まじない

あなたは、人と結ばれるには何が必要だと思う?僕はね、だれかと一つになることだと思う!!だってね、そうすればみんないつでもどこでもいっしょにいれるから!!
あ、それとね、これからあるおまじないのお話をするね!!そのおまじないっていうのは手作りのぬいぐるみに自分の一部を詰め、好きな人に贈ると結ばれるっていうもの!!実際、そのおまじないを試してみて片思いしてた人と仲良くなれた、ということがあったらしいんだ!!ただ気を付けなくてはいけないこともいくつかあって、ざっくり分けて二つあるんだ。一つは一度このおまじないを使ったものは二度と同じおまじないをしてはいけない。もう一つはね、おまじないのぬいぐるみを二つ持っちゃいけない!!もしそれを破っちゃうと―

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「これ、よかったら受け取ってください!!」
今、自分の目の前にいるのは黒髪ショートの、少し地味目な同年代の女学生。手には小さな薄い桃色をしたかわいらしい封筒とこれまた白い袋と桃色のリボンでかわいらしく包装された手のひらサイズのプレゼントだった。なぜ自分なのだろうかと思ったが、ともかく断る理由もないので受け取っておく。
「ありがとう」
一応の礼を述べると女学生は耳まで真っ赤になりながら走ってどこかへと去っていった。その後姿を見届け、プレゼントを受け取った男子生徒は手元に残った封筒と受け取ったプレゼントを開ける。中に入ってたのは少し不格好な黒猫のぬいぐるみだった。縫い目はバラバラで目を模してるボタンの位置も多少バランスが崩れている。見るからに手作りのぬいぐるみ。それでも捨てるのは失礼だから、と思いそっとポケットに突っ込んで持ち帰った。
「ただいまー…げ」
「おじゃましてまーす」
家に帰るとオカルト好きな幼馴染がいた。赤い髪をオールバックにし、十字のピアスを耳に着けたそいつはニヨニヨと笑いながらこちらに手を振ってくる。そんな幼馴染の様子に顔をしかめながら男子生徒は幼馴染が居座る自室へと入った。
「なんでいんの」
「え?だって今日詳しく見してくれるんだろ?」
「何をだよ」
「ほら、学校ではやってるおまじないの、それの疑いがあるぬいぐるみ」
「…あー…」
そこまで聞いて思い出した。そうだ、確か先日幼馴染と一緒に下校しようとし、スニーカーを取ろうと下駄箱を開け、その中に同じようにぬいぐるみが入っていたことがあった。茶色い毛並みのネズミのような(ような、というのはどうやらネズミとは別の動物らしいからだ)動物を模した小さなぬいぐるみ。とても丁寧に作りこまれたそれをみたこの頑固な幼馴染は最近話題のおまじないが絡んでそう、といって半ば無理やりこの約束を取り付けられたのだ。それを思い出して男子生徒はポケットに突っ込んでいた黒猫のぬいぐるみをテーブルに置くと昨日タンスに無造作に突っ込んだネズミのようなぬいぐるみも引っ張り出す。
「あれ?またもらったん?」
「別に断る理由もなかったからな」
先ほど取り出したぬいぐるみを黒猫のぬいぐるみの横に置きながら幼馴染のと向かい合うように腰掛ける。幼馴染はというと何とも言えぬ表情のままこちらを見ていた。
「どうした?」
「ちょっと、いやだいぶやばいって」
そんな幼馴染の様子に疑念を抱き男子生徒がたずねる。すると幼馴染は眉間によったしわをさらに増やし、口を開いた。
「そっか、俺みたいなマニアじゃないから知らないよなぁ」
「あのおまじないになんかあんの?」
「実はあのおまじない、約束事があるんだ」
「約束事?」
「そう、『一度このおまじないをしたら二度としてはいけない』っていうのと『同じおまじないがかかってるぬいぐるみを二つ以上持ってはいけない』っていう約束事」
「ふーん、それで?」
男子生徒自体、おまじないや呪いなど、そういったオカルト的なものを信じない主義なだけあってまるで気にしていない、といった反応をする。それに幼馴染は驚かないでね、と一言発すると言葉をつづけた。
「問題なのはそのルールを破った後で、もし破ってしまった場合は幽霊にされるって話」
「はぁ?」
思わず情けない声が出てしまう。こういったおまじないで実によくある代償だったからだ。それにあまりにも理不尽すぎる。二つ目の約束事なんて本人の知らぬところでおまじないのかかったぬいぐるみを渡されたらアウトではないか。現に自分は同じ状況になってしまっている。これはおまじないをかけるほうもかけられたほうも回避することは難しいだろう。
「でも所詮いつも通りの噂話だろ?」
「それがね、結構噂話って怖いものなんだよ。それにありきたりだけどこういうty譚とした設定が決められてるものっていうのはね、自然と名前のない悪霊とかが本物にしちゃうんだ。」
彼らはいつだって成り代われるものを探しているのだから。そういって幼馴染はぬいぐるみを手に取る。普段は紫水晶のような瞳が窓から差し込む夕日もあいまって妖しく、朱く色づいている。それらの妖しさも相まってか頬はうっすらと笑みを浮かべているように見えた。
「…そのおまじないって何か無効化できるものはないのか?」
「うーん…ごめん、僕もそこまではわからないや…」
どこかそんな幼馴染に違和感を感じながらもそこまで来るとちゃんとそういったものもあるのではないかと思い訪ねてみる。するとひどくしょんぼりとした様子で答えが返ってきた。そんな幼馴染を見て男子生徒は少しうつむいて答える。
「そう…か…?」
一言、たった短い一言を発する、その一瞬だった。違和感が形となって胸の内に引っかかる。こいつはこんな話し方だったろうか、こんなにどこか物腰やわらかい話し方だったろうか―そもそも、自分のことを僕、というような奴だっただろうか。
「…なあ」
「どうしたの?」
「お前、誰だ?」
一つ、たった一つの違和感だったが形を持ってしまえば口に出さずにはいられなかった。ゆるり、幼馴染を見る。幼馴染はこてんとそれはそれはあざとく首を傾げ、笑みを浮かべていた。
「誰って、君の幼馴染だよ?」
「…違う」
やっぱりそうだ、普段のあいつの反応じゃない。あいつは冗談でもこんなことを言おうものなら喧嘩腰で食いついてくる。俺の名前は○○だ!!とか耳をつんざくような大声で叫ぶ。こんな柔らかい話し方なんてするはずがない。疑念が徐々に形を変えていく。
「なあ、あいつはどこだ、お前は誰なんだ」
「…だから言ってるじゃない、僕は君の幼馴染だって」
違う、そうだ、あの時一番に感じた違和感。その原因はこれだ。あいつは間違っても自分のことを『僕』だなんて言わない。昔、一人称が変わったときに訳を訊いたら「よわっちくみられるから、一生使わない」と宣言していたのだ。今の今まで当たり前になりすぎて忘れていた。そこまで来て疑念は確信へと完全に姿を変えた。
「お前は、あいつじゃない、なあ、知ってるか?あいつは自分のことを僕って言わねえんだ。」
「…ふふ、ばれちゃった☆」
目の前の幼馴染の姿をしたなにかは男子生徒の言葉をきき、無邪気に笑う。その口から発された声はまるで様々な声が混ざっているように聞こえる。男性、女性、大人、子供、様々な声が入り乱れ、ノイズのようだ。
「あいつをどこにやった」
「ふふ、知りたい?」
当たり前だろ、と思いながら目の前に対峙する何かをにらみつける。何かはというとまるで愉快だと言わんばかりに笑みを浮かべながら立ち上がりこちらへと近づいてきた。
「…っ!!」
思わず自身もたって後ずさる。しかし個人で持つような狭い部屋だ。距離はあっという間に詰められ壁際へと追い込まれた。
「大丈夫、君もすぐあの子のところに連れてってあげる」
「それって、どういう…!?」
だがその言葉を言い終わる前に目の前の何かが真っ赤な手を男子生徒の首にかけた。夕焼けのせいで赤かったと思った瞳は、まるで真っ赤な三日月のように細められている。
「ふふ、君もこれで一緒…あの子たちもいっしょ…!!」
「ぐ…が…!!」
首をつかんでる手に力を籠められ呼吸ができなくなる。苦しくて息ができないまま少しだけ目を開くとこの何かが持ってきたであろう幼馴染のカバンの中に入ってるぬいぐるみが見えた。黒く変色した綿がのぞく白い蟹のぬいぐるみとハロウィンなどでよく見るゴーストを模した、黒い糸のようなものがはみ出てるぬいぐるみ。
(あいつ…!!)
なんでいつも重要なとこで気が抜けんだ!!とここにはいない幼馴染に怒りを向ける。強そうに見せようと尖る反面、あいつはいつも荷物にろくでもないものを隠されていた。これはおそらくこのぬいぐるみたちはおまじないを知ってたやつが面白半分で入れたものだろう。
(あのバカ野郎…!!だからいつも気をつけろっていってんだよ…?)
ギリギリ、首が締め上げられ意識がもうろうとする中で悪態をつく。何かは既に人の形を保ってはいなかった。どろどろに、それこそ漫画などで見るホムンクルスのような見た目をしている。そしてその中で男子生徒は見覚えのあるものを見つけた。赤い頭、それに絡むようにしてついてる十字架のピアス。
(そういえば…)
このおまじない自体、縁結びのものだった。縁は人とのつながりだ。いつぞや幼馴染が言っていた。人体の一部を使うおまじないとは黒魔術の一種であり、まじないではなく呪いであると。
(それに、人と深くつながるには一つになるしかない…だったか…)
何かに対し抵抗することもなく、幼馴染であったであろう箇所を見つめながらどこかの文章で見たその一文を思い浮かべ男子生徒は意識を手放した。
「これで、この子もいっしょ…!!」
さみしがりな悪霊は日が沈んだ暗闇の中でひっそりと笑みを浮かべた。

――――――

「まったくさ、これ数年前にも注意した案件なんだけどなぁ…」
そんなことを考えながら、白髪の男はごちる。目の前にある本に書かれたとあるぬいぐるみの呪いと、その被害者の名前。カスム、と書かれたその名前にどこか親近感を覚えながら男はミスがないかを確認する。
「…よし、それにしてもこりねぇなぁ…『人間』って…」
たとえそれらが悪魔であるとわかっていてもすがりたがる人間の姿に男はあきれながらため息をこぼすと、目の前の本を閉じた。
おまじない。小さいころに遊び半分でよく試すそれ。しかし漢字で書くとお呪いとなる。人体の一部を使う、黒魔術的な面があるそれは幼い好奇心や願掛けのために軽々しく使っていいものではない。それ相応の覚悟でやらねば、気づかぬうちに他者を呪ってしまうことになる。そして呪いは必ず自分に返ってくる。人の感情がこもったものというものは実に厄介なものなのだ。


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