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過剰な恐れ

この不法投棄の処理はどこの所管かしら
事業系の廃棄物だから産業廃棄物指導課?
それともまだ使える有価物だからごみ減量推進室?
まさか家庭ごみじゃないわよね

#ジブリで学ぶ自治体財政

自治体職員は市民との対話が苦手と言う話を書きましたが、それだけではなく、自治体職員は組織内での職員同士、組織同士での対話も苦手です。
自治体職員はなぜ、組織内での対話ができないのでしょうか。

その大きな原因は、行政組織で顕著に発達した精緻な分業です。
地方自治体は,福祉,教育などのソフト分野から公共施設の整備,維持管理といったハード分野まで文字通り幅広い領域で市民生活を支えていますが、この多岐にわたる業務領域をあまねく漏らさず適正に所掌するため,施策事業の目的ごとに法令等に従って事務分担を定め,組織的な対応を図っています。
業務分担に応じた事務分掌が精密機械のように組み合わせられた自治体組織は,与えられた役割を正確公平にこなすことにかけては非常に効率的にできています。
役所はどんな業務でも、誰が担当しても、間違いなく、均質で偏りのない事務処理を行うのが当たり前。これは自治体職員のほぼ共通の認識です。
市民が期待する行政の無謬性と公平公正性を担保するため、ミスを犯さない均質な業務執行が最優先とされた結果、与えられる仕事を事前に予見できる詳細な役割分担による分業とその処理に係るマニュアル化が進んだというわけです。
しかし、個々の職員、組織があらかじめ与えられた役割を決められたとおりにこなすことはできても、その業務が自分の与えられた役割であるかどうか不明な場合、また処理方法が決められていない新しい業務の場合に、それを引き受けることを極端に嫌う「縦割り」や「たらいまわし」が起こります。
本来は、市民が期待する無謬性や公正公平性、つまりいつ誰が担当しても間違いがなく、手続きや結論に偏りがないという機能を追求した結果、融通の利かない四角四面の組織、職員になっているのです。

こういった問題を解決するために、組織隊組織、あるいは職員同士で情報交換、意思疎通を密にし、柔軟かつ迅速な対応を図っていくことが必要なのですが、それができません。
「これは自分の仕事ではない」「これは自分の仕事だから口を出さないでほしい」と他者との協議を拒絶しそれぞれの殻に閉じこもるタコツボ社会。
精緻な分業が対話のできない組織、職員を生むのはなぜでしょうか。
その原因もまた、市民の行政に対して期待する無謬性と公平公正性にあります。
精緻な分業は、自分の担当する仕事だけ知っていればいい、あるいはよその所属はうちの領域に口を出すなという、組織間、職員間の心情の分断を生んでいますが、それにはちゃんと理由があります。
隣の人の仕事は担当でないから知らないというのは知るのが面倒なのではなく、中途半端に聞きかじった情報で間違った処理をしてしまえば大変なことになるから。
逆に自分の担当する仕事に担当でない人から横やりを入れられるのを嫌がるのも間違いが起きれば自分が責任を取らなければいけないので、責任を取らない傍観者からつまらぬ茶々を入れられることなく、自分ひとりで、自分が責任を負える範囲でやり遂げたいから。
行政組織が常に求められる無謬性と公正公平性に対する重圧から生じる、間違いたくない、間違いの責任を追及されたくないという防衛本能が、いつしか自分の担当する領域の境界線に過敏で、互いの領域に不可侵であることを是とする組織文化が育ち、根付いていったのです。

ここで、間違いを犯さないことは確かに必要だが、なぜ間違いをそこまで恐れるのか、という疑問がわいてきます。
これは私の仮説ですが、自治体組織の中で業務の成果を適切に評価する手法が確立しておらず、職員や組織の業績を減点主義でしか評価できないという側面が影響しているのではないかと思います。
地方自治体は,住民の福祉の増進を図ることがその存在意義であり、営利企業のように売り上げや利益、会社への貢献といった指標で業績を測定することが困難で、昇給や昇任は順送り、横並びを原則としているケースが多く存在します。そういった評価軸の中では、特に何か新しいことに挑戦し顕著な業績があった場合にプラス評価をすることもありますが、どちらかと言えばミスがなかったか、トラブルを起こさなかったかというマイナス評価がないことが結果的に他者との評価における差となることが多く、職員の間でもそういう評価軸で上司や部下、同僚を見る傾向が民間企業よりも多いのはないか、と感じています。

しかし、人はパンのみに生きるにあらず。
自治体職員はみんな、組織内で業績を評価され、昇給や昇任に反映されたいから、杓子定規で四角四面なお役所仕事に勤しんでいるというわけではありません。
恐れているのはやはり、市民からの苦情、クレームそのものです。
市民の不平不満が起こるのは行政の怠慢であって許されないという感覚が骨身に染みついている自治体職員は、可能な限りそれを避けようとする傾向にあります。
それは、純粋に市民の福祉向上に奉仕するのが自治体職員の務めだと信じて疑わない公務員気質によるものなのか、単に市民から怒られるのが嫌だという恐れの感情からくるのかは個人差がありますが、市民からの苦情の声に対し、火に油を注いで炎上させる議会やマスコミの存在もこの恐れの感情を助長します。
また、選挙で選ばれた首長のもとで仕事をしているので、市民からの苦情がボスの首を飛ばすことになりはしないかという過度な懸念、あるいはそういった危惧を抱いたボスやその取り巻きからの重圧というものもあるかもしれません。
前回、自治体職員が市民との対話が苦手な理由を、市民に対する恐れ、不信と結論付けましたが、今回、組織内での対話が苦手な理由もまた、市民への恐れが原因ということになってしまいました。
確かに全体の奉仕者として市民に寄り添うことは自治体職員として当然の責務ですが、市民に対してこれほど恐れの感情を抱くことは尋常ではありませんし、どれほど本当に恐れなければいけないものなのか、市民への恐怖心はそれが原因で起こる組織内での対話不足や市民との対話不足が結果としてもたらす市民の不利益と比較しても優先されるべきやむを得ない感情なのか、我々自治体職員は今一度きちんとこの感情に向き合う必要があるでしょう。

近年では,「縦割り」や「お役所仕事」の非効率を正す行財政改革の嵐の中で公務員の定数削減が謳われ人員が削減された結果,職員の余裕がなくなったことで担当領域に隙間が生じていっそう「縦割り」が進み,職員間,組織間での分担と連携に支障をきたすケースも増えてきています。
また,業務の複雑化,多様化によって職場,職員の専門性が求められ,これに対応するための組織の小規模化,担当の専門化が図られた結果,職場での会話や情報共有が乏しくなり,職員定数の減少と相まって,職場内での情報共有ができない,自分の担当領域がわかる職員がほかにいない,休みたくても休めない,仕事で行き詰まったり悩んだりしても相談できる環境にないといった風通しの悪さにもつながってきています。

今後も職員定数の増加が見込めない中にあっては,職員同士,組織同士での情報共有を密にし,それぞれの抱える事情を理解し,互いに協力し連携しながら適切な分担を図っていくことが必要になります。
これまでの精密機械のような事務分掌による組織運営の文化が染みつき,仕事の押し付け合いやたらいまわし,連携ミスによるポテンヒットなど,職員,組織間での自らの所掌を超えて意思疎通を図ることができずに職務遂行に支障が出るということがないようにしていくために、私たち自治体職員はいかにあるべきか、そうできないのはなぜなのか、各自で胸に手を当てて考えていただきたいと思います。

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