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ランニング中、他の人とスピードが被ると困っちゃうというお話

夜のランニングが好きだ。

皐月の夜風はまだちょっぴり鳥肌が立ってしまう。けれど、その風に湿り気は一切感じられない、とてもとても心地の良い風だ。最初の”ちょっぴり寒い”に負け、一枚ウインドブレーカーを羽織ってしまうとそれは間違いであると、走り出して数分で後悔することになる。

自粛期間中は、40代から50代とみられる男性が多かったような気がする。主婦っぽい人もいたかな。あとはちょっぴり太った人。比較的これまであんまり見られなかった属性の人たちが夜の歩道を駆けている印象だ。きっと普段はなかなか運動する時間が作れないのだろう。自粛期間の、己の怠惰な生活を打破したい、といったような鉄の意志をひしひしと感じた。
自粛生活中、このまま外にも出ずに家に引きこもり、「何か小腹を満たすものはないか」と意思半分な状態で冷蔵庫を開け、上段にある森永の焼きプリンを取り出し、表面のカラメルによるほのかな苦みを感じながらとぺろりと平らげる、という生活をしている日本人は約9割を占めるといわれているといいますからね。(著者調べ)


ある日、走っていると、僕の少し上くらいの、20代後半か30代前半くらいのスポーツウェアを着た男が僕の走る道に合流してきた。
ほう、ランニングで汗を流しているのだね。素晴らしいじゃないか、結構なことよ。と、自分が何様なのかよくわからない立場でそう心の中で褒めた。

そんなことをふと思いつつ、これまで通りのペースで走っていたのだが、これは困った。走るペースがそいつと全く一緒なのだ。何が困るかというと、ペースが同じだと知らん人と並走する形になってしまうので、「なんか張り合ってる」ように思われてしまうのではないかということだ。あとなんか気まずい。

この状況を打破するために与えられた選択肢は2つだ。

1つは速度を落とし、後ろに下がる。
もう1つは、速度を上げ、並走相手をぶっちぎり、前に出る。

これしかない。
ただどちらの選択肢も、考慮しなくてはならない点がいくつかある。

まず、「速度を落とし、後退するパターン。」
自分が一歩引くことで無駄な消費、争いを避けることができる。オトナな選択。ただ、人によって自分のペースが阻害されてしまうということであるので少し窮屈な思いをしてしまう。

もう1つの、「自分が速度を上げ、ぶっちぎってやるぜパターン。」
負けず嫌い、プライドが高い戦闘民族タイプ。ベジータである。
自分を追い込むことになるのでとても向上意欲のある素晴らしい選択だとは思うが、僕からするとリスクのある選択肢でもある。
だってダサいじゃないか。何が?

相手の横をすり抜ける一瞬だけスピード上げ、前に出たのにも関わらず、その後にバテてあとから追いつかれたらめっちゃダサい。それはもうべらぼうにダサい。「さっきおれをを抜いていったあの男、一瞬無理してペース上げたけど、ペースダウンしてるじゃん。バテてるっぽくね?ちょっと無理したべ?」とか思われるじゃないか。だから基本的に抜き去った後はスピードを落とせないのがつらい。

この時、僕としては決して遅くはないペースで走っているつもりだった。
何なら普通に息が切れてぜぇーぜぇ―言っている。なのにここからまたギアを一段上げなきゃいけないのはちょっときつい。


けど僕が選んだ選択肢は後者だった。その時はなぜか戦闘民族になる選択肢をとったのだ。

ギアを1段階、2段階と上げ、一瞬で相手を突き放した。

追いつかれたらいやだからもっと距離を離さなきゃ。
腕を振り、足を回転させた。
うわぁ~きちいなあ~。こっから先ペース落とせないのかよ~

走った走った

差を開けるためにがむしゃらに走った。


「もう大丈夫だろう。」

そう思い、後ろを振り返った。「死亡フラグ」である。ホラー映画だったらお化けが真後ろにいるし、とっておきの必殺技でも怪獣は倒れていない。砂埃から黒いシルエットが浮かび上がり、絶望するあれだ。





さっきまで並走していたあいつは、遥か後方で足を止めている。そこがゴールだったのだろう。



僕は誰と戦っていたのだろうか。







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