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名は体を表す

みんなよく聞いて
財政課はみんなに嫌われたくて査定をしているんじゃないの
どうやったらそれぞれの現場がうまくまわるか
どうやったら市民の皆さんに満足してもらえるかを一緒に考えたいだけなの
#ジブリで学ぶ自治体財政

今から10年ほど前,まだ私が財政課の係長だったころの話です。
私が担当していた部局が実施する産業振興の取り組みについて,新年度予算の要求段階で随分議論しました。
毎年新しい分野に手を出す一方で,これまでの分野の取り組みを止めるわけでもない,もう少し腰を落ち着けて一点に集中してはどうか,あるいは成果の出ない分野には見切りをつけてはどうか,と意見しましたがなかなか聞き入れてもらえません。
現場はとにかく成果を出さねばならないので可能性のあるものはすべて幅広に取り組みたいとの思いが強く組織内で分野の取捨選択ができないこと,また成果が出ていないのに事業を止めてしまえばこれまでの取り組みは何だったのかという批判を受けることになるのでなかなか見切りをつけきれないこと,など現場なりの悩みを抱えての予算要求でした。

私は当時この部局を3年間継続して担当しており,その3年目ということもあったので私なりにこの3年間を総括し,予算査定で引導を渡すことにしました。
これまで取り組んできたもののうち,成果があったもの,なかったもの,今後成果が見込めるものを評価し,事業継続の可否について「こうしてはいかがですか」と内示したのです。
半分くらいの事業は取りやめという内示でしたが復活要求はなく,振興すべき産業分野の取捨選択の議論は一定の決着をみました。
予算内示の後,この内示で私が中止を進言した事業を担当していた係長さんから“お礼の電話”がありました。
「自分たちではやめるにやめられなかったが,査定で引導を渡してくれたおかげで,組織内でも整理ができた。ありがとう」という趣旨でした。

普段話しにくいことをじっくり話す。
言いにくいことを意見として述べる。
耳触りのよくない話にも耳を傾ける。
予算編成過程にはこういう側面もあります。
組織の中で意見が異なるとき,それでも結論を出さなければいけないとき,財政課が中心になって作る予算編成という名のテーブルは,話しにくいことを話して結論を出す,格好の場です。
自治体の業務のほとんどは何らかの形で予算が関わり,その予算を計上すべきか否かは予算編成の中で必ず議論しなければならないのですから,この場を指定されて「ここで議論しましょう」と言われれば,各部局は逃れることができません。
組織単独で判断ができないとき,関係部署の意見が整わないとき,首長の意見を直接聞きたいときなど,私はよくこのテーブルを使っていましたし,財政局長と各局の局長との議論の場である「復活協議」の場では実際に司会進行を務め,論点を整理しながら落としどころを探る調整役を司っていました。
今思えばそれは,組織内の意思疎通を円滑にし,思いを共有するための「対話」の場で,財政課がファシリテーターの役割を務めていたということだったのではないかと思うのです。

私は人前で自分の経歴を話すときに「福岡市で財政課長を務めていました」と言っていますが,正しくは「財政調整課長」です。
福岡市では,2014年4月にそれまで「財政課」だった組織の名称を「財政調整課」に改めています。
事務分掌規則に掲げる業務内容は特に変えていませんが,課の名前を変えたのはこの年に本格導入した「枠配分予算」の影響です。
枠配分予算の導入は,予算編成に係る権限と責任を財政課に集中させるというこれまでの考え方を改め,各部局の自律的な判断を尊重しつつ,全体最適を果たせるよう部門間の調整を行うことが財政課のミッションだと再定義することであり,そのような再定義が行われたことを財政課自身が自覚し,各部局も議会や市民など外部からもわかるように,当時枠配分予算の本格導入に踏み切った課長の肝いりで財政「調整」課という名称に改められたものです。
私は当時,財政課の係長でしたが,これはとんでもないパラダイム転換だと感じました。
実際のところは,それからしばらくしてこの枠配分予算は行き詰まり,紆余曲折ののちに私が財政調整課長として出戻ってから,さらなる改善,対象拡大が加えられて現在の形になったものですが,当時,導入に踏み切った経緯を課長のそばで見ていたからこそ,それがうまくいかないことに悶々とし,財政調整課を卒業したあともずっとそのことを考え,今に至っています。

「財政課が全てを決めるわけじゃない。決めるのは市長。予算を使うのは現場。」
「財政課は市長が決め,現場が使うための調整をやっているに過ぎない。」
当時,課長はいつもこう言っていました。
施策事業の企画立案から実施までの準備,各方面の調整,そして実際の事業実施に至るすべての局面は現場が握っています。
財政課はその一連のアクションがうまくいくように支援するだけ。
財政課ではなく財政「調整」課に名前を変えたのも,財政課が全ての権限を握り市政を取り仕切るのではなく,事業を実施し市民のニーズに応える主役は現場で財政課は脇役に徹するべきだという,当時の課長なりの哲学がありました。
それから8年経って私が財政調整課長になり,この枠配分予算における各部局の裁量を拡大した現在のスタイルに改めることができたのは,この課長の薫陶を受けたおかげです。
この原体験があったからこそ,私はその後東京財団での研修で対話の魅力に取りつかれ,対話の場づくりの技術としてファシリテーションを体得し,財政出前講座や枠配分予算制度の拡充などを通じて「対話によるコミュニケーション改革」を実践していくことになったのだと思います。

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