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三重県信号機折損の原因について考察


はじめに

本記事は、三重県鈴鹿市の交差点で2021年2月18日に起こった信号機倒壊事件の原因について、別角度から考察したものです。

Screenshot 2021-07-14 at 14-54-54 信号機倒壊の原因は “犬の尿” 県警科捜研調査 三重 鈴鹿 NHKニュース

スクリーンショットは、2021年7月14日放送のNHKおはよう日本より

https://www.sankei.com/article/20210713-NKMLLJLLUBMOVLA2EO7442VZ5I/
https://www.asahi.com/articles/ASP2L6TCCP2LONFB024.html
報道では尿素と塩分が原因として挙げられていますが、より詳しく、具体的に調査しておく必要があると感じています。近年の気候変動で腐食が加速している可能性、他地域でも同様の事案が多発する可能性を懸念しています。

結論から言えば、硝酸菌たちによる硝化作用で尿から硝酸が生成、近年の降雨間隔の長期化と気温上昇により、硝酸濃度が雨で薄まることなく、定期的な加熱で希硝酸による鉄の溶解が急速に進んだ可能性を指摘します。放尿を完全抑止することは現実的には不可能ですし、気候変動が原因なら今後はより腐食速度は加速します。希硝酸が原因であれば、まずは
・酸に強いコーティング
・酸ポケットが発生しないよう、コンクリートと鉄の境界を底上げまたは拡大する
などの根本的な対処の方がコストパフォーマンスは良いと思われます。

鉄は元々錆びやすい

信号機の柱素材はおそらく鉄ですが、鉄は比較的イオン化傾向が高い金属です。鉄のイオン化傾向が高い、とは簡単に言えば「鉄は水に濡れると鉄イオンとして溶け出し、鉄水溶液になる」ということです。水に溶けた鉄は他の物質と反応しやすくなり、例えば酸素と結合して酸化鉄になります。この酸化鉄こそが鉄錆であり、この酸化が繰り返されることが鉄錆の直接的な原因です。

このように鉄が水分によって錆びるのは工業的には周知のことであり、野外における鉄材利用は錆対策が必須といえます。

コンクリートと鉄

さて、コンクリートは「水酸化カルシウムCa(OH)2」を主成分とし、基材として砂が入るのが通常です。この水酸化カルシウムはアルカリ性が高く、中性を7とするpH指標では12~13程度とされる、強アルカリに属します。鉄が水に溶けるときには電子を手放す必要がありますが、アルカリ性水溶液は既に電子を含んでおり(厳密には水酸化物イオンOHを含む)、鉄はなかなか水に溶けません。つまり、アルカリ性のコンクリートは鉄よりも水に溶ける力が強いので鉄は水から追い出される形となり、鉄はほとんど溶けることができません。コンクリートに覆われた鉄(鉄筋コンクリートなど)は、健全な状態ではほとんど錆びません。

コンクリートの変化

長期間空気に触れ続けたコンクリートは、空気中の二酸化炭素と水酸化カルシウムが反応して「炭酸カルシウムCaCO3」へと化学変化します。炭酸カルシウムは中性であり、これ自体は鉄の錆を防止も促進もしません。しかし、後述する「酸による腐食」では腐食前に鉄を保護する役割があると考えられます。

バクテリアによる金属腐食はよくある

くわしくは
https://www.nite.go.jp/nbrc/industry/other/mic2009/knowledge/knowledge_2.html
https://www.jstage.jst.go.jp/article/sfj1954/15/7/15_7_2/_pdf/-char/ja
を見ていただきたいのですが、要はバクテリアは様々な方法で金属を溶かして栄養源とします。特に、自然界では酸化物であることが当たり前の鉄やアルミニウムは、精錬したことで高いカロリーを内包しており、良い餌であります。その過程で工業的に重要な部品を破損し、重大事故に発展した例も多々報告されています。

・1964年、航空自衛隊の福岡県芦屋航空隊で、ジェット燃料を餌とするバクテリアが増殖、燃料格納のアルミニウム合金が腐食して燃料漏出
・アメリカエレクトラ航空にて、バクテリアによる燃料パイプ腐食による燃料漏出
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jilm1951/16/3/16_3_147/_pdf/-char/ja

うまく使えば未来のバクテリア利用の水素電池も作れそうですが、まったく油断もすきもないですね。
この後は、特に注意すべきと思われる「バクテリアによる酸生成を原因とした腐食」を考察します。


バクテリアによる酸の生成

バクテリアは、様々な酸を生成します。
・亜硝酸 → 亜硝酸菌(アンモニアを亜硝酸に加工)
・硝酸 → 硝酸菌(亜硝酸を硝酸に加工)
・吉草酸(カルボン酸) → コリネバクテリウム属バクテリア(汗中の皮脂や角質中のロイシンを分解)
・酪酸 → 酪酸菌(脂肪酸等の分解)
・酢酸 → 酢酸菌(アルコールを酢酸に加工)
・フルボ酸類 → 腐葉土中のバクテリア(植物遺骸を分解)
・フミン酸(腐植酸) → 腐葉土中のバクテリア(植物遺骸を分解)


また、上記アンモニアに関しては、動物の尿に含まれる尿素を分解してアンモニアに変えるバクテリアは空気中に常在しています。夏に大量の汗に濡れた繊維を放置するとアンモニア臭が発生するのは、空気中のアンモニア生成菌によります。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%9C%E7%A1%9D%E9%85%B8%E8%8F%8C
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A1%9D%E9%85%B8%E8%8F%8C
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A1%9D%E5%8C%96%E4%BD%9C%E7%94%A8
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%85%AA%E9%85%B8%E8%8F%8C
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%AB%E3%83%9C%E9%85%B8
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%9F%E3%83%B3%E9%85%B8


硝酸の場合

硝化作用は特に注目するべきです。条件さえ整えば、硝酸は大量に蓄積するのです。硝酸と植物の葉や根に含まれるカリウムが結合すると、黒色火薬の材料として有名な硝石(硝酸カリウム)になります。日本において、硝石は古い便所の周囲の土を主な採取場所としていました。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A1%9D%E7%9F%B3

硝酸カリウムは水溶性なので、日本のような湿潤気候の野外ではすぐ流出しますが、屋根等で雨から保護されれば大量に採れるのです。

電柱にイヌ等が放尿した場合、バクテリアの条件が整えば
尿素→亜硝酸→硝酸
の順に発生すると考えられます。濃硝酸は鉄に錆を予防する不動態を生じさせます。しかし、希硝酸の場合は、酸化力がそれほど強くないため不動態までは作らず、Fe + 4 HNO3 → Fe(NO3)3 + NO + 2 H2Oとして溶けます。定期的に尿の補充があれば、継続的に硝酸の生成が続き、錆びよりも早く腐食が進行する可能性があります。

この硝酸による腐食を抑止するのは降雨による流出ですが、近年の降雨を見ると雨の降らない日がかなり長く続いたりいきなり大量降雨があるような極端な傾向が見られます。次の図は1980年、2000年、2020年の非降雨日を赤で表示したものです。赤色の日が続くほど、乾季のように無水状態が続いていることを表します。

三重県降水量

雨が降った日の量は233~245日と大差ありません。ですが、2000年と2020年は夏季の雨が降らない日が1週間以上続く日が増えています。例えるなら、雨季と乾季があるような状態です。

原因の一端として挙げているだけなので、結論を出すにはもう少し解析する必要がありますが、雨の降らない日が連続しているという指摘を僕はしたいわけです。もしもそうなら、大気中の二酸化炭素量が増えたことによる気候変動に、降雨リズムの原因の一端を見ることもできます。

さらに、夏季の降雨量の減少に加え、強烈な暑さは酸による腐食を促進します。流出することなく定期的に材料である尿を補充され、さらに定期的に加熱されるのであれば、鉄柱にとっては過酷であるといえます。

ちなみに、硝酸による腐食が起こるならば、腐食の初期ではコンクリート中の炭酸カルシウムが硝酸と反応することで「硝酸カルシウムCa(NO3)2」を生じます。硝酸カルシウムは反応性が高く危険ですが、空気中の水分で溶ける潮解性なので、雨で流れてしまうと思われます。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A1%9D%E9%85%B8%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%82%B7%E3%82%A6%E3%83%A0

しばらくこういった鉄を守る反応が続くと考えられますが、カルシウム分が使い果たされ、骨材となっている砂が主になると、隙間が生じた状態に尿がたまるため状況は悪化します。

侵食ポケット

コンクリートと鉄材の境界が地面に接しており、かつ雨水や尿が溜まりやすい構造だと境界部でじわじわと化学的な侵食が起こります。そして、コンクリートが腐食し、より沢山の液体が溜まるポケットができると、ここで酸が加熱されるようになり、侵食時間も増えて速度も増します。バクテリアも安定して暮らせることでしょう。

ツイッター用ネタ画像_横_鉄柱侵食

予防するには、強力な耐酸・耐侵食性のコーティングを施すか、尿などがそもそも鉄柱周辺にたまらないようコンクリを盛ることが有効と思われます。

ツイッター用ネタ画像_横_鉄柱侵食2

塩類説だけでは不十分かも

報道では塩類を強調しているように見えました。しかし、他にも原因がある場合、単に「尿中の塩類」が腐食の原因であると決め付けるのは危険です。塩類は濃すぎるとかえって腐食を抑止します。塩類だけで実験し、バクテリアの存在を無視すると実験では侵食スピードを過小に評価することになりかねません。

有機酸によるコンクリート・アスファルト腐食

硝酸以外にも、道路設備を腐食する可能性があるものをいくつかピックアップしておきます。
・植物による根酸
・植物遺骸から生じる有機酸(フルボ酸、フミン酸)

木からの落ち葉や雑草の芽生えを放置しておくと、有機酸の発生による腐食が進行するかもしれません。僕が近隣で調査したところでは、植物の影響は大きいと感じました。

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一方で、コンクリートの土台の上に固定された鉄土台は大変保存性が良い印象でした。

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また、そこまでしなくても、鉄柱根元のコンクリートをわずかに盛り上げるという一工夫があれば、雨水もすぐに流れ落ち、保存性が良いようです。

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アスファルトが酸による腐食を受けるのか、資料を見つけられませんでしたが、骨材の結合材としているタールは明らかに酸に弱いでしょうし、実際にリモネンでは溶けるようです。また、僕が調査した範囲でも落ち葉が放置されがちな田舎の平坦地(坂道は落ち葉がたまりにくいからか腐食は少ない印象)では道路表面の磨耗がひどい印象です。


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