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耳慣れない蝉の声に思い出すこと

今日も蝉が鳴いている。
ジー、と地面の焼けるような音が、真昼の温んだ空気を震わせる。
私はいつ蝉が鳴き出したか分からない。
町中に響く声なのに、きっと鳴き止む瞬間にも気が付かないだろう。
毎日いつの間にか鳴いていて、いつの間にか静かな夜のなかにいる。
ここの蝉の声にもすっかり馴染んだのかもしれない。

この町に越して来て初めての夏を迎えた。
ある初夏の日、ジーっと鳴り響く初蝉の声にはっとしたのを覚えている。
遠くまで来たなと微かなため息がこぼれた。
私がよく知る蝉は、ミーンミーンと鳴いていた。

同じ様な出来事が数年前の夏にもあった。
妹の住む大阪へ遊びに行った日の翌朝、シャワシャワと響く音で目が覚めた。
傍に公園があるから蝉の声が聞こえるんだと後から起きた妹が言う。
北海道から大阪まで遥々やって来たことを、虫の声で実感した。
故郷の蝉はミンミンゼミだった。
大阪で聞いたのはクマゼミの声、今聞こえているのはエゾゼミの声らしい。
同じ北海道の中でもこれだけ離れると蝉の種類も変わるのかと驚いた。
生まれ育った町の夏が、遠くに遠くに感じられた。

週明けから一週間ほど帰省する。
約半年振りの実家。
父も母も私の帰りを楽しみに待っている。
祖母の畑のきゅうりもよく実った頃だろうか。
妹も集まって、みんな夜が更けても話が尽きないんだろう。
夏の記憶を辿りながら、故郷の蝉の声もはっきりと思い出せた。
忘れないようにしたい。
毎年夏にはきっと帰ろうと思う。
お土産のお菓子を焼きながら、そろそろ荷造りを始めよう。


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