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『僕と私の殺人日記』 その9

※ホラー系です。
※欝・死などの表現が含まれます。
以上が大丈夫な方だけ閲読ください。
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六時限目。

ついに地獄の体育が訪れた。心臓がバクバクいっているのがわかる。はっきり言って勝てる気がしない。それでも勝たなければ、目がピーナッツになってしまう。

過去の記憶ではいつもリナちゃんが勝っていた。同じ身体で負けるわけがないんだ。ぼくは自分にそう言い聞かせた。

石灰を引いてできたレーンにぼくと権太くんが位置につく。先生がピストルを空に向ける。風が吹き、暑さと緊張で出てきた汗を冷やした。

「よーい、ドン!」

先生の合図でぼくたちはスタートした。思った通りぼくの走りは遅く、簡単に権太君に置いて行かれてしまった。 精神と身体はつながっている。ぼくみたいな引っ込み思案な人間が、早く身体を動かせるわけがないのだ。

「ピーナッツ、確定ですね」

「どんまい! スパゲッティで勘弁してもらおう!」

「やった! 今日の晩ごはんはスパゲッティだ!」

横で、みんなが好き勝手に言っている。ぼくは懸命に腕を振って走ったが、権太くんの姿はずいぶん小さくなっていた。

諦めかけたその時だった。レーンの中に毛虫がいた。ぼくは走るのに集中していて気づくのに遅れる。避けきれずその毛虫を踏んでしまった。

その瞬間。ぼくは何かに引っ張られた感覚がした。まるで違う場所に心だけが移された ように。

見ていた光景が変わった。
校庭に並んでいた木や遊具が、凄まじい勢いで後ろへ通り過ぎた。いや、ぼくの走るスピードが上がったのだ。ぼくはぐんぐん速度を増してゴールに向かう。

権太くんの背中を捉えると、いとも簡単に追い抜いてゴールした。 奇跡の大逆転だった。一足遅くゴールした権太くんは、息を荒げながら悔しそうに叫んでいた。ユイカちゃんたちは、なぜか残念そうにしていた。

おかしい。ぼくは違和感を感じていた。完全に動きが別物だった。毛虫を踏んだ時、身体が乗っ取られたように、足が素早く動いたのだ。

「わたしの勝ちよ! 約束通り逆立ちで校庭、五十周ね」

「い、いや、あれはほんの冗談で・・・」

「はあ? わたしが負けたら、ほんとにピーナッツやる気だったでしょうが! それこそ 冗談じゃないわよ!」

ぼく、いや、リナちゃんの剣幕で、権太くんはすっかり弱気になったようだった。自称ガキ大将は半べそをかきながら、逆立ちしようとして先生に止められていた。 これではっきりとわかった。

ぼくたちは入れ替わったのだ。

きっかけは多分、毛虫を踏んだことだ。ただ、なんで毛虫を踏んだら人格が入れ替わるのか謎だった。 とにかく入れ替われた上に、勝負に勝てた。ぼくは安堵した。

学校が終わって、家に帰った。ランドセルを部屋に置くや否や、リナちゃんは外に遊びに行った。 山を下りると、水田が広がっていた。水を張った田んぼが大きな鏡のようになっていて、 周囲の山々を鮮明に写している。緑の山が茶色の四角い田んぼと合わさり、色褪せた写真みたいに見える。

リナちゃんは田んぼで何かを探していた。昨日、ぼくが顔を洗った田んぼだった。あの時はとっさに泥をかぶって、窮地を脱することができたのだ。

何かを決意してリナちゃんは靴と靴下を脱ぎ、裸足で田んぼに入った。手を泥に突っ込んで何かを探している。

どこにあるの?

声が聞こえた。口から出た声でない。心の声だ。入れ替わって、わかった。相手の考え ていることが聞こえてくるのだ。

ぼくたちはまさに、一心同体。そのせいか心が通じてい る。ただ、身体を動かしている方は心の中にいる方の考えている事がわからないようだった。実際、ぼくが行動していた時にリナちゃんの声は聞こえなかった。

急にぼくは恥ずかしくなった。朝からぼくの考えていたことが筒抜けだったのだ。あの弱気な考えを全部、聞かれていた。男として情けなかった。リナちゃんはぼくを見て、どう思っていたのだろう。

「あった! 手間かけさせんじゃないわよ!」

視線に入ったのは、あのサバイバルナイフだった。昨日の夜、ぼくが田んぼに投げ捨てたやつだ。

なんで拾うの・・・?
あんな怖いものを・・・。

ミーちゃんが殺された時のことを思い出す。リナちゃんは子猫の喉を掻いてあげていた。 ミーちゃんは気持ちよさそうにしていた。殺意なんてなかった。あの時あったのは好奇心だけだった。

リナちゃんは純粋に子猫の喉を切ったらどうなるかという興味だけで、殺したのだ。 恐ろしいことだった。深い意味もなく命を奪う。命の大切さがまだわかっていない。早 く教えてあげないと大変なことになる。ぼくはとてつもなく、悪い予感がした。

「さて、今日はどうしようかな」

リナちゃんはまた何かを探し始めた。心の声が聞こえる。次に切り殺すための標的を探しているのだ。

止めて! ぼくは必死に叫ぶ。これは悪いことなんだ。みんな一生懸命生きている。そ れを気まぐれで終わらせるなんて、あってはならないことだ。 しかし、ぼくの叫びは届かない。むなしく脳内で反響するだけだった。

「お、蛙。逃がさないわよ!」

標的を定めたリナちゃんはナイフを振り上げ、泳いでいた蛙に向かって突き立てた。手 ごたえは無く、刃は泥に沈んだだけだった。

「むむ、すばしっこい」

それから何度も蛙に太い刃を刺し続けた。泥に刺さったナイフを引き抜くたびに茶色い飛沫が舞う。日は落ちていき、夕日の光がナイフに反射して、血のように真っ赤に染まった。

数十回は刺した時、違う感触がした。刃には蛙が突き刺さっていた。刃先は蛙を貫通して泥に埋まっている。刺されていることに気がついていないのか、未だに蛙は足をいっぱいに広げて泳いでいた。しばらく経って、電池が切れたように動かなくなった。

「なかなかの難敵だったわ」

リナちゃんの言葉を聞いて、ぼくは泣きたくなった。自分の行いに罪悪感を抱いていない女の子が可哀そうで、それでいて恐ろしかった。

このまま大人になったら・・・。
ぼくはその考えを振り払った。今はまだ、子供だから仕方ないんだ。きっと、いつかわかってくれる。生き物の死を見て、どれほど命が儚いかを学習してくれる。そして命を大切にしてくれるにちがいない。そう、信じることにした。

すると、異変を感じた。心と身体が繋がったように感覚がしっくりとくる。どうやら入れ替わったようだ。なんとなく、わかった。

入れ替わりの法則。それは・・・。

考え事に集中していたぼくは、持っていたナイフを落としてしまった。凶器を持っていたのを忘れていた。落ちたナイフは、偶然、泳いでいた別の蛙に当たって、それを真っ二つに両断した。

身体の所有権はまた、リナちゃんに戻った。


続く…


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