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『春と私の小さな宇宙』 その43

※ジャンル別不能の不思議な物語です。少し暗め。
※一人称と神視点が交互に切り替わります。
以上が大丈夫な方だけ閲読ください。
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この生徒に接触し、息子を教育してもらえば、きっと受験も受かり、優秀になるはずだ。

彼女に関心を持った宮野はハルについて調べた。 あれほどの才能があるなら何かしらの情報があるはずだ。

そう考えた彼の予想は的中した。

見つけたのは十数年前の古びた地方の新聞と学会のある論文だった。新聞記事の見出しには『天才少女現る!』と大きく書かれていた。 生まれた時から言葉を覚え、あらゆる物事を理解した、などの逸話が次々に書かれている。

その後の状況は新聞に載っていなかった。恐らく両親が穏やかに暮らせるよう配慮し たのだろう。 論文の方は実に興味深かった。信じがたいことに彼女は、特別な遺伝子を持っていた。

第三世代の遺伝子である。三重螺旋のDNA保持者は世界単位でも極少数で、研究があまり進んでいない未知の分野だった。 生物学者である宮野は心が躍った。

これほど上質な研究対象は見たことが無い。しかも、 彼女は我が生物学部を専攻しているではないか。この奇跡を逃す手はなかった。

彼は生物学部に入ったばかりのハルにさりげなく近づいた。怪しまれないよう慎重に話しかけた。彼女はガードが固く誰にも心を許さなかったが、むしろ好都合だった。

誰かに取られる心配がない。彼女は自分に似ていた。人間関係を嫌い、自分だけを信用している。効率性と利便性を求め、自己利益に忠実なタイプの人間なのだ。

そう結論付けた彼の分析は、正しかった。 息子の家庭教師の件を話し、それ相応の報酬を提示すると、容易く彼女は承諾した。

研究室の使用権限が効いたらしい。 ただ、まさか彼女がその後、妊娠するとは夢にも思っていなかったが。

これで全てがうまくいく。ユウスケの受験が合格すれば自分の面子は保たれる。さらに家庭教師の件で彼女との関係を築ける。

いつかその貴重な細胞を貰い受け、解析したい。 世界中の学者がうらやむ、最高の実験体を自分だけが所有するのだ。彼の妄想は止まらなかった。

ある日、アキと名乗る学生が話しかけてきた。学生の方からが潔癖症の彼に近寄るのは珍しいことである。

宮野はアキという学生に見覚えがあった。ハルにいつもくっついている学生だった。彼女の事をもっと知れるかもしれない。彼は話を聞くことにした。 相談内容はハルの安産祈願をするために、推奨の神社を教えてほしいというものだった。

これはチャンスだと思った。彼女が本当に選ばれた人間か確かめられる。宮野はある神社を紹介した。

R神社。
かつて、間引き神社とも呼ばれた由緒正しい神社である。妊婦に急な階段を登らせ、選別する。階段から落ちて、母子ともに死ぬ者が続出したが、見事、登頂を果たし た者は優秀だと見分けられ、その血を引いた子供は体格や頭脳に恵まれて生まれた。

跡継ぎにふさわしいか計る試練なのだ。 妊娠している今の彼女には、うってつけだった。

彼女の孕んでいる子供は間違いなく優 秀だ。なにせ、第三世代の遺伝子を持っているのだから。

それでも宮野は確かめたかった。彼女の生まれ持った定めを。

宮野はアキから参拝日時を聞き出して、R神社に先回りした。木陰に身を隠し、様子を見る。この目で結果を確認したかった。

天命は彼女を生かした。ハルはいともたやすくあの階段を登り切った。 やはり、選ばれた人間だったのだ。

しかしそれも束の間、彼女に新たな試練が降りかかる。アキが裏参道に寄り道しだしたのだ。それについて行った彼女は巨大な熊に遭遇した。 絶体絶命の危機に彼女は直面してしまった。

この事態をどう乗り切るのか、隠れ見ていた宮野の関心はさらに高まった。 ここで終わってしまう命ならそれまでの人間だ。

しかし、彼はどこか確信していた。彼女は生き残る。そして、それは現実になった。

長身の男がハルを助けたのだ。しかも武器 も持たず、素手で熊を撃退してしまった。

その後、ハルと男は見つめ合っていた。

もしや、と宮野は思った。彼女の交際相手はこの男ではないのだろうか。ハルが付き合っている相手の噂は無かった。だが、実際に身籠っている。

では、その子供の父親は誰なのか。

恐らく、この男だ。


続く…


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