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【第9輪】 銭湯のお客さんってどんな人? #1 越後屋 ~下町・神田を支えるお豆腐屋さんの人情~

みなさんはお気づきだろうか。

湯の輪らぼが拠点とする神田の稲荷湯へ入店した際にみなさんを迎え入れるのは、フロントにいる人だけではないことを...。

そう、お相撲さんたちである。

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浴衣を脱いでお風呂に入る準備万端の彼らはなぜ店番をしているのか。
湯銭(入浴料)が払えないからではない。フィギュアだからだ。

ではなぜ、お相撲さんたちのフィギュアが銭湯のフロントにあるのか。

それは、神田で110年を超える歴史を持つお店を営む、稲荷湯の常連さんによって持ち込まれたためである。

湯もみで広がる波紋のように、銭湯を中心に地域のお店などを取材しながら、そのまちについてゆる〜く哲学する私たち「湯の輪らぼ」。

今回は銭湯のお客さんの視点から、神田での暮らし、そして銭湯と地域のつながりについて考えてみた。


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稲荷湯から徒歩10分、神田駅西口から徒歩5分の場所にそのお店はある。

関東大震災の後に建てられ、東京大空襲を生き抜いた2階建ての建物は、お店が見てきた神田の100年以上の歩みを、現代に生きる私たちに伝えている。

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「いらっしゃい」とご主人の義昭さんが迎えてくれた。

店先には白鵬と阿炎の手形が飾ってある。義昭さんは東京で相撲が開催される際には、毎回一度はご友人と行っているらしい。

その時には必ずお土産を買ってくる。稲荷湯にはフィギュア、そして奥様の洋子さんには手ぬぐいを買ってくる。洋子さんはその手ぬぐいを被り、炭火で焼き豆腐を作っている。

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時刻は朝8時。
通勤途中の方や近隣でお店を営む方などが「おはようございます」と店を訪れる。

常連のお客さんらしき方が、お店の前で足を止めた。するとお店の中から洋子さんが、

洋子さん:ごめんねー、今日は豆乳終わっちゃったの。明日はやってるよ。

と、声をかけると、

お客さん:明日から出張だから、金曜日また来るね。

との答えが返ってきた。
出勤前に越後屋さんで豆乳を買い、職場へ向かう方も多いらしい。

越後屋さんは国産の原料にこだわる。私たちに、品物によって使い分ける北海道と九州の大豆、そして室戸のにがりを見せてくれた。

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洋子さん:大釜で豆を煮ているのはウチくらいじゃない?

鍋で煮るのが一般的な大豆だが、越後屋さんは先代から受け継ぐ大釜を使用している。

早速、その大釜で煮た豆を使って作られたお豆腐をひとくち頂いた。にがりのほんのりとした苦味とスッキリとした後味は、今まで食べてきたお豆腐とは何か違った。

揚げたてのがんもどきも頂いたが、外はサクサク、中はふわっとしたがんもどきは、みなさんにもご賞味頂きたい。

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ご夫婦が稲荷湯を利用するようになったのはおよそ15年前。

以前は越後屋さんの近くには銭湯が3軒あり、その中の一つである万年湯へ通っていたらしい。そこで昔と今の銭湯の違いを尋ねてみた。

洋子さん:昔行ってたところではね、家族同士の付き合いが多かったのよ。だからみんなで色々と話したり、お互いに背中を流しあったりしてたわね。

それと、みんな子どもを連れてきてたからね、お風呂上がりの飲み物も、自分の子どもだけに買うわけにもいかないから、他の子どもの分も買ってあげてたのよ。

向こう(稲荷湯)ではさ、常連さんは挨拶とかはするけど、あんまり会話とかはしないかなぁ。でも、あなたは向こうに行ってよく話すようになったよね。

と、話を振られた義昭さん。

義昭さん:そうだね、昔はあんまり話さなかったね。

だけど今はお客さんだけじゃなくて、まもる君やお母さん(稲荷湯の人)とも話すようになったのは大きな違いだね。

洋子さんは昔に比べて付き合いや会話が少なくなった一方で、義昭さんはむしろ会話が増えたという。

男湯と女湯を隔てるものは壁一枚しかない。だが、その両側には似て非なる社会が広がっているということだろうか。

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また洋子さんは、稲荷湯への思いも語ってくれた。

洋子さん:稲荷湯では、毎週花が変わるでしょう。今週はアネモネだったよね。先週はチューリップ。毎週それが楽しみなのよ。

あと、前に1ヶ月くらい休んだことがあったでしょう。その時は、また銭湯がなくなっちゃうんじゃないのかなってとっても不安だったのよ

お客さん一人一人に、その場所の過ごし方や楽しみ方がある。
そして、いつも使っている場所を普段通り利用することは、お客さんの安心にもつながる。

「いつも通り営業する」

これがどれだけ大切なことかを、三代目(仮)は実感した。

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神田で長年お店を営むご夫婦の目には、今の神田はどのように映るのだろう。

義昭さん:景色は昔とだいぶ変わったね。

バブルの時は不動産屋さんから、ここのお店を建て替えないかってたくさん電話がかかってきたんだよ。

でも、絶対にお店を辞めようとは思わなかったんだ。
洋子さん:私たちと同じ年齢の人はみんな仕事を辞めちゃってるし、お豆腐屋さんも少なくなってきてるんだけどね。

だからこそ続けようと思うんだ。

神田では背の高いマンションやビルが多く建設されている。
そんな時代であっても、昔から続く歴史をつないでくださる方々がいる。

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新しいものが良くて、昔のものが悪いというわけではない。
逆も然りである。

でも、昔から続いているものには、必ずその歴史が物語る「何か」が必ずある。

だからこそ、昔から続くものへ敬意を払い、新しいものを取り入れることが大切なのだろう。

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神田で生まれ育つ義昭さんに、神田の好きなところを聴いてみた。

すると少し考えて「人情かな」とおっしゃった。

私たちが越後屋さんに到着した朝8時から、越後屋さんとお客さんとのやりとりや、お二人が他の人を思いやる気持ちを聴いていると、越後屋さんは神田の「人情」を表しているような気がする。

稲荷湯でも義昭さんの心意気は感じられる。

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ある夜、春から東京の音楽の専門学校に通うため、大阪から東京へ物件を探しにきた大学生が、夜行バスで帰る前に稲荷湯へ来た。

彼は、就職が決まっていたにも関わらず、音楽をやってみたい、という自分の気持ちに正直になり、音楽の専門学校への進学を決めた。だが、彼は音楽未経験で、親からは専門学校へ行くことには反対されているらしい。彼自身、決断したはいいものの将来が全く見えず、不安だと言う。

まもるも三代目に(仮)がつくことからわかるように、将来については絶賛悩み中である。そんな奴に、彼の将来の悩み相談の相手が務まるものか、と思っていたところに、お風呂上がりの義昭さんがやってきた。

大学生の彼の事情は露知らず。義昭さんは越後屋さんの紹介(営業)をちゃんとした後に、彼が音楽の専門学校へ行くことを知ると、2人は音楽の話で盛り上がっていた。

そして義昭さんは帰り際、

義昭さん:今度東京に来たときは、うち(越後屋)で君の音楽を聴かせてね。

と彼に伝え、稲荷湯を後にした。

義昭さんが帰った後、

将来に悩む大学生:東京ってみんな冷たいのかなってイメージがあったんですけど、さっきの人(義昭さん)はとても温かい方でしたね。あの人と出会えてよかったです。

という言葉を残し、彼は大阪への帰路に就いた。

まもるは稲荷湯のフロントにいながら、神田の人の心意気を義昭さんに教えてもらっていますよ。

この話を義昭さんにしたら、別の人と勘違いしていたことは言うまでもないが、あの時のやりとりは彼とまもるの心にはずっと残っている、はずである。


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取材当日は、義昭さんの78回目の誕生日だった。
そこで最後に、健康で働き続ける秘訣をお二人に伺った。

洋子さんは義昭さんと顔を見合わせて笑いながら

洋子さん:くよくよしないことと、ストレスを溜めないことかな。

とおっしゃった。

どんな時でも越後屋さんは、お孫さんの成長を励みに、朝早くからおいしいお豆腐を私たちに届けてくださる。

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長く元気に働くためには、身体の健康はもちろん、心の健康も必要ということだろう。

越後屋さんへ行くと、お豆腐からは体へ、そしてご夫婦からは心への栄養がもらえる気がした湯の輪らぼ一同であった。

さて、今日は豆乳を買いに行こうかな。

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