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山梨に富士山はいらない

先日は日本全体の観光において、インバウンドは重要じゃない、という話を書いたのですが、今日は私が住む山梨県について書いてみます。

私は約3年前の2016年に山梨県に引っ越してきました。きっかけは仕事での異動だったのですが、その後会社を辞めてもなんとなく住んでいます。特に「移住」をしたという意識もないのですが、なんとなく居心地がよかったり、仕事仲間もできたり、東京への距離も近かったりで、他に行くところもなく「居残った」という感じです。

前職がホテル業だったり、今も宿泊業に関わる仕事をしていることもあって、山梨県の観光について質問されることも多いのですが、正直なところ、あまり山梨の観光戦略がいい状態だとは思っていません。いろんな方が尽力していることも知っているので、楽しみな部分もたくさんあるのですが、あくまで現状の全体的な印象です。地元出身ではないからこそのシビアな目線で感じている問題についてあげてみました。

気になっているのは以下の3点です
①富士山に頼りすぎ問題
②グンナイとかクニナカとか問題
③消費額低すぎ問題

①富士山に頼りすぎ問題
現在、山梨県の観光PRにとって富士山は重要なコンテンツです。googleで「山梨県 観光」と画像検索すると8割方に富士山のビジュアルがでています。たしかに富士山はすごいです。私は近所に住んでいますが、何度見ても感動するものがあります。

ですが、富士山以外の魅力を発掘する努力を怠っているということはないでしょうか。

実際のところ富士山が見える日数というのは年間の約半分です。まったく姿が確認できない日も珍しくありません。夏場は特に見えにくく、1ヶ月間全く姿を見ていないということもありました。

反対側ですが、静岡県富士市の統計データ
https://www.city.fuji.shizuoka.jp/fujijikan/sp/kb719c00000008dq.html

ということは、富士山を楽しみに来た観光客は、50%の確率でがっかりしてしまうということです。これが、雲海やオーロラのように「見れたらラッキー」という認識が一般的であれば問題ないのかもしれませんが、残念ながらそこまでの認識は定着していません。このような状況にも関わらず、「山梨県といえば富士山」とPRするのはとても頼りないと感じてしまいますし、もっと言えば観光客に対して誠実ではないとさえ言えます。

富士山は世界に誇る美しい山ですが、それ以外にも山梨には他に複雑な地形がつくる自然や水があり、ワイン、フルーツ、ジュエリーの産地です。東京から近く、軽井沢(長野県)に比べ約半分の距離にも関わらず、別荘地としてのPRもまだ足りないと感じます。

また、富士山についても「見て美しい」「登山」以外の角度からもっと光を当てることができます。そもそも富士山は世界遺産ですが「自然遺産」ではなく「文化遺産」です。それだけ、古来から今に続く文化的、芸術的、宗教的な意味をもっているのですが、残念ながらあまり知られていません。伊勢神宮や出雲大社といえば最近は女子旅の定番なのに、なぜ富士山詣での女子旅はないのでしょうか。登山シーズン以外にも、五合目以下ならトレッキングやダウンヒルも可能です。富士五湖、樹海も富士山の噴火が作り出した神秘的な景色がたくさんありますし、水が豊かなことで発達した織物などもあります。それぞれを単発で紹介するのではなく、富士山を起点に編集することで、富士山という点ではなく、線や面で魅力を語れると思うのです。

②クニナカとかグンナイとか問題
「クニナカ」とか「グンナイ」と聞いてピンと来る方はどれくらいいるでしょうか。
私も山梨に来てはじめて聞いたのですが、山梨県のなかでも甲府盆地などの中心部は「国中」、河口湖などがある富士山の裾野のあたりは「郡内」というようで、要するに地域のローカルな名称です。

(引用:https://yamanashi-jyouhou.net/yamanashi-map/)

山梨に住んでいると、この区別をよく耳にします。それも単なる地域というよりも「そういう風習は国中にはない」とか「どうせ郡内だから」など、どちらかといえば一方を否定するようなニュアンスで聞くことが多いのは気になります。

おそらくこういう言い方はどの都道府県にもあると思います。私は以前福島県にも住んでいたことがありますが、福島だと東西に広いのでそれを縦に3分割して、いわき市などがある海側を「浜通り」、郡山などがある中央部を「中通り」、会津若松などがある東側(内陸部)を「会津」と言います。ただ、福島県は全国でも北海道、岩手県に次ぐ3番目に大きな県です。そうなれば地方によって天候も文化も大きく異なりますし、他県民から見てもそれくらいの区分けは認識しやすいのですが、一方で山梨県の面積は47都道府県中32番目で、福島県の約1/3です。2時間程度あれば県の南端から北端まで行けてしまうくらい小さな県にも関わらず、あちらがどうと言っている場合なのか、というのが率直な印象です。

もちろん、ローカルを大切にする感覚はとても重要です。どんなに狭い単位、例えば町内会レベルでもそこにはある種の文化や地域性があり、それをどうでもいいとは思いません。文化が分かれた背景にも山や川などの地形や歴史的な経緯があったりして個人的には興味があります。ですが、他県の人にとってその地域がイメージできないのでは、PRされても受け入れにくいものです。他県の人から見れば、山梨県は山梨県であり、その単位で説明されないとピンと来ないということをまず理解しておく必要があります。

まして、それぞれのプライドが前にでて、お互いの食文化や名産品を紹介し合わないのは機会ロスです。例えば、富士五湖を要する郡内地方は、シカなどをはじめとする「ジビエ」の習慣があります。これはワインと相性がいいのですが、山梨が誇るワインの産地は主に勝沼を中心とする国中地方で、こちらにはジビエの習慣はあまりありません。そのため、ジビエとワインの組み合わせというのは、最近まであまり発想になかったようで、私が以前勤めていたレストランでその試みをはじめたところ、地元の方にいたく感心されたということがありました。我々としては、純粋に地元の名産品同士の相性がいいので組み合わせただけだったのですが、地元の方にとっては画期的なことだったようです。

③消費単価低すぎ問題
ダイレクトに深刻なのは実はこの問題です。山梨県は、観光客が来ているわりに消費単価が非常に低い。これは言い換えれば、非常に効率が悪いことを意味します。

(観光庁 2016年)

なお、訪日外国人の観光消費単価が43位となっていますが、実はこのデータ、47都道府県中43都道府県の分しか公表されていません。つまり公表されているうちで最下位なのです。ちなみに公表されていない都道府県は石川県、長崎県、大阪府、沖縄県と、どう考えても消費額は高そうなので、47都道府県中最下位と考えても差し支えないと思います。さらに言えば、ひとつ順位が上の熊本県でも12,095円と倍近い単価があるので、どうやら山梨県はダントツの最下位です。

飛行機でわざわざやってくる北海道や沖縄に比べれば、低い順位自体は問題ありません。とはいえさすがに低すぎます。これでは、実際に観光業の現場で働く人たちは、さばいてもさばいても儲からないという状態と言えますし、そのわりに人手だけはかかるという構造ということです。

理由として考えられるのは、まず圧倒的に滞在日数が少ないことです。東京から近いということは、日本人であれば週末や3連休などに手軽に足を運ぶところ、訪日外国人にとっては、富士山を見るためだけに通過点とされていることが想像できます。東京や京都には数日滞在しても、その間の山梨は1泊もすれば十分、という印象になっているはずです。東京から近い分手軽な旅行先という印象が強くなるのはある程度はやむなしとしても、例えば軽井沢は、新幹線に乗れば東京から1時間でいけるにも関わらず、魅力的な高級ホテルがたくさんあり、長く滞在を楽しむのが主流です。滞在日数が短くなるのは、近いからではなく、近いうえに魅力的な滞在先がないことが原因なのです。おそらくこのままではリニアモーターカーができればますます通過されてしまう、静岡県側の富士宮市などが観光に力をいれれば簡単に客を奪われることが想像できます。

次に、客層が学生や若年層の合宿やキャンプ中心になっていることが考えられます。山梨県の観光客の大部分を占めているのが、河口湖に代表される富士五湖エリアですが、東京の大学生なら1度は訪れたことがある、というくらい合宿や卒業旅行の定番になっています。私自身も学生時代にサークルやゼミの合宿で数回来たことがあります。車やバスで乗り合わせてやってきて、民宿に泊まり、テニスやBBQを楽しみ、富士急ハイランドに寄って帰るというのが定番コースでしょうか。彼らの楽しみを否定するつもりはありませんが、残念ながら彼らの消費額は低いですし、もっと問題なのは、彼らに仲間と楽しんだ記憶は残っても、「山梨に来た」という記憶は残らないことです。残念ながら「山梨はいいところだった」と口コミすることも大人になってからリピートすることもありません。最近はキャンプ地としても人気で、アニメのゆるキャン△の聖地になっているキャンプ場がいくつかあります。こちらも個人的には魅力を感じますが、観光消費額という点では残念ながら期待できません。

もうひとつは高額消費につながる名物が少ないという点です。本来、観光業の強みは「その土地でしか買えない、食べられない」という魅力によって、消費者の財布の紐がゆるむことです。けして足元を見よ、というわけではないのですが、例えばブランド牛や海鮮などの高級食材、工芸品など、日常生活の中ではなかなか考えないものも、「せっかくだから」という魔法の言葉で手を出してもらえます。ところが、山梨県には残念ながらそのような名産品があまり見当たりません。本来なら高級品であるはずのワインでさえ、1本2000〜3000円程度で買えてしまいます。良心的といえばそうなのですが、もっと単価を引き上げられる余地はあるのかもしれません。

山梨県といえば、東日本エリアすべての国産ミネラルウォーターのすべての担っているほどの美味しい水の採水地です。自然が豊かで水が美味しいというのは、ある種のインフラが整っていることになります。さらに山梨の県産品といえば、ワインのほかにはフルーツ、ジュエリーなどがあるのですが、いずれも市場としては高額が期待できる分野です。やり方次第では富裕層を取り込み、長期滞在を促すこともできると思います。それには交通インフラの整備や条例の施行なども必要です。

簡単ではないことはもちろん承知しています。ですが、まずはそのポテンシャルを県民が自覚するところからはじめませんか。


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