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「安心安全な場」を作りたい

先日、天狼院書店さんにて有賀薫さんの『帰り遅いけどこんなスープなら作れそう』刊行記念を兼ねた、「ごはんの話を聞かせてください」のイベントを行った。

有賀さんがこちらのレポートにも書いてくださっているように、ごはんや家事の悩みを通して、コミュニケーションの問題が浮き上がってくるように感じた2時間だった。1週間経った今、もう一度振り返ってみて特に印象深かったことをまとめてみる。

・「洗い物が嫌」と言ってくださった女性の方。「自分ひとりの分を洗うのも嫌ですか?」と聞くと、「自分ひとりの分はいい。家族が団らんしているときに、自分だけ家族全員の分を洗うのが嫌」と話されていたこと。家事というよりも、一緒に住んでいる人ととのコミュニケーションや分担が問題になっているということを強く感じ、とても印象に残っている。

・育休を交互にとり、子育てを分担されている女性の方。夫に任せてはいながらも、どんなものを食べさせているのか気になる。例えばなるべく手作りのものを食べさせようと気を使っていたけれど、夫はそうではない、みたいな。任せているから言わない方がいいと思っているけれど、でも気になる・・・とのこと。個人的にこの話をきいて思ったのは、「こうしてほしい」と言えないにしても、「あなたがこうしていることに対して不安に思っている」という自分の気持ちだけは、伝えてもいいのではないかということ。自分が不安に思っている気持ちを伝えて、相手がどうするかは相手の自由なのでそこまではコントロールできないけれど、気持ちを言ってみるだけで少し違うのではないかと思った。

考えてみると、家事や暮らし方が多様になっている今、家事のシェアの仕方の見本はなく、それぞれが自分が育った家庭での役割を理想として持ちながらも、模索している段階かもしれない。
そういう意味では、今回のごはんの会のように、お互いのケースを共有しあって、「うちはこうしてる」「これが問題になっている」などと話しあう場はとても大切なのではないかと思った。

その場で解決策がでるかはわからない。でも、自分の悩みを自分の口で話すだけでも、意味はあると思う。思っているだけでは変わらないけれど、紙に書いたり、口に出したりするだけで、その悩みから少し距離を置き客観的になれる。一人でもんもんと思っているだけの次の段階にいけると思う。

もう一つ新たな発見だったのが、家族がいる人の家事とコミュニケーションが絡まった問題と、ひとり暮らしの人の家事の問題はかなり違うなという実感。

台所が狭いと話していた参加者の方のお話をきいたときは、私自身も本当に「わかるわかるー」と頷いてしまった。でも私はいま一人暮らしなので、家族がいる人のコミュニケーションの問題は体験としてはわからない。帰りが遅いけれど自炊したい、材料の買い置きも調味料も調理器具も少ないしキッチンも狭いけど……というのが私の問題で、それにこたえられるように作った本が『帰り遅いけどこんなスープなら作れそう』だった。

でも正直、家族がいる方、特に子育て中の方の家事や料理の悩みは、コミュニケーションが関わってくる分もっと複雑で、私の現状なんて自分でどうにかできる問題ばかりでたいしたことないのかも、と思ってしまった部分もあった。

もしかしたら、参加者を一人暮らしの方、家族がいる方と分けてもいいのかもしれない。私のような一人暮らしの家事の問題は、家族がいて家事とコミュニケーションに悩んでいる人にとってはとるにたらないものに聞こえるのではないか、と少し不安に思ったからだ。でもこうやって分けてしまうことでまた分断される危険もあるのかな、と思う部分もあり、でも同じ悩みを話す人が集まった方がより深い話になるのではないかとも思ったりする。

この「ごはんの話をする会」はすごく面白くて、有賀さんの次のレシピ本のアイディアもたくさん生まれるので、有賀さんに相談させて頂きながら、継続していく運営の仕方を私も考えてみたいと思っている。

やり方はこれから思考錯誤するにしても、悩みを共有してそれぞれが生きやすくなるような「安心安全な場」をつくることはすごく意味があると思った。参加者の方の感想ツイートで、この「安心安全な場で人と話してみる」という言葉がとてもしっくりきた。

イベントはもちろんだけど、これからどんな「本」を作るにしても、人の悩みにこたえる本である限り、読者がその本を読んでいる間は「安心安全」を感じてもらいたいと思っている。自分の本づくりにおいて大切にしていきたいことにも改めて気づいた会だった。

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