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雑貨屋『このは』のお話。(その3)「雨の土曜日」

「来ませんねぇ」と、私。
「来ませんねぇ」と、もみじさん。
 ここは商店街からちょっと外れた場所にある雑貨屋『このは』。
 今日は土曜日。
 私と店長のもみじさんは、お店のカウンターで二人並んで窓の外を見つめていた。お客のいない店内には、雨が奏でるBGMが静かに流れている。
 本業が休みだった私は、いつお客さんが来ても大丈夫なように、朝からもみじさんと店の掃除をし、レイアウトを整え、接客の練習をした。しかもかなり念入りに。
 そしてすっかり準備万端、すべて完璧に整ったのに、お客さんは、それはもうびっくりするくらいに一人も来なかった。
 私たちは空回りしてしまったやる気の反動で、こうして呆けて座っているのだった。

「……もみじさん。出てますよ、しっぽ」
「あ、ほんとだ」
「しまわなくて大丈夫ですか」
「んー、お客さんがきたらしまいます」
「気をつけて下さいよ。正体がバレたら、大変なんですから」
「でも里子さんにはバレてしまってますよ」
「私だったから良かったんです。中には悪い人間だっているんですから」
「ですよね。私、ラッキーでしたね。最初のお客さんが里子さんだから、こうして一緒にお店も手伝ってもらえているわけだから」
「それを言うなら、私もこんな素敵なお店ともみじさんに出会えてラッキーでしたけどね。二人目のお客さんも良い人だといいですね。あーあ、早く来ないかなぁ、次のお客さん」
「いつになったら、来てくれますかね」

 私たちは頬杖とため息をつく。
 窓の前に並べた、ぴかぴかに磨いたお皿やコップは、いつになったら必要としてくれる人と出会えるのだろう。

 もみじさんは、もうすっかりゆるゆるで、三角巾からまんまるの耳が飛び出している。そして窓の外を見つめながら呟く。
「……でも私、笠かぶって店の前に立つのはしたくないですよ。……だって女の子だし」

ーー突然何の話?? あ、お蕎麦屋さんの前とかにあるタヌキの置物の話か。

 私は思わず苦笑い。
「雑貨屋さんの前にタヌキ置物があるのは、斬新すぎですってば」
 そこで、重要なことに、はたと気づく。
「もみじさんっ!」
「は、ハイッ!」
 突然の私の声に驚いて、もみじさんは椅子から転げ落ちた。耳としっぽは引っ込んだものの、今度はピンピンのひげが飛び出している。
 私はそれに構わず、もみじさんの手を取り言った。
「お店の宣伝をしましょう!」
「せん……でん……?」
「はい、宣伝です。チラシを配ったり、ポスターを貼ったりして、雑貨屋『このは』をみんなに知ってもらうんです。ネットでも紹介すれば、いっぱいお客さんが来てくれるかもしれません」
 思い返せば、近所に住んでいる私でさえ、ほんの数日前まで、ここにこんなに可愛らしい雑貨屋さんがあるなんて知らなかった。もしかしたら、ここに雑貨屋さんがあることを知らない人がほとんどなのではないだろうか。
「……せんでん、というのをすれば、お客さん、来てくれるのですか?」
 もみじさんは、尻もちをついたままの様子で尋ねる。
「絶対に、とは言えませんが、何もしないよりは、お客さんに来てもらえる可能性があります」
「……なるほど。里子さんが言うなら、その、せんでん、というのをやってみたいです。でも、どうやってやればいいのでしょう?」
「まずできそうなのは、ポスターですね。お店に前にこんな雑貨が売ってますって、紙に書いたり写真を貼ったりして紹介しましょう。お店の前を通る人にアピールすれば、きっと気に入ってくれる人がいるはずです」
 それを聞いたもみじさんは興奮し、目がまんまるになる。
「わ、わ、なんかすごくいいかもしれません。里子さん、私、すごくやる気が出てきました!」
「もみじさん、私もです! じゃあ、まずは、どの品物を紹介するか決めましょう!」
「はい、里子さん!」
 私たちはカウンターを出て、早速、棚を探し始める。
 気がつくと雨は上がっていた。
 窓から差した光に照らされたお店の雑貨たちが、嬉しそうに輝いていた。

つづく

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