夢を叶える方法は足元に落ちている。
クッキーが焼ける匂いがする。
砂糖の甘い匂いなのか、それともバターの香ばしい匂いなのか。熱々のオーブンから、あったかい香りが運ばれてくる。
はじめは"ただの粉"なのに、混ぜて、練って、焼いて、みんなが大好きなお菓子に変身するのはなぜだろう。いったい、この工程を考えた人は、なんでこれを混ぜて焼こうと思ったのだろうか。そんな計り知れないほど昔のことまで思考を巡らせながら、生地をかき混ぜていた。
「クッキーが作りたいのー!」
ある日突然言われたのだ。
「じゃあ明日ね。」とつい言いたくなる。でも、絶対「えぇー」と不満の答えが返ってくるし、仕切り直すより、無理にでもその日にやってしまった方が良い結果になることの方が多い。
料理は日々のことだが、忙しい毎日で「手作りお菓子を作る」ということはあまりしてこなかった。クッキーの作り方をあわててネットで検索する。よしよし、材料はなんとか揃っていそうだ。
作りたいのがクッキーで助かった。シュークリームだとかタルトだとか言われていたら、いったいどうしていただろう。
吊り戸棚の上の方。踏み台がなければ届かないところに、お菓子作りの道具は閉まってあった。
かわいいクマちゃんの形にしたいとのリクエストだったが、あいにく"クマ"の型はなかった。同じ動物つながりの"リス"がいたので、それでなんとか手を打ってもらった。
年中さんになった長男はなんだか頼もしい。きちんと話をすれば大体のことは納得してくれる。イヤイヤ期真っ只中の次男だったら、今ごろ生地は床に放り出されていただろう。
ピカピカまぶしいクッキー型……
買ってあったのに、今まで使ったことがなかった。
いつか使いたいと思って買ったんだ。でも「いつか」っていつだったんだろう。これを買ったのは独身の時で、今よりも充分に時間があった。
いつか落ち着いたら
いつか時間ができたら
そう思ってついつい先送りにしてしまう。でも、いつかと思っているのは自分だけで、案外すぐに叶えられることも多いのかもしれない。
全く落ち着いてなどいない日常のある日に、突然長年の夢は叶った。
わたしには、自分のためにクッキーを焼くという選択肢はなかった。人の目を気にしていたんだろうか。それもあるかもしれない。
おそらく、自分のためよりも人のためを先に持ってきてしまう性分なのだ。
でも、いまは分かる。人のためと言いつつも、誰かにしてあげたいことって本当は自分がしたいことなんだ。
子どもたちにいろんな経験をさせたい。旅に連れて行ってあげたい。そう言っている自分自身が本当は旅に出たかったんだ。願いは、鏡のようにこっちに反射している。
自分がやりたいことって、そうやって、案外自分のすぐそばで息を潜めているんじゃないかと思う。
このサクサクの美味しさを味わう前に、世界が滅亡してしまわなくて良かった。
1秒の長さだけは、どんな人にも平等だ。
やりたいことリストに書いた願いは、遠くに投げ飛ばしていたつもりが足元に落ちていたんだ。それは簡単にひろうことができる。投げ飛ばす必要なんて、もうない。
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