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【歌詞小説】My Little Madeleine【ヰタ・スピリチュアリス】

My Little Madeleine

I wrote your name on
the beach with my finger
Shortly thereafter,
Beautiful sky lost the sun

Deep blue waves took
my little Madeleine
Three years since then
I'm still waiting for you

Bitter coffee won't
put me to sleep
With cigarette smoke
Beautiful sky lost the sun

I can't dance with
my little madeleine
I'm still choosing
a flower that suits you

Melancholy days
I couldn't imagine
I'm sad because it's too simple
You are my little madeleine

I wrote your name on
the beach with my finger
Shortly thereafter,
Beautiful sky lost the sun

Deep blue waves took
my little Madeleine
Three years since then
I'm still waiting for you

マドレーヌ。

私はあなたの名前を呟く。

マドレーヌ。

私はあなたの名前を、指で砂の上に書く。

向こうから走ってくるのは君なのか?
薄手のワンピースの裾がひらめき、きれいな金髪が、陽の光を反射してきらめいている。

「ピエール!」

「……マドレーヌ!ああ、僕の天使!!」

次の瞬間、風景は色を無くした。
私の脳は、まわりの世界を感知しなくなった。

私は、あの日に引き戻された。
3年前のあの日。
2人の思い出の夏の日。
そして、私が絶望の淵に突き落とされた、忘れられない日。

あの頃のマドレーヌは私の隣で、私の腕につかまって歩き、幸せそうに笑っていた。
私は、マドレーヌに笑顔を与えることこそが、自分の生まれ持った使命なのだろう、と思ったものだ。

でも、知り合った頃のマドレーヌはそうじゃなかった。
顔色は青白くて、不安そうな顔つきをしていた。
彼女は、孤児院の出身だった。

初めて彼女と会ったのは、散歩の途中でふと立ち寄った小さな教会だった。
まだほんの子供だったが、どこか子供らしくない、翳りを感じたものだ。
ミサの後、誰もいなくなってもなお、一心に祈る彼女の後姿は、私の心を打った。

「何を祈ってたんだい?」

立ち上がって帰りかけた彼女に、私は話しかけた。

「あのね、まだ小さなミカエルや、アンヌやレベッカが、さみしい思いをしませんように。
みんな優しいお家に引き取られていきますように。
そう神様にお祈りしていたの」

マドレーヌは数日前に孤児院を出て、食料品店に住み込みで働き始めたばかりだった。
自分の生活もまだどうなるか分からないのに、幼い友人たちの為に祈っていたのだ。

素直で、心の優しい娘だった。
小柄な体躯を飾り気のないワンピースに包み、くるくるとよく働いていた。
他の店員に仕事を押し付けられることも多かったようだが、嫌な顔ひとつせずに従っていた。

どことなく怯えたようなところがあるのは、孤児院での体験が原因だった。
私の散歩の道筋に、彼女の働く食料品店があったので、わたしはたびたびその店に立ち寄った。
彼女は私に心を開いていくにつれて、ぽつぽつと当時のことを語り始めた。

上級生にさまざまな嫌がらせを受けていたこと。
彼らは職員の目を盗んで、食事や持ち物を横取りしたり、理不尽な命令を与えたりした。
閉鎖的な社会ではよくあることだ。
彼女は自分が標的になることで、他の子たちに被害が及ばないように、と考えたらしい。
それは彼女なりの、処世術だったのだろう。

私は、まだ幼い彼女の庇護者になったような気持ちで、時々朝食をご馳走したりした。
彼女にとってはカフェのテーブル席すら、贅沢だったらしい。

「苦いわ。ピエール」

エスプレッソのカップに口を付けて、顔をしかめるマドレーヌ。
私は笑いながらショコラ・ショーを頼んで、彼女に手渡した。
笑顔でカップを抱えるマドレーヌを眺めながら、私はゴロワーズに火を点けた。

やがていつしか二人の関係は、年の離れた友人から、男女のそれへと変わっていった。
私自身にも、思いがけない変化だった。

もしかして私は、彼女をいっぱしのパートナーに仕立て上げようとしているのか?
映画の「マイ・フェア・レディ」みたいに?
なんて時代錯誤な!
自分の感傷を、笑いたい気分にもなったものだ。

だが私は次第に、彼女の素直さの魅力の虜になっていった。
また彼女も、私と接することで、のびのびと明るく変化していった。
生来の気質に戻っていった、と言ってもよいだろう。

ある夏の日。
彼女は勤め先の食料品店から、1週間のバカンスを貰っていた。
私は、彼女を誘って列車に乗り、海辺のホテルに出かけた。
昼間は海岸で泳いだり、買い物に出掛けたり、さんざんはしゃぎ回った。

「マドレーヌ。今日はあなたに、特別な贈り物があるんだ」

「ありがとう、ピエール」

贈り物が何なのか分からないうちから、彼女は心底嬉しそうにお礼を言った。
私は、ポケットから革張りの小箱を取り出し、彼女に渡した。
箱を開けた彼女は、目を見張った。

「まあ!綺麗な指輪!!」

「エンゲージ・リングだよ。
次の誕生日には、あなたも結婚できる年になるからね」

「ピエール!!私を奥さんにしてくれるのね?嬉しい!!」

私の首に抱きついて、彼女は叫んだ。

その夜、海に面した静かなホテルの部屋で、私たちは結ばれた。

結婚式は質素なものだった。
私は両親を亡くしていたし、兄弟もいない。
大した親戚や友人付き合いもなかった。
でも、私たちは幸せだった。

翌年も、その翌年も、バカンスにはあの思い出のホテルに出かけた。
明るい日差しと、深いブルーの海。
白いワンピースで波打ち際で踊る、私の小さなマドレーヌ。
砂浜で寝そべる私に、砂を掬ってかけては、嬉しそうに笑っていた。

「見て、ピエール」

「なんだい、マドレーヌ。……ああ、綺麗だ」

マドレーヌは、髪に小さな花を挿していた。

「マーガレットだね」

「私の名前に似ているわ」

「まるで『椿姫』だ」

「え?」

「いや、何でも。
マーガレットはあなたにぴったりの花だね。清楚で、愛らしくて」

「そう? でもわたし、本当はもっと鮮やかな色の花も好きよ」

「そうだね。ひなげしなんかも似合いそうだ」

私はそれから、仕事帰りに時々花屋に寄り、マドレーヌのために小さな花束を買って帰った。
彼女はそれを窓辺に飾ったり、食事に行く時にドレスの胸に飾ったりした。

3年目の夏。
その日、私たちは昼食後、いつものように海に泳ぎに出た。
良く晴れた日だった。

「ピエール!あの岩まで競争しましょう」

波の上に頭を出して、マドレーヌが大声で叫ぶ。

「よし、まだまだ負けないぞ」

マドレーヌの泳ぎの手ほどきをしたのは私だが、彼女の上達は早く、今では私をしのぐほどの泳ぎ手になっていた。
先に岩の近くまで泳ぎ着いたのは、マドレーヌの方だった。

「待ってろ、マドレーヌ!」

私は思い切り息を吸い込んで、潜水した。
次に浮かび上がった時。
大きな波が、沖から迫ってきていた。

「うわっ」

波に呑まれて、しばらくもがく。
やっと体勢を立て直してすぐ、マドレーヌのいた岩のあたりを確認する。
だが、彼女は見当たらない。

「マドレーヌ!マドレーヌ!!」

必死に彼女の名前を呼びながら、岩まで泳いだ。
やはり、彼女の姿はない。

「マドレーヌ!!!」

私の必死の叫びは、空しく海に吸い込まれていった。
どこまでも明るい青い空には、太陽が光っていたが、ギラギラとしたその光は、眩暈の中に消えていった。

あれからもう3年が経つ。
私は夏になると、彼女がいた時と同じように、このホテルを訪れる。
いつか彼女が、私の名前を呼びながら走ってくるのではないかと思いながら、海岸に一人で座っている。

「苦いわ。ピエール」

彼女の声が耳元で蘇る。
エスプレッソは今夜も、私を眠らせてはくれなさそうだ。
ゴロワーズに火を点ける。
立ち上る煙が、あの日の空と同じようにギラギラとした太陽を消した。

マドレーヌ。
いつの日かあなたは私のもとに、帰ってきてくれるのでしょう。
毎日窓辺に花を飾って待っているから。

私の小さなマドレーヌ。


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