『トランスジェンダー入門』 を読んだ

『クィア・アクティビズム』 (「『クィア・アクティビズム』 を読んだ」 参照)、『LGBT を読みとく』 (「『LGBT を読みとく ― クィア・スタディーズ入門』 を読んだ」 参照) に続き、『トランスジェンダー入門』 を読んだ。

トランスジェンダーについてまとまっているという点で一定の価値はありつつ、鵜呑みにせず批判的に読む必要がある書籍だと感じた。

どんな本か

タイトルからわかるとおり、セクシャルマイノリティの中でもトランスジェンダーに焦点があてられた書籍である。 本書の 「はじめに」 には、以下のように書かれている。

「トランスジェンダーについて知りたい」
そんなあなたに向けた最初の 1 冊として、本書は書かれました。

『トランスジェンダー入門』

トランスジェンダーとはどのような人たちなのか。 性別を 「変える」 とは、いったいどのようなことなのか。 トランスジェンダーの人たちはどのような差別に苦しんでいるのか。 日本で戸籍の性別を変えるためにはどんなルールがあるのか。 フェミニズムとトランスジェンダーはどのように関わっているのか。 こういった基本的な知識を、この 1 冊にまとめました。

『トランスジェンダー入門』

「トランスジェンダーの定義」 などの基本的な説明が書かれた 1 章から始まるので、トランスジェンダーや LGBT について全く知らないという人も安心して読み始めることができる。

2 章では、性別移行について、精神的な (性別) 移行、社会的な性別移行、医学的な性別移行について説明される。

3 章では、様々な場でのトランス差別について語られる。 また、差別は制度的・構造的なものであると語られる。 そのような制度的差別の代表として、4 章では医療について、5 章では法律について語られる。

最後に 6 章では、フェミニズムと男性学との関連について説明される。

以上が、大まかな本書の流れである。

感想等

全体的な感想として、良い部分と悪い部分がある書籍だなと感じた。

トランスジェンダーの全体感をなんとなく理解することができるし、個別具体的な事例がいろいろ書かれていて、トランスジェンダーの方が直面する問題や制度的な問題を解像度高く知ることができる、という点では一定の価値はありそう。

一方で、トランスジェンダーの中の多様な在り方があまり読み取れない点や、本質的な部分がすぱっと抜け落ちている点、独善的な主張があり、社会の在り方の考察をせずに一方的に主張しているように見受けられる部分がある点は非常に気になる点であった。

以下、気になりどころを (読んでいた当時のツイートも貼りながら) もう少し詳しく書いていく。

トランスジェンダーの多様な在り方を読み取りづらい

本書を読んでいると、トランスジェンダーの在り方が画一的なように語られているように感じる部分があった。 具体的には例えばノンバイナリーの方による指摘がなされている (「『トランスジェンダー入門』に関して気になったことなど – sykality」 参照)。

他に具体的な例を挙げると、トランスセクシュアルという概念について説明がない (「トランスセクシュアル」 という言葉が出てこない)。 『クィア・アクティビズム』 や 『LGBT を読みとく』 には説明があったのだが、トランスジェンダー当事者としてはそこの区別はしない方向なのだろうか。 もちろん本書の中で 「割り当てられた性別を何らかの手段で変えていく人がたくさんいます」 という風な説明はあり、語られていないわけではないのだが、「医学的な移行をする人もしない人もいる」 というような多様な在り方があるということを、読み手としては読み取りづらいと感じる部分であった。

「性別」 や 「ジェンダーアイデンティティ」 といった本質的な部分が不足している

本質的な部分がスパッと抜け落ちているというのは、「性別」 や 「ジェンダーアイデンティティ」 といった概念についての説明や議論が不足しており、法的な性別の移行 (性別承認) についての論理展開に納得感がない点である。

例えば 「身分証に性別が書かれているため、身分証の性別との不一致により本人であるか疑われる問題に遭遇したり、アウティングの危険にさらされる」 ことが、性別承認法の必要性として語られている。 が、議論としては 「そもそも身分証に性別が書かれている必要があるのか」 といったことも検討する必要があるはずで、「だから性別承認法が必要」 というのは短絡的であると感じる。 (一応本書では戸籍制度を無くして出生時に性別を記載する必要をなくす、といったことにも言及はされている。)

また、本人のジェンダーアイデンティティに基づいて性別を選択すること (人権モデルに基づくセルフ ID 制) を採用すべきとの主張もあるが、その妥当性についても特に語られない。

自分としてはこういった 「性別」 や 「ジェンダーアイデンティティ」 といった概念にまつわるあれこれが本質的な部分だと思うのだが、そういう本質的な部分についての記述は (自分が期待したよりも) 少なく、不足していると感じた。

独善的と感じる部分があった

独善的だと感じたひとつの例は、上記の 「セルフ ID 制を採用すべき」 という点である。 現行の特例法に基づく性別変更の要件が人権観点で問題があるものであることは十分に理解できるが、だからといってセルフ ID 制を採用すべきとするのは飛躍がある。

また、「トランス女性がスポーツに参加することの公平性」 について、「架空の混乱」 と断じている点も独善的だと感じた。 もちろん、そのような問題よりも優先すべきことがあるという点には賛同するが、とはいえ実際に世界で議論が起こっている問題であり、「架空の混乱」 と言ってしまうのは現実を見ていないように思う。

例えば 「公平性に懸念…トランス女性の女子競技参加をどうするべきか 全米に議論広がる - NewSphere」 というような記事がある。 (それとも筆者らはこのような動きは 「混乱」 ではない、という立場なのだろうか。)

これらの例のように、社会全体の在り方を考慮せず、トランスジェンダーの生きづらさを局所的にでも解決することしか考えていないように感じられる部分があった点が、独善的だと感じた部分である。

おわり

という感じで、気になりどころはありつつ、トランスジェンダーについて一冊にまとまった書籍という点で一定の価値はあると思う。 特に、トランスジェンダーの方が直面する困難を知るという点で有用であろう。

ただ、気になる箇所が色々あり、それらがトランスジェンダーを理解する上で致命的だと感じるので、全てを鵜呑みにするのではなく、批判的に読む必要があると思う。 自分としては 「性別」 や 「ジェンダーアイデンティティ」 についての込み入った議論を期待していたので、その点でも期待外れではあった。


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