見出し画像

こだわる

 わくわくしながら、ご飯が炊けるのを待っている。今日は、炊飯器で、炊き込みご飯とおかずを一緒に作っているのだ。いざ、炊飯器の蓋を開ける。緊張の瞬間。湯気と同時に、いい匂いが部屋いっぱいに広がった。やった、大成功だ!

 わが家のキッチンはとても狭い。玄関の脇に一口コンロと流し台がくっついているだけだから、キッチンと呼ぶにはあまりに頼りない。十分な調理スペースもないから、この部屋は自炊には向いていないのだと思う。その不便さとうまく付き合いながら何とか自炊を続けるために、日々試行錯誤している。
 この日はネットで「炊飯器で おかずまで まとめて調理する」というレシピを発見して、これだ、と思い、さっそく実践してみた次第だ。クッキングペーパーで豚肉と野菜を包んで、炊飯器でお米と一緒に蒸すだけ。時短? 手抜き? 何だっていい。自分の力でおいしいご飯を用意する。そうすると、ほんの少しだけ自己肯定感が上がる気がするのだ。
 キッチンで食材と向き合っているときは、余計なことを考える暇がない。いつも頭から離れてくれない悩みや不安を、自然と忘れることができる。だから料理は好きだ。手狭な調理スペースで野菜を切る。たったひとつのコンロに火を点す。合間に洗い物をする。五感を総動員して、目の前のやるべきことを順番にこなしていく。あれもこれも同時に進めるということが苦手なわたしには、この小さなキッチンが実はちょうどいいのかもしれない。

 食卓にはきのこの炊き込みご飯と、豚肉と野菜の蒸し物、お浸しが並ぶ。立ち昇る湯気に、ああ幸せだな、と思う。自分で作ったご飯を食べて、おいしいと感じる。人に食べてもらえるほど上手ではないけれど、生きていくために食事にはこだわりたい。

 東京での一人暮らしを再開してから、早くも二ヶ月が経った。優しい人ばかりで、自分のペースでゆっくり進めばいいよと言ってもらえる。まだ本調子ではないなりに、探り探り、新しい生活を歩んでいる。
 そのなかで、どうしても周りと比べて落ち込んでしまうことがある。やっぱり人並みに頑張りたいし、何かの役に立ちたいし、誰かに認められたい。でもそういう願望はひとまず胸の奥底にしまうことに決めた。上がったり下がったり、思うようにいかない自分のことを認める。そして自分のことを自分で救えるようになりたい。自分のことで精一杯で、不甲斐ないけれど、これが今の目標だ。

 さて、炊き込みご飯の残りは、おにぎりにしようか。自炊の幅が広がって、昨日より少し成長できた気がする。この小さなキッチンで、明日も生活は続く。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?