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『春と私の小さな宇宙』 その11

※ジャンル別不能の不思議な物語です。少し暗め。
※一人称と神視点が交互に切り替わります。
以上が大丈夫な方だけ閲読ください。
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ユウスケは宮野家の一人息子で、来年で幼稚園を卒業する。その年の春から私立の小学 校に通う予定である。

ハルが宮野ノブユキから家庭教師を頼まれたのは一年程前、秋を迎え、木の葉が黄や赤 に色づいた頃だった。

息子の家庭教師をして欲しい。宮野はハルに依頼を持ちかけた。 より優秀に育てるため、レベルの高い小学校に通わせるつもりだと。

「だが、そのためには面接と試験に受かる必要がある。しかも小学受験は秋に行われる。 そろそろ学習を始めないと間に合わない。現在、平凡な幼稚園生である息子では、とても受かりそうにないんだ。どうか教育してやってくれ。勿論、報酬は出す。謝礼金を毎回支払う。もし、受かったら成功報酬として研究室を好きに使ってもいい」

宮野は捲し立てて説明し、懇願した。

魅力的な提案だった。 頭の悪い子供にものを教えるのは非効率だが、提示された報酬は悪くない。

ハルは金額や日程を確認した後、二年間の契約で依頼を了承した。 ユウスケは聞いた通り、至って凡人だった。知能も高いとは言えない。

頻繁に部屋を駆けまわり、無駄に動き回っていた。

ハルは当初、彼に手をこまねいていた。
勉強させようと椅子に座らせる。しばらくすると、ユウスケの足がガクガク震えだす。 苦悶の表情を浮かべて、持っていた鉛筆を放り出し、寝転がってしまった。

どうやら彼は一つの所に留まるのが苦手らしい。飽きっぽいのだ。そのせいか集中力が絶望的だった。

ハルは何とか勉強させようと試みる。 しかし机に向かわせて五分も経たないうちに席を立ってしまう。

計算ノートを広げれば、 ぐじゃぐじゃの絵を描いてしまう。

言葉を教えようとすれば、おもちゃで遊びだす始末だ。

どう接すればいいのかわからなかった。

その翌日。 とりあえずハルはユウスケを椅子に縛り付けることにした。用意した紐で彼の身体と椅子の背を何度も巻いて固定した。これで逃げられる懸念は無くなった。

次に、文字を教えるための教本とノートを開く。

手に鉛筆を握らせる。やはりそこも紐でぐるぐる巻きにする。これで鉛筆を投げ出す心配は無くなった。

「さあ、書きなさい」

「いやだあ、いやだあ」

ユウスケは泣き出してしまった。自由になろうと暴れ出す。固く縛った紐は解けず、椅 子がガタガタ左右に揺れ動く。

ハルは困惑した。 これほど集中力が無い子供をなぜ受験させようとするのだ? 出来損ないを矯正したところで、たかが知れている。

これが受験に合格するなど妄想の類だ。 宮野の依頼を引き受けるのではなかった。ハルは今更ながらに後悔した。

ユウスケの泣き声がさらに大きくなる。ほとんど叫び声に近かった。 ぐずりだしたユウスケを見て、ハルは彼を処分したくなった。

不良品は破棄するに限る。 白衣の右ポケットに手を突っ込む。

ドスドス。
その瞬間、誰かが階段を上ってきた。恐らく母親のミチコだろう。ユウスケの泣き声を聞きつけたのだ。

まずい。 この様子を見られると非常に厄介だ。何とかしなければ。

持ってきたバッグが目に入る。 ハルは即座に右ポケットからバッグに手を伸ばした――。


「どうしたの! ユウちゃん!」

勢いよく扉を開けたミチコは、子供の名を呼んだ。

「ひっぐ、おかあさ~ん」

「すいません。勉強させようとしたら、泣き出してしまって」

ハルは平然な顔で答える。

「もう、ユウちゃんたら! せっかくハルお姉ちゃんが教えに来てくれたんだから我がま ま言わないの! ごめんなさいねえ、我慢のきかない子で・・・」

「いえ、ゆっくりやってみますので、お気になさらず」

「あら、本当? ありがとね。ハルちゃんが来てくれて助かるわ」

ミチコは部屋を後にした。何一つ疑うことなく。危なかった。 ハルは安堵する。

勉強机の下には紐とカッターナイフが転がっていた。扉付近にいたミチコには見えない角度である。

あの瞬間、ハルはバッグの中にあったカッターナイフを取り出した。刃を出すと一瞬で、 ユウスケの手と胴体を縛っていた紐を切った。 そして、扉が開くと同時に紐とカッターナイフを机の下に投げ入れた――

間一髪だった。

「あ、そういえばハルちゃん、さっき何してたの?」

ミチコが思い出したのかいきなり扉を開け、ズケズケと部屋に入ってくる、ということにならないようハルは耳を澄まし、足音が遠ざかって行くのを確認した。

ミチコはリビング入り、テレビをつけたようだった。その音が聞こえた。 もう戻って来ることはない。

ハルは感謝した。
ミチコが勘の鈍い人間で助かった。もしもこれがアキであれば僅かな変化を察知し、異変に気付いただろう。

ユウスケは相変わらず泣いていた。泣き声の不協和音が耳障りだった。 処分は難しそうである。

初心に戻った方が良い。これからこの生物をどう調教すべきか。 ハルは瞬時に計画を組み上げる。

中毒性の高い薬物を使うのはどうだろう。個体はまだ幼い。耐久性が弱いと考えられるため、一度の大量摂取は危険だ。副作用で心身共に壊れてしまう。

数回に分けて、少量ずつ投与していくのが望ましい。 名案に思えた。依存する段階まで来れば薬をエサに勉強させられるだろう。

これならばスムーズな教育が期待でき、成功報酬を得られる可能性が高まる上に、人間を使っての薬物実験データも取れて一石三鳥だ。

問題は薬物をどこで入手するべきか。

毒は薬になる。確か医学部で医薬品用として保管されているはずだ。

そこからくすねよう。研究の協力要請とでも言って医学部に入れば保管場所、施錠する鍵を持つ人物の特定、生徒の入室時間などを記憶するのは容易い。

状況さえ把握すればどうとでもなる。手に入れた後は暴れないように、動物実験で使用しているクロロホルムで眠らせて、投与を続けていけば服従人形の完成だ。

多数決社会の倫理など少しも考慮していない。いかに物事を滞りなく遂行するためには、 水面下で一人ずつ味方を取り込んでいくことが肝要。

ハルの脳内で悪魔的構想が次々に形を成していく。

「おいてかないで、おかあさん!」

泣きじゃくるユウスケが母親に助けを求める。 その言葉にハルの思考が突如、停止した。


「あたしをおいていかないで!」


ハルの脳裏にアキの叫び声が響く。小学生の姿をしている。

あの日の、夕日の校門でのやり取りだった。あの時も彼女は泣いていた。必死に訴えている。

幼いハルはどうしていいかわからず立ち尽くしていた。


続く…


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