『春と私の小さな宇宙』 その2
※ジャンル別不能の不思議な物語です。少し暗め。
※一人称と神視点が交互に切り替わります。
以上が大丈夫な方だけ閲読ください。
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プロローグ
○ 小さな宇宙
私は、気づくとそこにいた。
周りは真っ暗で身動きがとれなかった。視覚が役に立たず もどかしい。奇妙な浮遊感がする。周囲には何もなく、どこが上でどこが下なのかわからなかった。
この暗い空間に私は閉じ込められているようだった。 ここはどこだろう。そう思った。私はためしに体を動かしてみた。手は上手く動かなかったが、足はかろうじて自由が効くようだ。とはいっても伸ばしたり縮ませたりが限界だったが。
しばらく、唯一の動きである屈伸運動を続けていると何かにぶつかった。初めての感触だった。柔らかく、弾力がある。足の裏を通して感じる。 時々、空間が揺れる。
私は抗うことできぬままそれに衝突した。それは温かく、心地良かった。 揺れがおさまった。触れた皮膚を通してその物体が巨大だと私は気づいた。平坦で壁の様だった。それが前や後ろに、いや、上下左右にもあった。 おそらくこれは私を包み込んでいるのだ。
その中に私はいる。
いつ、ここに連れて来ら れたのか記憶がない。 だれがこんなことを。
ここから出して! 私は叫んだ。
いや、正確にはそう思っただけだった。口が動かなかったのだ。なぜなのか理解できない。 何で私がこんな目に……。
もっと、情報を集めなくては。 私はその壁を再び蹴ってみた。音も無く、反動で身体が後ろに移動しただけだった。 かすかに音が聞こえた。とても小さく聞こえづらい。何かに阻まれて。薄くくぐもっている。 聞き逃すわけにはいかない。 私はすべての感覚を聴力だけに集中させた。
耳の中にある鼓膜が、わずかな振動を拾う。 音ははっきり聞こえ、振動が頭の中に潜り込んでくる。
「イイカンジネ」
そう聞こえた。
なんだ? この音は。どこから聞こえる?
今、私は得体のしれない壁のようなものに包まれている。そこから推測するに音は壁の外側からすると考えるのが妥当だろう。 問題はその音を理解できないことだ。外で聞こえた音はどのような意味があるのか、私にはさっぱりわからなかった。
現状を把握するには情報が少なすぎた。暗闇で視覚は無力に等しいし、においもしないので嗅覚も役に立たない。体も満足に動かせず、屈伸運動が関の山だ。残った聴力で情報収集するほかないようだった。
私はもう一度、壁を蹴った。無力な自分ができることはそれしかないのだ。音の正体を突き止めなければならない。
「ゲンキニウゴイテイルワ」
音が聞こえた。やはり、この壁と外はつながっているのだ。耳を研ぎ澄ませる。よく聞くと様々な音が壁を通り越して雪崩れ込んでくる。外は音で満ちているらしい。
再び、空間が揺れる。その衝撃で手が何かに触れた。その物体は細く長かった。おなかに違和感がした。必死に手を動かした。最初は固く動かなかった手や指がわずかに反応した。
どうやら私は思い違いをしていたらしい。動かせないのではなく、動かし方を知らなかったのだ。何度も命令する。全神経を一つの指に集める。ピクピクと動いた。他の指も同様に動かしていく。
次は掌だ。動け!
二つの掌が重なった。右手からは左手が、左手からは右手の感触がした。 幾度も繰り返し練習した。手に付いている五本の指が開いたり閉じたりできるようになった。私は手の感覚を自分のものにする術を身につけた。
ようやく、この長い物体を調査できる。視覚が効かないので、手探りで探す。それは案外、すぐに見つかった。私の下の辺りだ。下といっても上下の定義が無いため、頭がある方向を「上」、とした場合の「下」である。
その物体を指で優しくつまむ。力加減は大体、把握できている。つまむと振動を感じた。 私はびっくりして思わず手を引っ込めた。細い管の中で何かが流れているようだった。
再び、慎重に触る。その管は柔らかかった。力をこめれば破けてしまいそうだった。 私は良いことを思いついた。ゆっくり管を握る。両手でつかむと掌にぴったり吸い付き、 ぬくもりを感じた。少し力を入れる。振動が手の皮膚を伝って次第に大きくなった。
さら に、握る。管はよほど弱いのか、簡単に、指の圧力に屈してへこむ。さあもう破ける寸前だ。このあたりで手を放す。圧迫から解放された管が徐々に元の形に戻っていくのを、も う一度触ってみて感じた。
手の握力訓練だ。管が破れるギリギリを見定めて、手を握るのだ。これで完璧に指と手を使いこなす。使い方さえわかればうまくできる自信があった。
幾度となく訓練を続けた。結局、管が破裂することはなかった。思ったより丈夫らしい。 両の手に付いた五本の指はこれまでにない程、なめらかに動いた。 感覚能力が上がったところで、私は調査を再開した。
この管のようなものは奥まで続いるようだった。管をつかんでその先へたどって行く。もちろん、破いたり千切ったりしない力加減で、だ。
しばらく進むと、頭が壁にぶつかった。触って確認すると管は壁にくっついていた。どうやら、管はこの壁から伸びているらしかった。
では、この管はどこへ伸びている? 今度は逆方向へ管をたどる。つかんだ管を押し出す感じだ。何度も何度も、押し出す。 すると、おなかに痛みが走った。引っ張られるような痛みだ。私はとんでもないことに気づいた。
この管は私のおなかにつながっていたのだ!
私は衝撃を受けた。
さっきまで握り潰しかけていた管が、実は自分の身体の一部だったということに、いまさらながらに理解したのだ。 もし、破裂していたら自分はどうなっていたのだろう。
知りたかったが、止めた方が良い。そんな気がした。 私の体に何が起こっているのか理解不能であった。視覚がまともに機能していれば、すぐ解決する問題なのに……。
今、わかっていることを整理してみる。 私は今、暗黒に支配された空間の中にいる。その空間には限りがあり、壁で覆われてい る。壁からは管が伸びており、私に繋がっている。壁の外は私以外の何かが存在し、音を発生させている。
わかったのはせいぜい、これくらいだ。
だれが、どんな目的で私をここに連れてきたのか。 どうすれば、ここから出られるのか。 不明な点が、圧倒的に勝っていた。
これから現状を把握しなければならない。ここがどこで、自分がどんな姿をしているのか。外の様子はどうなっているのか。
知りたい。理解したい。
いつかこの、暗く、狭い世界から抜け出して自由になりたい。
私の孤独な調査活動が始まった―――
続く…
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