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通勤電車とつり革。空いた座席

できることなら朝の通勤電車では座りたい。
朝から元々少ないHPを消費したくないからだ。

駅のホームで待っていると、いつも通り、向こうから電車がやってくる。この時に座席に座れることを期待しすぎると、座れなかった時の気持ちの落差にメンタルがやられてしまうので、「どうせ座れないよね。座れたらラッキー」くらいの気持ちでいるようにしている。

その日も、案の定座れなかったので、リュックを前にしてつり革につかまっていた。僕の正面の座席に座っている人はカバンを抱え込むようにして顔を下に向けて寝ていた。このフォルムを保っているということは、きっとこの人の目的の駅はまだ先なのだろう。すぐには降りそうにないなと思った。くそー。

前の座席が空くのを待つのはきっと自分だけじゃない。立ってつり革をつかんでる全乗客だ。
僕の横には、同じように左手でつり革をつかみ、右手でスマホを持ち、画面を眺めているおっさん。長い道のりだけど一緒に頑張ろうなおっさん。

次の駅に停車したものの、僕の周りは降車客はおらず、固定メンツだった。
横に立ってるおっさんも、梅雨の蒸し暑さと電車の閉塞感にやられてるのか、どことなくけだるそうに、額からにじみ出る汗をハンカチで拭っていた。きついよな。朝から参っちゃうよな。おっさん。

またその次の駅に到着する電車のアナウンスがなったその時、おっさんの前(自分から見て斜め左)に座ってたお兄さんがみていたスマホから車内の電光掲示板に表示される駅名に目線を移した。降車シグナルだ。自分の正面の人は相変わらずぐっすり眠っている。

「おっさん、一緒に先まで頑張ろうって、立って最後までやり切ろうって言ったじゃないか」と語りかけた。でもここで気づく。

おっさんは別に僕を裏切ったわけじゃないのだ。なぜなら、そもそもこの戦いは個人戦だ。にもかかわらず、電車という同じ戦場に居合わせているからと言って、勝手におっさんに対して仲間意識を持ってしまった自分の甘さが勝敗を分けたのだ。

まもなく駅に到着すると、シグナル通り座席が空いた。
小さいころ、人目もはばからず、そこらの人に体を当て、蹴散らしてまで座席に座る大人の人にはなるまいと心に誓ったので、その空いた席に自分が座るという選択肢はなかった。

「俺の負けだよ、おっさん。アンタの勝ちだ。座れ。」と僕は自分の負けを認め、おっさんに語り掛けた。

おっさんは、「悪いな。」と、一言だけ僕に声をかけて座席についた。

戦いには負けてしまったけど、どこかすっきりとした、清々しい気持ちだった。




という脳内妄想を繰り広げながら今日もいつも通り通勤するのである。

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