると重くなりがちなこの作品を和ませる、貴重なエッセンスになっている。

日本人選手も登場!

本作には、ダレンのチームメイト役としてカワバタ選手という日本人選手が登場する。彼の役どころは「異国の地で孤軍奮闘する日本人選手」。ここ数十年、野球やサッカーをはじめ、外国のリーグで活躍する日本人選手も増えているが、どれだけ現地に慣れたとしても、やはり「外国にいる疎外感、孤独」を感じる瞬間はあるのはないかと思う。カワバタを演じているのはジュリアン・スィーヒという日米ハーフの俳優。後で調べてみたら女優の水沢アキさんの長男だということがわかった。最初、お顔だけ見て「日本人っぽいこちらの俳優さん」かな?と思っていたのだが、日本語の発音も確かだし、英語の発音もいかにも「日本人の発音する英語」だったので不思議に思っていたが、そういう背景だったのか。イケメンかつ陰のある役どころも適役、これからますます日米で活躍される将来性を感じる素敵な俳優さんだった。

本作は過去2016年&18年に日本版も上演されている。本場ブロードウェイ版が同じキャストで「そのまま」日本にやってくることは恐らくないだろうが、勇気のある人は一度偏見なしに、ブロードウェイに観に来て欲しい(私も随分強くなった・・・)。

Take Me Out(2022年トニー賞『演劇リバイバル作品賞』、『演劇助演男優賞』受賞作品)


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