見出し画像

雑貨屋『このは』のお話。その7「怪談?」

ーーあれは、深夜0時を廻った頃でした。
 残業でくたくただった私は、駅前の商店街を抜けて、引っ越したばかりの自宅へと向かっていました。
 人気のない帰り道。暗くなり、疲れていたこともあるのでしょう。私はいつもと違う角を曲がってしまったようでした。気がつくと見知らぬ場所に立っていました。
 しまった、と思い引き返そうとしましたが、自分がどちらから来たのかも分かりません。
 スマホを取り出し、地図で確かめようとしましたが、画面にはバッテリー切れの表示。電車に乗っていたときには、まだ大丈夫だったはずなのですが。
 ともあれ、早く家に帰らないと、明日の仕事に影響が出てしまいます。でもどうすれば、知っている道に出られるのだろう。
 途方に暮れていると、静まり返った住宅地の中に、深夜だというのに、灯りのついた小さな店を見つけました。扉には『OPEN』の札がかかっています。私は藁にもすがる思いで、店の中に入りました。

 店内は薄暗く、人影はありません。

「すみません」

 私は恐る恐る声をかけました。すると、カウンターの暗がりから、エプロン姿の娘さんが現れました。こんな夜中に、若い女性が一人で働くなんて、親御さんは心配しないのだろうか。

「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」
「えっと……」

 私は改めて店内を見渡しました。こぢんまりとした店内には、手作りと思われる皿やマグカップが並んでいました。私はこの時初めて、ここが雑貨屋だということに気づいたのです。
 
ーーでも何でこんな夜中に?

 不思議に思いながらも、私は娘さんに道に迷って困っている事を伝えました。
 すると、娘さんは、嫌な顔一つせず、「それはお困りでしょう」と言って、エプロンのポケットから取り出した紙に、駅までの地図を書いてくれました。
「この辺りは、道が入り組んでいて迷う人も多いみたいなんです。お陰で、不思議な縁も生まれたりするんですけどね」
「なるほど、私だけではないのですね」
 私は地図を受け取り、娘さんにお礼を言うと、
「次は、お客さんとして寄らせてもらいますね」
と約束をして店を出ました。娘さんは、「お待ちしています」と笑顔で手を振ってくれました。
 地図を頼りに道を進むと、すぐに駅前の商店街に戻ることができました。そして私は、今度こそ間違えずに家にたどり着くことができたのです。

 そして、翌朝。私はいつものように支度をしながら、昨夜の出来事を思い出していました。

ーーそうだ。帰りに、あの雑貨屋に行ってみようかな。

 私は、昨日もらった地図を探しました。けれど、どこにも見当たりません。テーブルに置いたはずなのですが地図はなく、どこから紛れ込んだのか、葉っぱが一枚あるだけでした。
 検索しようにも、私は帰ることに必死で、お店の名前を確認するのをすっかり忘れていたのです。もちろん、この周辺の地図で調べてもみましたが、それらしいお店は見つかりませんでした。

 そこでお願いです。もし、どなたかご存じの方がいらっしゃいましたら、あの不思議な雑貨屋さんの場所を教えていただけないでしょうか。どうしても、あの日の約束を果たしたいのです。よろしくお願いします。

【◯月◯日、AさんのSNSの投稿より】
 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?