見出し画像

一人前の蕾たち2 ~サック~

 彼について何も知らないといくら言っても、女子たちは信じてくれなかった。あまりにも信じてくれないので女子たちの期待通り『彼とは親友で、いつも電話で話している。好みのタイプはきれいで物静かな人。噂話で盛り上がる女の子が一番嫌いだって』と言おうとしたがやめた。自分の好きなタイプ、嫌いなタイプを自分からバラしそうになったのと、嘘がバレ、ここにいる女子たちに噂されたら。想像しただけでも恐ろしい。

「僕を誰かと勘違いしたんじゃない」
これで諦めてくれという思いで言ってみた。これが意外と功を奏した。
「そうね。あなたから誘うならともかく、誘われることはないよね」
と何だか小馬鹿にされた形で尋問が終わった。やれやれ。
 
 口からでまかせだったが、勘違いしたって理由は自分でも納得できた。その頃の僕は目立たず友達も少なかった。学校の課題はソツなくこなし、先生に怒られることもなかった。勉強も運動もすべてにおいて中の中。できるだけ目立ちたくなかった。友達と遊ぶより一人でいる方が楽だった。小1から鍵っ子だったので、一人で時間を楽しむ方法を身につけていた。

 そんな僕だから、サッカー部に入るのも当然誰にも言っていない。

 うん。誰かと間違えたのだろう。

 興奮のさめない女子たちがまだ彼のことを話していた。「ここだけの話だけど・・・」あんな大きな声なのに、ここだけの話って。真剣だか冗談だかわからない。
 聞こえてきた内容をまとめると、彼は東京から引っ越してきた。爽やかで明るく、頭もいい。足も速くスポーツ万能。また、入学してからの1週間で少なくとも4人から告白をされた。何でそんなこと知っているんだという疑問はさておき、彼について何となくわかった。自分には関係ないからどうでもいいけど。

「部活行こうぜ」
授業も終わり、彼が迎えに来た。女子の目は一瞬でハートになった。僕は誰も目にも入っていない。透明な存在ってこういう事かと奇妙な納得があった。
「誰かと間違えてるんじゃない」
「間違えていないよ。だって君、サッカー部に入るんだろ」
「まあ、入るけど」
「それならいいじゃん。行こうぜ」
完全に彼のペースだ。やれやれ。

 練習中に彼とは一切話さなかった。いや、話せなかった。彼はとにかく目立つのだ。同級生、先輩、顧問みんなから声をかけられていた。僕と話す時間は全くない。まあ、変な気を遣うことなく練習に集中できたので結果的にはよかった。
 練習も終わりに近づいたとき、顧問が1年の実力がみたいとの意向で、1年対2.3年で紅白戦をやった。彼は評判通りスポーツ万能だった。サッカーの技術もすごいのだが、もっとすごいのは彼の存在感だ。ボールを持っただけで何かやりそうな雰囲気がある。彼がボールを持つと2.3年に緊張が走る。彼の何気ないパスから攻撃が始まり、先輩の守備は徐々に崩され、最後は得点される。彼は完全にゲームを支配していた。

 練習も終わり、さっさと帰ろうとすると、彼が「一緒に帰ろうぜ」と声をかけていた。ワイワイしていた部室の空気が一瞬固まり、部員全員が僕に注目した。『何で一緒に帰るのがお前なの』という心の声が聞こえた気がした。
 そんな空気はお構いなしに彼は「お先に失礼します。明日もよろしくお願いします」と中1とは思えない礼儀正しい挨拶をして部室を出て行った。僕もペコっと会釈をして部室を後にした。

 帰り道、彼は特に話しかけてこなかった。2人でただ歩いているだけだった。てくてく。てくてく。15分くらいたったくらいだろうか。

「なあ、タク。何で話しかけてこないんだ」
びっくりした。
「何で僕の名前を」
「入部届に書いていただろ。湯浅拓也って。まさか。俺の名前は知ってるよな」
「知らない」
「はははっ。すげー笑える。じゃあタクは名前も知らない奴と一緒に帰っているの。」
ふざけるな。僕は一人で帰ろうとしたのを強引に誘ったのはお前だろっ。
「まあ、いいや。俺の名前は坂井貴明。前の学校ではサックと呼ばれていたからサックと呼んで。お前のことはタクって呼ぶからな。」
僕はタクと呼んでほしくはなかったが、すでに呼ばれているし、断るのも面倒なので黙っていた。またペースに乗せられた。やれやれ。
「話を戻すけど、タクは何で俺に話しかけてこないんだ。今までこんなことってなかったからな。自慢じゃないけど初対面の時はみんな俺に質問してくるからな。」
十分自慢だろ。なぜ僕がサッカー部に入るのをわかっていたのか、なぜ僕を誘ったのかなど、聞きたいことはたくさんあったが、部員以上の付き合いをするつもりもなかったから聞かなかった。ただそれだけだ。
「坂井君を知りたいって思わなかったから」
さっき笑われたからか、信じられないくらい冷たい言い方をしてしまった。
「サックと呼べと言ってるだろ。・・・そうか。知りたくないか」
そう言ったら、サックは黙ってしまった。会話をする前の違い、かなり気まずかった。てくてく。てくてく。

「俺こっちだから。また明日な。タクとは『いい友達になれそう』だよ」
そう言ってサックは足早に駆けていった。

22時18分。サックはまだ来ない。予想はしていたが大分待つことになりそうだ。やれやれ。バーテンダーに2杯目とナッツを注文した。

(つづく)

前回の話はこちら

Twitterもやっています。
フォローして頂けたら、しっぽを振ってなつきます。
https://twitter.com/yunahohajun



この記事が参加している募集

スキしてみて

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?