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「沖縄に基地があるのではなく基地の中に沖縄がある」

久高島に行った。「女が男を守るクニ」とも言われる久高島では、琉球時代からイザイホーという、女性が神女になるための儀式が12年に1度、執り行われてきたが、1978年を最後に、久高島で生まれ育った三十歳以上の既婚女性、という神女の資格を満たす者が出ないために、そのまま執り行われなくなった。

採音者である宮里千里さんが最後のイザイホーを録音していて、CD化されている。

昨年の夏は、沖縄各地で夏のさなかに断続的に行われる豊年祭の採音に行く千里さんに同行させてもらった。このとき、写真も録音もNGできない祭りに行って感じたことを、最近作ったSakumag.zine vol.2 の片面に掲載している。このZineのシリーズについてはまた今度ゆっくり。


その千里さんの案内で久高島をウロウロするというぜいたくな休日の様子は、あやめんこと綾女欣伸さんが詳しく書いてくれているのでそちらをどうぞ。


あやめんの文章に、こんな一節があった。

来る途中、右も左も基地という道を通るとき千里さんが東松照明の写真集のタイトルをつぶやいた。「沖縄に基地があるのではなく基地の中に沖縄がある」


沖縄をウロウロすると、必ず基地の多さにはっとなる。頭上を飛ぶ戦闘機の音が体に響く。外の人たちは、沖縄が基地経済で成り立っているという幻想を抱きがちだけれど、それは嘘である。経済のわずか5%にしか満たない基地からの収入を「基地経済で成り立っている」と思うことで罪悪感を軽減させようとしているのか。

翌日の夜、栄町市場で呑んでいて、翁長タケハルさんにお会いした。最近、かつてネトウヨだったとツイートしていたことや、学生時代のこと、政治に参加しようと思ったきっかけなど、根掘り葉掘り聞いてしまった。たくさんの苦労をしてきた人は、強い。頼もしい気持ちになった。

外から見える沖縄の基地問題の姿と、ここで暮らす人たちの現実には、恐ろしいほどのギャップがある。普天間の返還が確実なものにすらなっていないのに、我が国の政権は、沖縄の民意を無視して辺野古の工事を強引に進めようとしている。日々、旅を続けながら、国会中継のダイジェストを見て、吐きたくなる。

今回のブックツアーでは、Amazonの進出を拒絶したニューヨークの話をたびたびした。沖縄の県民投票に、その姿を重ねる。東京五輪が嫌だという人は多いけれど、とりたて反対運動が行われているようにも見えない。沖縄に行くたびに、沖縄の人々の政治へのコミットメントをうらやましく思う。一方で、人々の暮らしと政治の距離が近いから、コミットせずにおられないのだという現実を重く受け止める。だから、外にいる人たちも、辺野古にノーという声に参加してほしい。

備忘録:僕が「ネトウヨ」と決別した理由 翁長前知事の次男(朝日新聞デジタル)



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