ハロウィン

ハロウィンの夜、人ならざるものが紛れ込む夜と噂の夜。人はみんなその人ならざる者にいたずらされないようにと仲間だと思わせるために仮装し、菓子を持ち歩く。しかし、こんなうわさがいつからか流れ出した。ハロウィンの夜に仮装して外に出歩くのは紛れ込んだ人ならざるものに連れていかれないようにするため。ハロウィンの夜に仮装しないで外に出歩けば人ならざるものに地獄に連れていかれ、二度と帰れない。そんな噂。少年がその噂を聞いたとき、それは誰かが面白半分で流したものだろうな、と思った。そもそも少年はそういったものを全く信じていない。親友がかなりの怖がりで、幽霊などのいもしない存在の噂を信じ込んで何を怖がっているんだか、と思ったのも記憶に新しい。だからあの日、弟の付き添いに町を練り歩いた時もその噂を真に受けず、尚且つめんどくさいからと仮装をしなかったのが間違いだったのだろう。
―――――
「とりっくおあ、とりーと!!」
「こんばんは、おじさん」
悪魔の角を模したカチューシャを身に着け、黒いマントと尻尾を付けた弟の後ろで少年はインターホン越しに尋ねた家の主に挨拶をした。近所のおじさん。肩あたりまである白髪がトレードマークのその人は夏になれば神社でやっている祭りで飴細工を売っている。赤い金魚にかわいらしいウサギ、中には今にも走り出しそうなほど精巧な馬を作っていたこともあった。
「こんばんは、かわいい悪魔だな」
「えへへ」
おじさんは少年の弟の頭をポンポンとなでながらいたずらされちゃたまんねぇな、と言って家の奥から飴細工を数本とかわいらしくラッピングされた小さなタルトを弟が持っていたジャック・オ・ランタンを模したバスケットに入れる。飴細工はどうやらハロウィン仕様らしく、淡い水色に色付けされた髑髏や小さなかわいらしいとんがり帽子をかぶった黒猫、舌の出したちっちゃなお化けなどを模しているようだった。
「そっちのタルトは俺の嫁からだ」
パンプキンタルトだそうだ、そういっておじさんはもう1セット飴細工とタルトを取り出し、少年に差し出す。
「ほら、お前さんも」
「いや、俺は…」
「いいからもってけって、な?」
ただの弟の付き添いだ、と続くはずだった言葉はおじさんの言葉とともに遮られた。少し戸惑いながら受け取ってありがとうございます、とお礼を言えばおじさんは満足そうに少年の頭を撫でた。
「おじさん!!ばいばーい!!」
「ありがとうございました」
「おう!!気をつけてな!!」
快活に笑い、手を振るおじさんを背に少年とその弟はその家を後にし、次の目的地へと向かう。その途中で弟と同じようにかわいらしい仮装をした小さな子供たちがお菓子でいっぱいになったバスケットを大事そうに抱え、通り過ぎて行く。天使の仮装をしている黒髪の少女、龍の角を模したカチューシャと羽織を羽織った茶髪の少年。よくよくあたりを見てみると仮装しているのは子供だけではなく、大人も各々の思う仮装をしていた。血濡れた看護師の格好をしている女性、包帯を全身に巻いてる人、豪華な指輪や装飾のついた海賊服を身に着けている人もいる。そんな中、少年はヴァンパイアの仮装をしてる人物を見つけた。その人物には心当たりがある。あまり顔を合わせたくなくてさっさとこの場を離れようと弟に声をかけようとした時だった。
「あ!!にーにのおともだち!!」
「あ、おい!?」
「ん?ああ、あいつの...」
弟は気がついたと同時にその人物に向かって走っていってしまう。それにああもうめんどくさい、と少年はぼやきながら弟の後を追った。
「よう」
「やっぱりお前も来てたんだな…あれ?仮装してないの?」
ヴァンパイアの格好をしてる人物…少年の親友に短く挨拶をする。親友はというとかけてきた少年の弟の頭をふわふわとなでながら少年へと視線を向けて挨拶を返すと同時にに疑問を少年にぶつけてきた。
「ああ、めんどくさかったからな」
少年は親友の疑問にそっけなく答える。それに親友はというとマジか、といった表情で少年をまじまじと見る。
「せっかくのハロウィンなのにもったいねー…それにその様子だとあのうわさも知らないだろ?」
「噂…?ああ、あのハロウィンの夜に仮装してないと連れてかれる、とかいうのか」
「マジか…」
知ってんのに仮装してないのかよ…と親友はますますあり得ないといった様子で大げさにため息をついて見せた。それに少年は失礼な、といった表情でお前と違って俺はそういうオカルトは信じてないからな。と返せば少年の弟にもお兄さん、お化け信じてるの?と純粋な疑問をぶつけられてしまい、親友は気恥ずかしくなってしまったように顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。
「まあ、別に誰が何を信じていようとどうでもいいんだけど」
「え」
少年の言葉に親友がピシっと石のように固まり、その様子を少年の弟が不思議そうな表情をして眺めている。そしてそんな親友の様子を見つつも少年は言葉をつづけた。
「心配しなくても地獄に連れてかれるなんてただの噂だろ?心配するだけ損だぞ」
「そ、そうか…?」
「そうなんだよ、別にそれで人がいなくなったわけじゃないんだから気にしなくてもいいだろ」
「な、なるほど…?」
親友はというと少年の言葉を理解しているのかいないのか、腕を組んでぐぬぬ、とうなりながら悩んでいるようだ。まあいいや、と思いながら弟にはやくいつもお世話になってる神主さんのところへ行こうと促せば弟はぱぁ、とまぶしいくらいの笑顔を見せて元気よくうなずいた。そんな弟の様子に少年も目的地に行くために親友に別れの挨拶を述べようと顔を上げた時だった。
「…」
じっ、と小さな男の子がこちらを見つめている。年は弟と同じ五、六歳ほどだろうか、真っ白い着物を身に着けている様子から幽霊の仮装をしているのかもしれない。なんともまあ渋い仮装をしているな、と思いつつ男の子の周りを見てみれば誰もが楽しそうに談笑し、男の子の横を通り過ぎていく。男の子を気にかけている様子の人物は全くと言っていいほど見当たらなかった。
「なあ」
「ん?」
「あっちに幽霊の仮装した迷子がいるっぽいからちょっとこいつ頼むわ」
「え?ちょ、おい!?」
親友に弟を半ば押し付けるように任せて少年は男の子のもとにかけていく。親友は慌てて少年を止めようとするが、すでに少年の姿は人ごみに紛れて見えなくなってしまった。少年の弟はというと何が起こったのかわからないといった様子でぽかん、と兄がかけていった方向と親友の顔とを交互に見ていた。
「にーにのおともだち、まいごのこ、いた?」
「いや…?」
少年の弟はこてん、とかわいらしく小首をかしげて親友に問う。親友も首をかしげながら否定の言葉を発し、その後の少年の不可解な行動を思いうかべた。あいつは何を言っているんだ?迷子?まさか、そんなはずはない。なぜならば―

「なあ、君、迷子か?」
「…」
先ほど見かけた男の子に駆け寄って声をかけてみれば男の子は緊張している様子で小さく、こくりとうなずいた。そんな男の子を見て少年はやっぱりかぁ…とガシガシと頭を掻き、お父さんとお母さんはいるのか、と聞いてみれば首を横に振られ、なら友達は?と聞いてもみんなつまんない、って帰っちゃった、と返ってくる。それにそっかぁ、と返してさてどうしたものかと悩んでいると男の子の視線が少年が来ていたパーカーのポケットに注がれているのに気が付いた。
「ん?ああ、お菓子が欲しいのか」
ほら、と先ほどおじさんからもらった弟とおそろいの飴細工を一つ差し出す。男の子は差し出された飴細工におずおずと手を伸ばして受け取ると、ありがとう、と小さくつぶやいた。
「どういたしまして」
さて、これからどうするべきか。両親は今いない、友達は先に帰ってしまっているらしい、ならば無難に近くの交番に連れて行ったほうがいいかもしれない。そう考えていると不意に服の裾を引っ張られた。
「どうした?」
そういって少年が男の子を見やる。男の子はじっ、と少年のことを見つめた後、蚊の鳴くような小さな声でつぶやいた。
「…ちょうだい」
「ああ、もう一つ欲しいのか?ちょっとまっててな」
男の子の言葉を聞いて少年はもう一つ飴細工を取り出そうとポケットを探しす。しかし、男の子は首を横に振って否定した。
「違うのか?じゃあ何が欲しいんだ?」
少年がそう尋ねれば、男の子は今まで下がったままだった口角を三日月のように上げて少年に手を伸ばす。
「おにいさん」
「え?」
のばされた手が少年の腕をがっしりとつかんだ。そしてそのまま思いっきり引っ張られ、人込みとは正反対の方向に連れてかれる。少年は何が起こっているのかわからないまま、ただぼんやりと男の子に手を引かれて夜の闇の中に消えていった。

―――――

残暑がまだ厳しい九月。一人の青年がある墓の前で手を合わせていた。周りの墓に比べて新しいそれに刻まれた苗字は青年と同じものであり、その下で眠っているのは大分前にこの世からいなくなってしまった、大好きだった兄。
「…」
兄が亡くなってから、もう十数年がたつ。あれから自分も義務教育の過程を終了し、高校に入学した。そして先日、ちょうど高校生最後の夏休みが終了した。黙とうをささげ、目を開けて墓を見ていると突然声がかけられる。
「よ」
少し驚いて声がしたほうへと振り向くとそこには兄と親しかった男性が花束を抱え、ネクタイを緩めながらこちらに向かって片手をあげて挨拶をしていた。
「こんにちは」
そう挨拶すれば男性も挨拶を返す。そして持ってきた花束を墓の前に置いてある花瓶に生けると手を合わせてゆっくりと黙とうした。
「…そういえばさ」
「?」
男性が黙とうを終えて青年に話しかけられ、青年は不思議そうな顔をして小首をかしげる。男性はそんな青年の様子を気にするでもなく言葉をつづけた。
「あいつがいなくなった日、あったろ?」
「…十三年くらい前のハロウィン、でしたよね」
「ああ、あの時、さ」
あいつ、不思議なこと言ってたよな。男性の言葉に青年は当時の兄の様子を思い出していた。兄と一緒に近所のおじさんの家に向かい、そこでお菓子をもらった。どういったお菓子をもらったかまでははっきりと思い出せないが、手作りのものだったのは覚えてる。そしてその後、目の前の男性―当時は今の青年より少し幼いくらいだった―に会い、兄と男性が何かを話していた。自分はというと、周りの仮装してる人達を眺めていた。怖い仮装、面白い仮装、様々な仮装をした人がいて、来年のハロウィンはどんな仮装をしようか、と悩んだのをぼんやりと覚えてる。だからこそ、兄があの時あんなことを言ったのがわからなかった。
「幽霊の仮装をしている男の子なんて、どこにもいなかったのに」
「…ああ、そうだな」
あの時兄と離れてから、いつまでたっても戻らない兄の代わりに男性が青年の家へと送ってくれたのだ。そして一晩たっても兄は戻ってこなかった。ようやっと戻ってきたのは一週間後、薄暗い部屋で冷たくなって兄は返ってきた。
「あの時、あいつは噂なんて心配するほどじゃないなんて言ってたけど、もしかしたら噂は本物だったのかもしれないな」
「噂、ですか?」
青年の言葉に男性はなんだ、知らなかったのか、と言って噂について説明してくれた。ハロウィンの夜に仮装をしないで出歩くと地獄に連れていかれてしまうという話。
「そんな噂が…でも、確かにその通りかもしれませんね」
あの時、周りを見ても仮装をしていなかったのは兄だけで、実際に体は返ってきても魂までは帰ってきていないわけで。
「噂も、まったく気にしないっていうのはよくないのかもしれないな」
「…」
男性の言葉に、青年は無言で返事をした。

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