許す
「許せなくていい。許さなくていいんだよ。許さなくてもいいっていう許しが、君自身を救ってくれるんだ」
SNS上で知り合ったあの子とは、初めはチャットでやり取りをしていたが、次第に電話でも話すようになっていた。
きっかけは、SNSに投稿している写真だった。夕陽がきらめく水面に、そよぐ木々の葉。商店街に伸びる影。都会を走る猫。写真が好きだと言うあの子は、この光の加減が、この画角が、とわたしが撮った写真の感想を丁寧に伝えてくれた。
「言葉は人を表す」とはよく言ったもので、あの子が選ぶ言葉の一つひとつは、柔らかな誠実さを纏っているようだった。声も、それはそれは特別に思えた。あの子の「いいね」の言い方は忘れられない。ゆっくりと息を吸って、ふっと吐き出される「いいねっ!」には、心の深い奥底を優しく撫でられるような温かさがあった。
やり取りをする中で、偶然、わたしたち二人の共通点が判明した。それは、こっそりと詩を書いている、というものだった。スマホのメモアプリに書き殴ったり、匿名でSNSに投稿したり。わたしにとって、言語化、詩を書くことは、日頃のもやもやとした思考や感情と向き合うための術であった。あの子はわたしとは少し違って「ただ楽しいから書いているんだよ」と軽やかに言うのだった。
とある冬晴れの午後。初めて会う約束をしたわたしたちは、観葉植物がたくさん並ぶカフェで顔を合わせた。「きゅうり苦手なんだよね」ランチセットのミニサラダを見て、あの子が顔をしかめる。きゅうり代わりに食べようか、とわたしが言うと、あの子はいたずらっぽく口の端を持ち上げた。「君はやさしいから、困らせたくなるのかもなあ」。
わたしたちは、カラオケで、サイゼリヤで、場所を変えながら話し続けた。初めて会った気がしないや、とわたしが呟くと、あの子は「心を曝け出しているからね。こんなに人とちゃんと話せたの、生まれて初めてだよ」と笑った。
終電も近づいてきた頃。わたしたちはネットカフェの個室で、同じ毛布にくるまっていた。「何で明日バイト入れたんだよ」とわたしを非難しながら、あの子は繋いだ手の力を強めた。
「君に今日伝えたいことはいくつかあるんだけど。まずは、君はその元恋人のこと、許さなくていいと思う。どうしても許せない人のことを、無理に許さなくてもいいじゃん。許せなくていい、許さなくていいんだよ。許さなくてもいいっていう許しが、いつか君自身を救ってくれるんだ。私は、他の誰でもない君に、一番に救われて欲しいんだ」
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