本当に子どもは静かに溺れるんだよっていう話


先日のSPY×FAMILYに溺水反応が出てきた。子供は静かに溺れる生き物だ。
本当にびっくりするくらい静かで、すぐそばにいる人も気づかないというのを実際に目の当たりにしたことがあるから、その怖さが分かる。
ちょっと思い出したので、今日はその話。


大学生のとき、夏休みに市民プールで監視員のバイトをした。暑さと日焼けさえ耐えられれば、当時としてはかなりお給料が良かった。しかも振込でなく手渡しだったので、給料日にはみんなお札を広げて扇いていた。

当然、プールなので水難事故には気をつけなければならない。
ウォータースライダーの担当になった日には、我先にと滑りたがる獣たちを制御しなければならなかった。滑るのが下手で、途中で止まってしまう人がかなりいるのだ。ちゃんと目視で確認しつつ後続を流さないと追突事故が起きてしまう。
寝そべってしっかり顎をひき(自分の足を見るイメージ)、尻を少し浮かせ気味にするといい。腕は胸の前でツタンカーメンにする。爆速で滑れる。何回説明しても、彼氏の前でお上品ぶってるお姉さん方は「きゃ〜!怖い〜!」などと叫びながら座ってそろそろと降りていく。滑れよ。後ろに50人待っとるんやぞ。あとビキニは捲れるからやめとけ。

スピードが出過ぎて、着水したときに目を回し自力で立ち上がれない人も稀にいた。そういう人を水揚げするために、着水プールにも常に2人監視員がいた。
水揚げ?したことあるよ。溺れてる人間はとにかく暴れるし重いので、2人がかりでなんとか。


それは流水プール担当の日だった。ちょうどお盆の頃で、連日の猛暑でまさに芋洗い状態だったのを覚えている。
1時間ごとにローテーションで場所をチェンジしつつ、監視台に登って無限に流れてくる(というか、もはや流れることもできずみんな歩いている)人間たちを眺めていたとき。

佐清を見た。

佐清ってご存知ですよね?犬神家のアレです。


水面から小さな足が2本生えていた。

は?
思わず声が出た。監視台から飛び降りて、「ちょっとすいません!通して!」などと声をかけながらざぶざぶと人混みをかき分け、流れている足を掴んで持ち上げる。

赤ちゃんだった。やっと首が座ったくらいの。
乳幼児用の、足を通して座れる浮き輪みたいなの、あるじゃないですか。あれに座ってて、そのままひっくり返っていた。
赤ちゃんはキョトンとしていて、私の方がびっくりしていたし周りにいた人たちもざわざわしていた。そうだろうね。誰も気づいてなかったんだから。私もぼーっとしてたら絶対に気づかなかった。そもそも人間が多すぎて、ちゃんと見てても水面に生える足を見つけられたかどうか。

「すみません、この子のお父さんかお母さんは……?」
周りの大人たちに聞いてみる。──誰も名乗り出ない。マジかよ。
とりあえず赤ちゃんを抱っこしたまま、近くのエリア担当の監視員に持ち場を離れることを伝えると、医務室の先生を呼んで上流に向かって捜索開始。水も飲んでいないし、たぶんひっくり返ってすぐに見つけたのだろうと。

10メートルほど遡上したら、プールに架かる橋の下で談笑している若い女性がこちらに気づいて悲鳴を上げた。「○○ちゃん!」
いや、悲鳴を上げたいのはこっちだわ。
「ひっくり返った状態で流れてきたんです。このタイプの浮き輪は足が抜けにくいですし、今日は混雑しているので目を離さないでください」


こんなうっかりで命を落とすなんてことがあって欲しくない。
その日の業務後に、所長から人命救助でお褒めの言葉を頂いたけれど、ぜんぜん嬉しくなかった。
赤ちゃん本人は、何が起こったか分かってなさそうだった。それくらい元気だったし良かったけれど、もしあのまま誰にも気づかれずに流れていたら、と思うとぞっとする。1時間に1回、10分の休憩タイムがあって全員がプールから上がるけれど、その時まで見つからなかったら確実に生きて帰れなかった。


小さなお子さんがいる方も、これからお子さんが生まれる方も、子どもは本当にびっくりするくらい静かに溺れるし、なんなら少量の水でも溺れる。絶対に目を離さないであげてほしい。

約束だよ。


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