(小説)二人の探偵
第一話(プロローグ)
「昨晩から東京都に住む佐々木海斗(ささきかいと)くん5才が行方不明となり捜索願いが出されています。これは最後に目撃された海斗くんの映像です。黒色のジーンズに赤色の長袖を着ています。目撃された方は警察署までご連絡をお願いします。繰り返します……」
朝から嫌なニュースだねえ。
俺はコーヒーの入ったカップを手にテレビの電源を消した。
こっちは毎日嫌な事件と向き合ってるんだ。
朝ぐらいハッピーなニュース流してくれよ。
おっと、もうこんな時間だ。
黒のスーツに着替えて家を出る。
人を隠すなら人の中。
俺はどこにでもいるサラリーマン姿で人混みに紛れた。
第二話(一日目)
「海斗がいないとわたし、わたし……」
目の前には泣き崩れる女性。
名前は佐々木幸恵(ささきゆきえ)。
年齢は35歳。
化粧っ気はなく、腰まである髪はボサボサ。
目の下には大きなクマがある。
既婚で息子の海斗くんがいる。
その海斗くんが昨日から家に帰らず行方不明になっており、我が探偵事務所に相談に来たという訳だ。
「警察はもう動いているんですよね?」
「……はい。ですが、最近子供の行方不明事件が増えています。それもまだ誰一人見つかっていません。またあの子に会えるならどんな手でも使いたいんです」
「そうですか。分かりました。では詳細が分かり次第ご連絡しますので名刺をお渡ししておきます」
「田中健二(たなかけんじ)さん」
「はい。この探偵事務所の所長です」
-------❁ ❁ ❁-------
「簡単に依頼受けましたけど大丈夫なんですか?」
「もちろん。受けたからには全力で調査する。それが我が探偵所のモットーだからな」
「そんなこと言っても、うち今まで浮気調査しかした事ないじゃないですか。どうなっても知りませんよ?」
「大丈夫。今回は橋本さんにも手伝ってもらうつもりだから」
「え、私ただの事務員ですよ。調査なんてしたことありませんから」
「プロの俺が教えてあげるよ」
「えー」
彼女の名前は橋本美紀(はしもとみき)。
27歳。
独身。
彼氏無し。
都内アパートで一人暮らし。
髪はセミロングの黒寄りの茶色。
一見地味なタイプだが、彼女の鋭さには目を見張るものがある。
先日の調査でも写真から浮気を見抜いたのは彼女だ。
ただの事務員にしておくのは惜しい。
「で、何から始めるんですか所長。警察もまだ解決していない事件なんですよ」
「あー、それだが。警視庁に俺の知り合いがいる。まずはそこから始める」
「急いでくださいね。誘拐は3日間がタイムリミットですよ」
「分かってるって」
そう言って俺はスーツのジャケットを手にした。
-------❁ ❁ ❁-------
「失礼ですがアポは取られていますか?」
俺は早速あいつのいる警視庁までやってきた。
「取ってない」
「ではお帰りください」
「まあまあ、そんな硬いこと言わずに、俺の名前出せば大丈夫だから」
怪訝な顔をする受付嬢に営業スマイルを向ける。
「1回だけですよ」
「ありがとう。感謝するよ」
受付嬢が受話器を手に俺の友人、池山剛(いけやまつよし)を呼び出す。
「ではお掛けになってお待ちください」
俺はロビーのソファーにどっしり座り込んだ。
何となく視線を上げるとテレビで海斗くんの報道が流れていた。
コメンテーターがある事ないこと言い合い、最後には心配していますと心のこもっていない言葉を全国民に投げかける。
いったいどれだけの日本国民がこのニュースに関心を持っているのだろうか。
日本の既婚率は年々減少しており、必然的に親になる国民も減っている。
少子高齢化が叫ばれる中、連続児童失踪事件に関心を持つ人間は確実に減っている。
犯人の目的は分からない。
児童失踪後、金の要求はなく親御さんへの連絡もない。
何が目的なんだ。
不思議なことに児童の遺体も見つからず、未だに全員行方不明の状態だ。
海斗くんを含めて6人。
どこにいるんだ。
「よ、健二。久しぶりだな」
俺の後ろから声が聞こえた。
振り向くとスーツ姿の俺の友人が立っていた。
名前は池山剛。
年齢35歳。
既婚で子供もいる。
現在は刑事としてこの事件を追いかけている。
特徴は天然パーマの髪と、優しげな顔。
「剛、お前変わらないな」
大袈裟に視線を頭にやる。
「そんなに茶化すなよ。それより俺に用事ってことは何かヤバいことに巻き込まれたのか?」
「探偵なんていう仕事をしているとどうしてもな。今回は連続児童失踪事件について聞きたくてここに来た」
「なんだって。お前もあの事件を追っているのか?」
「まあな、今朝依頼されたんだ。で、そっちではなにか掴んでるのか?」
「ここではあれだ。会議室空いてるから来るか?」
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剛に案内されて俺は警視庁内にある会議室に通された。
「盗聴器はないよな?」
「そんなに俺信頼ないか?」
「探偵なんてしてるとどうしてもな」
「まあいい。今回の事件の事だが、警察では重要参考人を見つけた。名前は片山洋二(かたやまようじ)。46歳。大学の教授をしている」
「片山は今どこに?」
「警察で事情聴取をしているところだ」
なるほど。もうそこまで掴んでいたか。
「で、何で片山が怪しいと思ったんだ?」
「やつはある組織に入っていてな、前からマークしていたんだ」
「なんの組織だ?」
「人類を進化させることを目的とした科学組織だ。どうやらその組織、数年前から子供に対して実験をしているらしい」
「それはあれか。不老不死を研究している例の組織か?」
「ああ、そうだ。片山はそこの実験員だ」
俺も聞いたことがある。
不老不死ウィルスを作り出し、人類を進化させようとしている組織があると。
だが、あれはただの噂だと思っていた。
まさか本当に実在していたとは。
「つまり、ストックしていた子供が足りなくなったから補充しているということか?」
「恐らくな」
この話が本当ならあってはならないことだ。
クソ。なんて奴らだ。
「片山は何か吐いたか?」
「不老不死ウィルスのことは吐いたが、実行犯は別のやつだと言っている。今のところこれ以上の進展は無い」
「そうか」
このままでは海斗くんが帰ってくる見込みは薄い。
もしかしたら既に実験に利用されている可能性さえある。
探偵として何か出来ることはないのか。
「警察でも組織に家宅捜査をしたい所だが、決定的証拠が無い今、そこまで動けないのが実情だ」
ここまできて見逃せというのか。
「警察が動けないなら俺が動く」
「なんだって」
「なんたって俺は探偵だからな」
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事務所に戻ってきた俺は、剛から聞いた組織について調べることにした。
組織名は光臨の創成(こうりんのそうせい)
5年前に出来た組織だ。
会員数は50名。
代表者の欄には日本を代表する有名なウィルス学者の名前が載っていた。
「橋本さんどう思う?」
「組織の事ですか? 私は完全に黒だと思います」
彼女がパソコンから目を離さずに言う。
「だよな。だが決定的な証拠が見つからない」
「所長らしくありませんね。いつもなら、直ぐに尾行だ! って言って飛び出していくじゃないですか」
「今回の件は海斗くんの命が掛かってるからな。下手に動いて組織を刺激するわけにはいかない」
「それもそうですね。所長、昨日の浮気調査の調査資料出来ました」
「あ、ああ。ありがとう橋本さん」
「ところでその組織のアジトはどこにあるんですか?」
「神奈川県の川崎市に本部の建物があるようだ」
「多分ですけど、その建物はダミーですね」
「恐らくな。実験場所は他の場所に隠してるだろうな」
「所長、踏み込みますか?」
「あまり刺激しない方がいいだろう」
「じゃあどうしますか?」
「まずは本部の前で張り込むぞ橋本さん」
「えー、私もですかー」
嫌な表情をする彼女の腕を引っ張り、俺たちは川崎市に向かうことにした。
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「わあ、おっきな建物ですねー」
事務所から車で40分ほど走ったところにその建物はあった。
「ここが組織の本部か」
「そうみたいですね。あ、所長。牛乳とアンパン食べます?」
「そういえば昼飯まだだったな。ありがとう」
車の中でアンパンを頬張りながら組織の正面玄関を監視する。
特に目立った動きはない。
と言うより人気が全くない。
「橋本さんの言った通り、ここは本当にダミーみたいだな」
「そうみたいですね。でも今はここしか情報を得る場所がありません」
その通り。俺たちに残された時間はそう多くない。
一刻も早く組織のシッポを掴む必要がある。
「所長。どうせ誰もいないならこの建物の中探検しませんか?」
「何言ってるんだ。もし誰かに見つかったらどうするつもりだ」
「でも、ここでずっと見張るの退屈ですよー」
ごねる彼女を横目に、
「……分かった。建物の周りぐるっと回るだけだからな」
そう言って俺たちは車から出て、本部の方へ歩き出した。
組織は新たに子供を誘拐までして実験をしようとしている。
そう考えると相当切羽詰まっているはずだ。
恐らく実験員は全員別の場所に集まって実験を繰り返しているはず。
それなら、この本部はもぬけの殻の可能性が非常に高い。
だとすると、ここには証拠は残っていないのか。
考えろ。考えるんだ。
思考を巡らしていると、
「所長! これなんですか?」
橋本さんが地面を指さす。
「こ、これは。注射器の針の部分のようだな。でかしたぞ橋本さん」
「でへへ」
まさかこんなところに証拠を残していくとはな。
これは後で剛に渡しておこう。
その後、一通り建物の周りを見て回ったがそれ以上の収穫は無かった。
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「健二。何か収穫はあったか?」
「ああ。奴らは大事なものを忘れていったよ」
警視庁の会議室に通された俺は剛に昼の出来事を話していた。
「これだ」
「これは、注射針か?」
「恐らくウィルスを体内に注射する時に使った物だろう」
「分かった。急いで鑑識にまわす。結果が分かったらすぐに連絡するからな」
「よろしくな」
「それと、片山は一度釈放した。証拠不十分だ。今夜動くかもしれん。頼んだぞ」
そう言って剛は慌てて会議室を出ていった。
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「所長。うち残業手当出ないんですよね? 帰ってもいいですか?」
俺たちは再び組織の本部の近くに車を停めて張り込みをしていた。
時刻は夜の7時。
組織のメンバー構成は科学者や大学教授が多い。
動くとすれば仕事終わりの時間が怪しい。
「ほら、これあげるから許して」
「牛乳とアンパンじゃ残業代の代わりにはなりませんよ所長」
「まあまあ、そんなこと言わずに」
それにしても片山は本当に今日動くのか。
さすがに今日釈放されてすぐに動くとは思えんが。
だが、組織が相当切羽詰まっているのならば動く可能性もある。
「あ! 所長見てください! 誰か来ましたよ」
「なんだと!」
本部の入口付近に1台の軽ワゴン車が停まった。
中から出てきたのは、
「片山!」
彼は本部の入口の鍵を開けると中に入っていった。
「所長行きましょう!」
「ダメだ。まずはやつを泳がせるんだ」
車から出ようとする橋本さんを静止して俺は双眼鏡を取り出した。
「あ! また出てきましたよ! 何か持ってる!」
あれはなんだ。
片山は大きなダンボール箱を1つ抱えて出てきた。
あの中に入っているのは実験道具か?
つまり、この本部は倉庫として使っているのか。
「所長早く尾行しましょう!」
「分かった!」
俺は車のギアを入れて片山を追うことにした。
第三話(二日目)
あれから何時間運転しただろうか。
日をまたぐまで高速で運転して着いた場所。
そこは青森県の山奥だった。
辺りは闇に満ちている。
片山が車を停めると、俺たちは茂みに車を隠してエンジンを切った。
「どこに行くんでしょうかね所長」
目の前には廃墟のホテルが佇(たたず)んでいた。
片山は慌てた様子でダンボール箱を抱え、その中に入っていく。
「ここが奴らのアジトに間違いない」
「はい」
「行くぞ。橋本さん」
音を立てないように車のドアを閉め、廃墟ホテルに向かう。
恐らくここに海斗くんが居るはずだ。
瓦礫を踏みしめホテルに入る。
床は抜けていないが、天井が今にも落ちてきそうなほど朽ちている。
こんな場所で本当に実験なんてしているのだろうか。
1階はロビーになっているようで人の気配がしない。
「橋本さん。2階に行こう」
「……はい」
震える彼女の肩に手をやって、
「大丈夫だから」
意外と可愛いところあるじゃん。
今にも抜けそうな階段を登る。
2階は客間になっているようで、開けっ放しの部屋がいくつかあった。
ここも瓦礫が散乱しており、音を立てないように歩くのは至難の業だった。
「あ、所長! ここに館内地図がありますよ」
「でかしたぞ橋本さん」
地図を確認すると、2階から5階は客室。
6階が大浴場。
7階がセミナー室となっていた。
「どう思う橋本さん」
「そうですね。大規模な実験をするためには大きな空間が必要だと思います。そう考えると、大浴場とセミナー室が怪しいですね。それに、実験をするためには電力も必要なはずです。どこかに電源ケーブルが繋がれているかもしれません。なら、そのケーブルを切断すれば実験を中断させることが出来ると思います」
なるほど。彼女の推理は冴えている。
俺たちは6階にある大浴場に向かうことにした。
懐中電灯の頼りない明かりを頼りに階段を登る。
歩く度にミシミシ音を立てながら俺は考えたいた。
海斗くんが誘拐されたのは一昨日の晩。
組織が急いで実験を進めているのならば今夜は絶好の実験日のはず。
「海斗くんをどうやって助け出しますか?」
どうやら彼女も同じことを考えていたらしく、
「相手は武装している可能性もある。その場合は一度退こう」
こっちは丸腰に近い。
武器と言えば探偵として培ってきた経験だけだ。
気配を消す能力。
これだけで組織に立ち向かえるだろうか。
「所長! 話し声が聞こえます!」
階段の踊り場で耳を澄ますと男の怒鳴り声が聞こえてきた。
「片山遅いぞ!」
「す、すみません。警察がなかなか離してくれなくて」
「お前のせいで俺たちは警察に目をつけられた。実験を急がなくてはいけない」
「ですので、本部から機材を持ってきました」
「バカヤロウ! 誰かに付けられてたらどうするつもりなんだ!」
「今夜このアジトも処分する。早く次のアジトを探せ」
「は、はい!」
そう言うと片山らしき声は足音とともに遠ざかっていった。
「クソ、一昨日手に入れた実験体は明日に回すしかないか」
話し声は消え、階段を上る音がした。
「所長! どうしましょう」
「とにかく、一刻も早く海斗くんを助けなければ。幸い、海斗くんへの実験はまだ行われていないようだ。橋本さんはここで待っていてくれ。セミナー室を見てくる」
「はい。気をつけて」
できるだけ音を立てないように階段を上る。
階段には相変わらず瓦礫が散乱していてかなり歩きにくい。
7階に通じる階段の踊り場に着くと、ほのかな明かりが漏れていた。
話し声や機材の擦れる音が聞こえる。
間違いない。
海斗くんはここにいる。
そう確信した俺は見つからないように階段に腹ばいになり、様子を伺った。
白衣を着た研究員が5人。
私服姿の男が1人、パソコンに向かって何かを打ち込んでいる。
部屋の隅にはベッドが置いてありその上に横たわっていたのは、
「海斗くん」
男の子は眠らされているようで微動だにしない。
どうする。この状況でどうやって助け出す。
人の中に溶け込むのは得意だが、溶け込む場所が少人数では意味が無い。
白衣に着替えて紛れこもうとも考えたが、すぐにバレてしまうだろう。
スパイ映画などでは特殊メイクで変装するシーンがあるが、あれは映画の世界だけの話であって現実では不可能だ。
人間の脳というのはちょっとした変化でも読み取ってしまう。
変装マスクなんて論外だ。
「やったぞ! ついにウィルスの副作用を相殺できたぞ!」
タイピングしていた男が立ち上がると急に叫んだ。
その声に研究員全員がパソコンを覗き込む。
今だ!
俺は忍び足でベッドに寝かされている海斗くんを抱き上げると、ダッシュで階段を駆け下りた。
「おい! 実験体を奪われたぞ! 早く追いかけろ!」
後ろから罵声が飛んでくる。
「橋本さん! 早く車の準備を!」
俺が叫ぶと彼女は急いで車に向かった。
-------❁ ❁ ❁-------
俺が車に着いた頃には既に橋本さんがエンジンを掛けていた。
「いつでも出せます!」
「全速力で逃げるぞ!」
「はい!」
そう言うと、橋本さんは車を走らせた。
「海斗くん助けられましたね」
「ああ。だがまだ安心は出来ないようだ」
バックミラーを確認すると後ろから2、3台の車が追いかけてきた。
「橋本さん。今日は安全運転じゃなくてもいい」
「承知しました」
俺は先程こっそり撮影した組織の実験風景の写真と、海斗くんを助け出したこと。
応援が欲しいことを剛のスマホに送った。
すぐに既読が付き電話が来た。
「健二。今どこにいる」
「青森県だ。組織に追いかけられている。今から高速で都内に向かう」
「分かった。すぐに応援を寄越そう」
海斗くんを助け出すことは出来たが組織に俺たちのことがバレてしまった。
奴らはすぐにアジトを変えるだろう。
これでは根本的な解決になっていない。
本当に俺の行動は正しかったのだろうか。
「所長!」
「どうした橋本さん」
運転席側に目をやると、隣の車線に奴らの車が併走していた。
「来ます!」
その言葉と同時に横から強い衝撃が加えられた。
クソ。奴ら俺たちを殺す気か。
幸い車はまだ走り続けている。
このまま逃げ切れば……。
「橋本さん。アクセル全開にして!」
「もう全開です! これ以上は無理です」
速度計を見ると180キロを超えいる。
これ以上は無理だ。やられる。
周りを見ると組織の車に囲まれていた。
1台が更にスピードを上げ俺たちの前に、残りの2台は横についている。
逃げられない。
突然、
「うわあああ!」
「きゃあああ!」
前の車が急ブレーキを踏んだ。
辺りにはゴムの焼ける臭いと白煙が舞い、それと同時に俺たちの車は強制的に止められた。
なんてことだ。
せっかく海斗くんを助けられたというのにこんな所で終わるのか。
運転席を見ると橋本さんが気を失っている。
「実験体を捕獲しろ!」
「はい!」
外から男たちの声が聞こえる。
それが最後に聞いた声だった。
第四話(連携プレイ)
「……ううん」
「良かった! 目が覚めたんですね!」
「ここは……」
「都内の病院です。所長あの後意識が戻らなくて大変だったんですよ!」
「橋本さん。君も怪我してるじゃないか」
俺の手を握る彼女は頭と手に包帯を巻いていた。
「そうだ。海斗くん……いてて」
「まだ動いてはダメです。先生からは絶対安静って言われてますから」
身体中が痛い。腕にはチューブがたくさん刺さっており、どう見ても動ける状態じゃない。
「これじゃあ探偵失格だな」
「そうとも言えませんよ」
「どういう事だ?」
「海斗くん。無事確保しました!」
「どういう事だ。俺たちは組織に追い詰められて……」
「あの後すぐに警察の方が来られて私たちを保護してくれました。幸恵さんには私から話をしてあります。海斗くんは念の為この病院で入院していますが元気そうです」
「そうか。それなら良かった。俺より君の方が探偵の素質があるのかもな」
「そんなこと言わないでください。所長の仕事はまだ終わってませんよ」
「なにか動きがあったのか?」
「私たちの乗っていた車のドラレコを警察が解析しています。持ち主が見つかるのはそう遅くないと思います」
「なるほど。それからは俺たちの仕事だな。橋本さん。俺のスマホありますか?」
彼女からスマホを受け取る。
事故の衝撃で画面がバキバキに割れていた。
電源を入れると剛と幸恵さんから何度も着信が来ていた。
幸恵さんは橋本さんが連絡してくれたからいいとして、剛のほうには連絡しておくか。
腕が動かないので橋本さんに電話をかけてもらいスピーカーモードにしてもらった。
「もしもし剛か」
「健二! 心配したんだぞ!」
「悪かった。それより助かったよ。礼を言う」
「礼を言うのはまだ早いぞ。お前たちのドラレコから容疑者車両を割り出せた」
「あいつらはどこにいるんだ?」
「Nシステムで割り出したところ長野県の山奥にいることが分かった」
やはりアジトを変えたか。
「警察の方で現在アジトを包囲している。奴らが投降するのも時間の問題だろう」
「分かった。ありがとう」
そう言って電話を切った。
事件は無事に解決に向かっているらしい。
だが、俺がこんな身体じゃ次の依頼を受けることが出来ないな。
そんなことを考えていると、
「あ、おじさん僕を助けてくれてありがとう」
声のした方を向くと海斗くんが頭を下げていた。
「いいんだよ海斗くん。それより身体のほうは大丈夫かい?」
「はい。なんともないです」
ニコッと笑顔を返す男の子に安堵した。
どうやら本当に大丈夫そうだ。
「海斗くん。勝手に病室を出てきたらダメですよ」
橋本さんが海斗くんを諭(さと)す。
「はーい」
そう言うと海斗くんは走って帰って行った。
「まったく。今は元気そうですけど組織に何をされたのか分からないんですよ。まだ気が抜けません」
「橋本さん」
「なんですか?」
「このまま組織が捕まると思うか?」
「不謹慎ですよ所長」
「探偵の勘だよ」
「なんですかそれ。勘だけじゃお金は貰えませんよ。所長は休んでいてください。私は出かけてきますから」
「ついに探偵として目覚めて情報収集でもするのか?」
「違います。ちょっと野暮用です」
-------❁ ❁ ❁-------
「池山刑事! 組織のアジトを包囲しました!」
「よし、合図したら突撃だ」
「はい!」
先程、健二から電話がかかってきて状況を説明した。
まったく生命力だけはあるな。
あの日、俺たちが着いた頃には健二達の車両は原型を留めていなかった。
あんな状態じゃ生きてる方が奇跡だ。
まったく、心配させやがって。
俺は拡声器を手に廃墟に向かって叫ぶ。
「お前たちは完全に包囲された! 大人しく出てきなさい!」
反応がない。
何度も呼びかけるが出てくる気配がない。
嫌な予感がした。刑事の勘だ。
「全員突撃だ!」
一斉に特殊部隊が廃墟内に入っていく。
すると早速無線が入ってきた。
「刑事! やられました。廃墟はもぬけの殻です」
「やはりそうか」
犯人たちは車を乗り捨てどこかに隠れているのか。
それとも協力者がいたのか。
分からないが、俺たちがミスをしてしまったことは明らかだ。
これでは組織を刺激してしまう。
「まずいな。手詰まりだ」
-------❁ ❁ ❁-------
「そうか。やはり組織は逃げたか」
昼食を運んできた看護師さんにスピーカーモードにしてもらい、俺は健二から話を聞いた。
一足遅かったか。
廃墟内には何も残されておらず、証拠になるようなものは何も無かった。
このままでは新たな犠牲者が出るのも時間の問題だ。
待てよ。奴らはアジトを点々としているということは。
実験機材や電源装置、実験員、実験対象者を運んでいるはずだ。
ということは奴らが移動する時、普通自動車では積み込めきれないはずだ。
最低でも10トントラックは必要だ。
今までの逃走経路から奴らは山奥の廃墟をアジトにする傾向がある。
「剛。今すぐ山中にある廃墟を調べるんだ」
「分かった」
「その近くに10トンクラス以上のトラックが止まっていればビンゴだ」
今度こそ追い詰める。
-------❁ ❁ ❁-------
健二との通話を終え部下に山道にあるNシステムを虱潰(しらみつぶ)しに探させた。
山奥を走るトラックなんてそう多くないはずだ。
刑事の威厳をかけて必ず見つけてやる。
-------❁ ❁ ❁-------
病院から出た私はタクシーに乗り込んだ。
「どこまでですか?」
「川崎市までお願いします」
そう言うとタクシーは走り出した。
所長が動けない今、私がやるしかない。
組織は追い詰められている。
ということは物資不足になるはず。
そうなれば倉庫として使われている本部に寄らないはずが無い。
そう考えた私は1人で飛び出してきたのだ。
走り始めて40分ほどで例の建物に着いた。
代金を支払い車を降りた私は隠れる場所を探した。
建物の周りは生垣ができているけど、大通りに面しているので意外と隠れにくい。
ここはダメかー。
諦めた私は周りを見渡す。
街中から外れた場所だからビルも少なく、屋上から見張るのも難しそう。
何かいい方法は無いか。
建物の周りをぐるりと見て回ると、
「そうだ。いいこと思いつきました」
組織の本部の近くにあるネットカフェに入った私はパソコンの電源を入れてサイトに接続した。
そこに映し出されていたのは例の本部の映像だった。
たまたま、近くにライブカメラがあるのを発見してこの案を思いついた。
画質はあまり良くないけど誰かが来たらすぐに分かる。
しばらく画面を凝視していたけど誰も来ない。
時刻は午後の3時。
組織が動くにはまだ早かったかもしれない。
まだお昼ご飯まだだったし頼んじゃいましょう。
パソコンの画面からオレンジジュースとカレーライスを頼もうとした時。
あ、本部に車が1台停まってる。
もう。せっかく経費で落とそうと思っていたのに。
心の中で悪態をつきながら私は店を出た。
通行人を装って本部に近づく。
双眼鏡で確認すると軽バンが1台。
車の中には誰もいなかった。
恐らく中に入って備品を持ってくるに違いない。
生垣の陰に隠れた私は様子を伺(うかが)う。
すると、中から白衣を着た男が一人出てきた。
手には大きな段ボール箱が2箱。
私は慌ててタクシーを呼び止め待機させた。
男は何度か段ボールを運ぶとすべて車に積み込んで車を発進させた。
「運転手さん! あの車を追ってください」
タクシーに乗り込むと、私は男の運転する車を尾行することにした。
「お客さん探偵でもしてるんですか?」
「そう見えますか?」
「この道30年運転手してるけど、車を尾行してる人は大体理由がありますから。この前尾行したときは浮気調査中の探偵さんでした」
「そうですか。私もそれに近いものです」
「なら、見失うわけにはいかないですね」
男の車は30分ほど走るとエンジンを切った。
尾行がバレたのか。
そう考えていると、軽バンのドアが開き段ボールを抱えて建物の中に入っていった。
「運転手さん。ここで停めてください。これ以上はバレます」
「分かりました。では料金を……」
「ここに請求してください」
私は探偵事務所の名刺を渡すと車を降りた。
男の入っていった建物を確認すると、そこは大きな洋館だった。
造りは古く、壁に大量のツタがまとわりついている。
私は恐る恐る建物に近づくと木陰に隠れた。
私一人でここに入るのは危険だ。
いったん所長に位置情報を送っておこう。
スマホを取り出し操作をしていると、
「誰だお前は!」
段ボールを運んでいた男と目が合った。
やばい見つかった。
慌てて逃げようとしたところを後ろにいた別の男に取り押さえられた。
-------❁ ❁ ❁-------
「あのー、看護師さん。俺のスマホ取ってくれませんか。着信が来たみたいで」
看護師からスマホを受け取った俺は画面を確認した。
橋本さんから連絡がきている。
これは。
そこには位置情報が添付されていた。
場所は川崎市の山奥。
彼女がなんの目的もなく位置情報が送ってくるはずがない。
なにかあったのか。
「あのー看護師さん。電話かけてもらえませんか?」
-------❁ ❁ ❁-------
「ちょっとここから出してよ!」
男たちに捕らえられた私は後ろ手に粘着テープを巻かれ拘束されていた。
部屋は外からカギがかけられていて中から開けることができない。
ここは2階だから窓から脱出するわけにもいかない。
どうしよう。このままじゃ私も実験されちゃう?
それだけは嫌だ。
ここから出る方法を考えないと。
出口は1か所。カギを開けるしかない。
ここは2階。脱出するにはロープのようなものが必要。
だけど縛られてるんじゃロープがあっても脱出できない。
それに、この部屋には利用できそうな家具が無い。
ドアの覗き窓から外を見ると、白衣姿の研究員が機材を持って走り回っていた。
もしかして、すでに子供を誘拐してこれから実験する気じゃ。
所長に電話したいところだけどスマホは奴らに取り上げられた。
私が今できることといえば、所長が位置情報を読み取ってくれることを信じてここで待つだけ。
暴れて体力を消耗するのはよくない。
今は耐えるしかない。
-------❁ ❁ ❁-------
健二が送ってきた位置情報とNシステムに映っていたトラックの居場所が合致した。
奴らはここにいるに違いない。
俺は部下たちに命令して位置情報に向かって緊急出動することにした。
幸い場所は近い。
今度こそ全員捕まえてやる。
30分ほど緊急走行して目的の場所に到着した。
そこは古びた洋館で、近くに大型のトラックが停まっている。
「全員すぐに突撃準備だ!」
部下に伝え、俺は念のため拳銃に弾丸をこめた。
相手が武装していなければいいが。
車を降り建物を見上げる。
まさかこんな場所にいたとはな。
「助けてくださーい!」
2階の窓から女性の声が聞こえた。
あれは健二のところの事務員じゃないか。
「全員突撃!」
一斉に特殊隊員が入り口になだれ込む。
俺も遅れをとらないように続く。
「人質は2階にいる! まずは2階だ!」
階段を駆け上がり一気に2階に到着する。
「動くな!」
廊下には白衣を着た研究員が2人いた。
「人質はどこにいる!」
「こ、ここです」
1人が部屋のカギを開けると中から両手を拘束された橋本さんが現れた。
「動くな! この女がどうなっていいのか!」
研究員が注射針を彼女の首筋に向ける。
「卑怯な奴め」
「この中には最新のウィルス兵器が入っている。分かったら道を開けろ!」
「プランBだ」
俺が小声でいうと、研究員の後ろから別の隊員が現れ注射器を叩き落とした。
「なんだと。いつの間に!」
「形勢逆転だな。彼女をこちらに渡してもらおう」
背中を押された橋本さんがこちらに歩いてきた。
「人質保護!」
彼女は別の隊員に連れられて安全な場所へと移された。
これで人質は解放した。
「次は研究室に案内してもらおうか」
観念したのか2人の研究員はおとなしく従った。
恐らく研究室では新たな子供に実験が行われているはずだ。
何としても阻止しなければいけない。
前方から隊員、研究員、俺の順で案内をさせる。
階段を上り3階に行くと大勢の研究員が動き回っていた。
「全員そこを動くな!」
銃口を向けると研究員たちは全員手を上げて降伏した。
一人ひとり手錠をかけていてはらちが明かないので、両手を後ろ手で縛り腰ひもをつけた。
「こいつらの身柄は頼んだぞ」
部下にそう言うと俺は3階を捜索した。
どこかに新たに誘拐された子供もいるはずだ。
何部屋か探っているとベッドが並んだ部屋を見つけた。
扉を開けると子供たちが横たわっている。
「こちら池山。応援を頼む。誘拐された子供たちを見つけた」
これですべて解決だ。
「ついに見つけてしまいましたか」
「お前は片山」
「我々の研究は、今日ラストステージを迎えるところでした」
「もう諦めろ」
「人間は誰でも死を恐れる。なら死ななければいいのです」
「何を言っている」
「私はこの世界で唯一の不老不死になりたかった」
「残念だったな」
「不老不死。それは神の領域をも超える研究だ」
「お前は神にでもなりたかったのか」
「そうとも言えますし、そうとも言えません。ですがその夢ももう終わりです」
「そうだな」
「ですから私は最後の実験体として歴史に名を残したいのです」
「何を言って……」
片山の手に注射器が握られていた。
それをゆっくり首筋に当てる。
「やめろー!」
液体がゆっくり片山の体内に入り針が抜かれた。
奴がニヤリと笑う。
すると突然。
「ぐううう……」
片山が胸に手をあてて倒れた。
「どうやら私は、神になる権利はなかったようですね……」
第五話(後日談)
「所長! 私の合図分かってくれたんですね。おかげで助かりました」
橋本さんの活躍もあり組織は壊滅に追い込まれた。
これでもう子供が誘拐されることは無いだろう。
「橋本さんのおかげで全て解決したよ。警視庁から表彰されることになったようだよ」
「私が表彰ですか! 私なんかがいいんでしょうか」
「いいんだよ。これで我が探偵事務所も鼻が高い」
「所長はそれが目的なんでしょう?」
「あはは、バレたか」
「でも、しばらくは浮気調査の仕事だけでいいです。事件の調査はもうこりごり」
「そうだな。俺もこの怪我を治さないといけないし、しばらく事務所は休業だ。橋本さんもまだ包帯取れないだろうし」
「そうですね。私、有給休暇取ります」
「有給? うちにそんなの無いよ。あれどこに行くの?」
「ちょっと労基まで」
「ちょ、待って橋本さん。それだけは勘弁して」
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