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アラジン珈琲店【X版】⑩<おおよそ、9:1の法則>

⑩<おおよそ、9:1の法則>

「ということは、今ある僕たちというのは、無意識的に脳が行った無数の判断の結果と考えていいってことでしょうか。今ある友人関係や仕事上などの人間関係、衣食住、あらゆることが、無意識の領域にある思いや考え方、物事の捉え方が選択した結果なのですね。」
「ということでしょうなぁ。現代人の幸福度を大きく左右すると言われている金銭面もそうでしょうな。無意識的選択が薔薇が咲き乱れる花道だったらいいのですがな。私の場合は、豊に大地と太陽の香りをブレンドした珈琲農園へ続く道だったら、あぁ、これはたまりませんな。ははは。」
Xと芽衣は無邪気に、翔子はニヒルさを楽しむようにめくばせをした。マスターは構わずに話を続けた。
「それにしても不思議ですなぁ。」
マスターは腕を組み首をひねった。
「なんといいますか、うまく表現でいないんですが、人間の無意識の領域と、意識の領域の比率、それから宇宙で人が観測できる領域とダークマターやら、ダークエネルギーやらと、われわれ人類がいまだ観測できていない領域の比率。未知と既知の比率が、奇妙なぐらい一致しているんですな。なんだか、そんな宇宙規模のマクロも物質の内部の世界であるミクロも結局同じといいますか、なんといいますか、マクロを知ろうとすると、結局はミクロの解明と同じといいますか、人間が観測したり解明できる度合いは、マクロとミクロが連携しているようでならないんですよ。」
Xが話にのった。
「おもしろいですねぇ。海の中の未知と既知も大体9:1と聞いたことがあります。」

「へぇ、そうでしたか。」

マスターは、身体こそ動かさなかったが大いに神秘性を覚えた様子だった。
「マスターはよく話がぶっ飛ぶわよね。宇宙、ねぇ。そういうこともあるのかしらね。宇宙。広大ね。それに対して人の心。大も小も結局は似たようなものなのかもしれないわね。大も小ももしかしたら、ないかもしれない。」
翔子は呆れ顔をしながらも広大な宇宙に思いを馳せた。ふと一種の神秘を垣間見たような感覚を思い出した。翔子はアリババ珈琲店に来る数年前に、引き込まれるように子供の宇宙や人体の図鑑を眺めた時期があったことを思い出したのだ。それは呼吸をすることさえも辛いと思っていた頃で、雄大な時間と空間軸の宇宙の写真がもたらす神秘なまでの美しさは、ほんの束の間でも彼女に癒しをもたらしたした。そのとき、大脳皮質のニューロンの樹状突起の延びる様と宇宙の写真が似ていることの不思議さに、宇宙の摂理に気づきを得たような新鮮な驚きは、マスターのいわんとするところと重なるように思った。芽衣が涼しい顔で口を開いた。
「それで言いますと、自分のことを分かっていると答える人は90%を超えるそうですけれど、皮肉なことに実のところほとんどの人が自分をわかっていないそうですわ。本当のところは、90%を超える人が、まだ自分自身のことをよくわかっていなくて、わかってるつもりでいるのですわ。未開のままですの。それでほんの一握りの人が、あくなき追及やら好奇心やらのおかげで知見を得て、自分とは何かをわかってきているように思いますわ。ほら、この比率。これももしかしたら、連携しているのかもしれませんわね。」
「あら、それならわたしもまだまだ分かっていない口だわ。前よりはましになったぐらいでね。自分のことを知ることが幸への道順を示すことなのよね。宝の地図は、まだ開かれないままだわ。」
翔子の後に、Xも続いた。
「僕もかねがね、自分自身の根源といいますか生きる意味といいいますか、そんな深い部分で何か突き止めなくてはならないものがあるように思っているのですが、未だそれが何曖昧なのか曖昧としたままです。僕も結局は自分をわかっていないということなのかもしれません。」
「『汝自身を知れ』と言ったソクラテスが、ではあなたは自分を知っておるのですか、と問われたとき、『いや、知らない。知らないことは知っている。』そう答えたそうですわ。かの有名は、無知の知ですわね。あんな賢い方でも自分を完全に知っているなんてことはなかったのですわ。勿論、かく言うわたしも自分を完全にわかってるなんて、まったくもって言えませんわ。」
慈悲深い表情で芽衣は付け加えた。
「ただ、以前より、よりよく自分を知り、より自分らしく生きるようになった、それだけですわ。」
「芽衣さんもいろいろありましたからなぁ。この宇宙を作った創造主も同じではないですかね。まぁ、壮大な話ですが、創造主は、己が何者であったのか追体験するために、この世界とそれから自らの分身である我々を創造したといいますからなぁ。自分を離れて、我々が創造主の鏡となり、自身を客観視しようとしたのですな。これはあながち虚構ではないように思いますな。」
「この世界を作った創造主が?それが本当なら、創造主のとんだ気紛れでわたしたちは喜怒哀楽を経験してるってわけ?歓びはいいわ、それだけじゃなくって血を吐き、心臓がえぐれる経験も消え入りそうな不安も創造主が自分が何者であるのか体験することが目的ですって?なんて創造主。」
「翔子さんったら、うふふ。」
「だって、みんななにがしかで苦しんだり、悩んだりしているわ。ご病気の痛みだったり、それに人間関係でもね。底知れない喪失の悲しみを経験している人だっている。わたしもここに来る前までは自然な呼吸の方法さえわからず激しい苦痛を感じていたわ。それも神様が、あ、創造主だったかしら、創造主が自分自身を知る体験ってため、だなんて。」
「そして、今はどうかしら?」
「今は、そうね、苦痛よりも何か感謝とか歓びとか胸を温かくする感情なのか、生きるエネルギーなのか両方なのかよくわからないけれど、自然とここから心地よいものがわいてくるときも多いわ。まぁわるくないわね。」
翔子は、胸元を指さした。
「この宇宙を作った創造主は、闇をみたものには、必ずありあまるほどの光の体験を用意していますわ。」
芽衣がいうと、マスターが熱を帯びた声で言った。
「なんといっても此の宇宙は愛でできていますからな。愛ですよ。」
「これまた愛、ですか?なんだか、ロマンチックですね。」
Xが無邪気に笑った。マスターは、途端熱を帯び高揚した。

「そうです。愛ですよ。此の宇宙は愛でできていますよ。愛!」
芽衣が、素早く呼応した。
「えぇ、愛、そして人は、愛の欠如で寂しさ、憎しみ、それから嫉妬、あらゆる苦の連鎖を生み、愛の気づきで癒えるのですわ。此の世の問題は、すべて愛の欠如から生れているっていってもいいですから。」

「愛、ですか。なるほど、そうといわれれば、確かにそうかもしれませんね。寂しい、と言えば人との思いやりのような温かいつながりが感じられないとき感じますし、憎しみも本来あるはずだと思っていたりした愛がなかったり奪われたりしたと思ったときに生じますから。人の悩みの根底には愛の欠如があるのかもしれませんね。」
素直に対応するXに感心しながら翔子が呆れ気味で言った。
「二人、愛の話をするととまらないのよ。わたしも初めて聞いたときには、ちょっと感銘を受けたけど、こう毎回となるとね。いかがなものかしら。芽衣さんも科学の知に夢中といいながら、マスターといっしょになって突然そんな抽象的な愛だとか言い出すのよね。」
「あら、抽象だなんて。すべてを包括する抽象であり、そして公然の理よ。それにきっといつかは科学になるわ。」
「ふぅ、お二人さん、わかったから。なんの話をしていたのかしら。」
翔子が呆れたように肩をすくめた。Xは相変わらず毒気のない様子で場を楽しんでいた。
「僕も勉強させていただきたいなと思ったのですが、無意識はどうやって意識化することができるのでしょうか。意識が届かないから、つまり、その無意識を意識するってことができないから、無意識ってわけですから。」
ここまで言うと、Xは笑った。
「無意識意識と、言葉遊びみたいですね。翔子さんは無意識がネガティブに傾いてることを気が付けたからこそ、修正ができたってことですよね?」
芽衣が柔らかい口調で即答した。
「問題解決の問を出せば、必ず答えがありますわ。問と答えは対ですの。そして、どんな問を出せるかが、命運を分けることは人の世には兆とありますわ。

『無意識を意識する方法はありますか?』。すでに問は出されていて、それなら、答えがあります。ひとつだけでなく複数ある場合もありますの。答えにどのようにたどり着くかどうかがつぎの問かしら。それならきっとマスターがご案内してくれると思いますわ。ね、マスター。」

カフェに来て以来、Xが深い奥行と高い透明度のある瞳を少し大きくするのがよく観察された。このときもそうだった。マスターの口は自然な成り行き言葉を綴り始めた。
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これは、7月に他界された俳優さんがモデルとなった創作です。病んでいる場合じゃない、元気になろうね、そして、共に祈りましょうね、というのが作者の思うところです。よろしければ、①に目を通していただけると幸いです。作者からのお願いでした。


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