見出し画像

『街道をゆく 飛騨紀行を読んで』

 なかなか旅ができないので、自室で司馬遼太郎さんの『街道をゆく』を読んでいます。

 一昨年の夏飛騨市、高山市を観光したのですが、昼過ぎにしか着けなかった上、次の目的地が信州・上田という超弾丸旅行だったので翌朝は8時発・・・。郷土料理も歴史探訪も聖地巡礼もまともに楽しめなかったのが心残りでした。再訪を期したもののコロナ禍でそれも頓挫し、ならば読書でもって学習旅行としゃれこもうと思い、今回は『ー29秋田県散歩、飛騨紀行』(朝日文庫)読んでいきます。

『氷菓』×司馬遼太郎?! 飛騨一之宮、まさかの繋がり

 本作で印象に残った話が「左甚五郎」(P251~P264)です。といってもアニメ聖地絡みの一節があったからという何ともお恥ずかしい理由なのですが・・・(笑)

 本節で取り上げられたのが高山市一之宮町です。司馬さんはJR高山線(当時国鉄)の飛騨一ノ宮駅裏にある臥龍桜、そして飛騨一之宮水無神社を訪れました。現在では、テレビアニメ『氷菓』の最終話(第22話『遠まわりする雛』)で登場し、ファンの間で聖地と呼ばれるようになっているところです。

 司馬遼太郎が描き出した臥龍桜

  朝日新聞デジタルによれば、司馬さんが当地を訪れたのは1986年の10月となっています。それ故臥龍桜は冬枯れしていたようで、作中では

「大きなけものが何頭もうずくまっているようにくろぐろとしていて、怪奇でさえある」
「溶岩塊のように黒ずんでしまっている」

とあります。一方で

「南へ張った太枝が地面に垂れて、そこから根を出し、ぜんたいとして二本の木の様に威勢を張っている」
「春になれば花がみごとであるにちがいないが、いまは死んだ皮のような樹体の内部で、ひそかに春のいのちを養っているにちがいない。この威容の前には、人間などとても威張れたものではない」

と、桜のたくましい姿、花開かせる春に向けた希望を抱かせる一節もあります。

 米澤穂信、京都アニメーションが描き出した臥龍桜

 司馬さんが想像した春の臥龍桜を凡そ四半世紀の時を経て描き出した作品こそ『氷菓』でした。「狂い咲きの桜」として登場し、千反田える扮する生き雛に傘を差した折木奉太郎の前に現れます。

 「視界にピンク色が入ってきて、ふと顔を上げる。(中略)五分咲きの、しかしはっきりと咲いた桜の横を、行き過ぎつつある。これから正に咲き誇ろうとする花の下、十二単をまとった千反田は静かに進む。あたたかくも柔らかに射す陽光、偶然そこに建っていた瓦屋根の古い家、田圃の残雪、雪どけ水を含んで流れる小川の澄み具合とせせらぎ。ここには醜いものは、何一つない。ふと、そんな気さえした」(角川文庫 『遠まわりする雛』P390より)

 米澤穂信さんの原作小説では、とあるアクシデントにより生き雛行列が狂い咲きの桜の下を進むというフォトジェニックなシーンが描き出されました。京都アニメーションが手掛けたテレビアニメでも忠実に再現され、特にアニメシリーズのラストシーンで再び描き出された時には、桜が空の色までピンクに染め上げるという高い色彩演出でもって人々を魅了し、今でもファンの間で語り草になっています。

 描き出された飛騨美学

話は戻って『街道をゆく・飛騨紀行」のラスト司馬さんはこんな一節で締めくくっています。

 夕食を料亭「洲さき」でとるべく町並を歩いた。(中略)寛政時代からの店ときいたが、土間のぐあいといい、座敷といい、さすがに匠の国の作品らしく気品にみちている。二階の座敷は、わざと簡素におさえられた欄間といい、床ノ間のタテ・ヨコの柱と桁の諧調といい、江戸期の大工の幾何学的な趣味がよく出ていて、しかも決して過剰ではない。すわっていて美しさ以上に、哲学をさえ感じさせるかのようであった。(中略)たれか、金森氏数代と幕領時代がのこした飛騨美学というものを、単なる文献主義をこえる感受性をもって研究してくれる天才的な人が出てくれないものだろうか。明治期の松江を小泉八雲が書いたようにである。

 『氷菓』では街並みの様子などもわずかながら登場し、非常に丁寧に描かれました。先述の水無神社の様子や田園風景も緻密に描かれていました。まさに司馬さんのいう「飛騨美学を描き出した」と言っても良いのかもしれません。

 飛騨の街並みの美しさには私も短い時間の滞在中に心打たれました。司馬さんが終始べた褒めしていたのもとても頷けます(笑)

 時を経て意外なところで私の大好きな作品と繋がった今回の読書。本の世界だけでは物足りないので、この2作品に心馳せながら現地を訪れることができる日を心待ちにしたいと思います。



 ここまで読んでいただいてありがとうございました。臥龍桜が出てきたこともさることながら、日本酒党の私にとって高山で購入して以来のファンとなった、古川町の地酒「蓬莱」まで作中に登場したのには仰天しました・・・。実際には酒のことではなく、司馬さんが建築の美しさの例として蔵元の渡辺酒造店さんの様子を出していたわけですが、古川町も滞在時間が短く、お店には行けておりません。

行きたいところが多すぎて大変ですね(笑)余裕ある日程で全部回りたいと思います!。


 

 

 

この記事が参加している募集

#読書感想文

190,929件

面白いアニメ聖地があれば教えてください。読者様がお望みでしたら、どこでも駆けつけ取材したいと思います。