見出し画像

発生主義と現金主義

「おじさん,今日もツケでいい?」
「いいよ。きちんと払ってくれるんならね」
「うん。今いくらくらいツケがたまってるのかわからないけど」
#ジブリで学ぶ自治体財政

私がフォローしている「アズマくん@元公務員のコンサルタントの片割れです」さん。
公立病院の経営に携わった公務員時代の経験をもとに公立病院の事務職へのアドバイスを含蓄豊かに綴っておられて,いつも私も刺激を受けていますが,先日こんな記事を拝見しました。


現金出納のみに着目した自治体の単式簿記に慣れ親しんだ多くの自治体職員が人事異動で公営企業の事務局に配置されたときの困惑やそれを乗り越える知識習得の場づくりについてご自身の経験を書かれていて,これはいい取り組みだなあと感心していたところです。

私自身,財政課時代に一般会計と企業会計の違いは理屈として知る機会がありましたが,昨年度1年間福岡市交通局に在籍し,市営地下鉄経営という企業会計の実務を担当し,さらに理解が進みまました。
すべての公務員は簿記の勉強をすべきというとわけではありませんが,自治体財政の何たるかをあれこれ情報発信している立場としては,少なくとも私たち公務員が慣れ親しんでいる現金出納中心の会計手法だけでは財政運営の実態をうまく把握できず,問題が隠れてしまうことがあるということを理解してほしいと思います。

企業会計と現金主義の一般会計の最大の違いは以前も書いた「減価償却」です。
現金出納中心の一般会計では「非現金支出」についての認識が薄く,時間の経過ともに資産の価値が減耗していくという感覚は日常の仕事の中でほとんど認識されません。
それを費用化し経常的にかかるコストとして認識しないことで,1億円で建てた建物がいつまでも1億円の価値を持ち続けると考えがちで,いつかその価値がゼロに近づいたときにその再建にまた1億円かかるという事実を見失わせてしまうのです。(詳しくは過去記事参照)

しかし,今回私がお話ししたいのは「発生主義」。
収入や支出の原因が発生した時点でその収入や費用を認識するという考えですが,実際にお金の出入りが発生する時点で帳簿に記載する現金主義との違いを知らないとどういうことになるでしょう。
財政民主主義の原則により,地方自治体は「各会計年度における歳出は、その年度の歳入をもつてこれに充てなければならない。」と定められ,原則としてある年度に必要な支出の財源は,同じ年度内の収入で賄うことになっていることはすでにご承知かと思います。

このため,年度内の収入と支出の均衡を図ることに長けた現金主義で公会計の制度が構築されていったわけですが,その結果,年度を超えた長期的な債権債務の管理がおろそかになりがちです。
発生主義であれば,将来に支払わなければならない債務が発生した時点で「未払金」などの将来債務として帳簿に記載され,この債務を弁済するための手立て(引当金を費用計上し積み立てるなど)を考えることになりますが,現金主義であれば実際に支払う時点まで帳簿に記載されないためにその債務が認識されず,支払うための手立てがおろそかになることがあります。

例えば民間企業や企業会計では当たり前の退職給与引当金は,地方自治体の一般会計では費用化されておらず,計画的な積み立ても行っていません。
このことが高度経済成長期に採用した職員の大量退職時に問題となり,国が特例的に退職手当の原資に充てることができる公債(退職手当債)を認めることとなりましたが,その償還は退職金支払後の税収等で賄われるため,将来の市民にとっては自らが便益を享受しないコストを負担させられることになりました。
ほかにも,公共施設の大規模修繕費用の計画的な積み立ても行われていませんし,国の大掛かりな補助で短期間に整備した設備や機器等の更新時に,国の補助メニューがなく更新費用の積み立ても行っていないことで,多額の財政負担が短期間に集中するという事例も散見されます。
これらはほんの一例ですが,現金主義による会計管理は年度を超えた資産や負債の管理に疎くなり,将来支払うべき費用が毎年度の予算編成や決算審査で議論されないことで将来の財政運営を悪化させる危険性があるということを公務員の皆さんには認識していただきたいと思います。

複式簿記などの企業会計手法の理解は,民間経済活動への理解につながります。
財政課を卒業してから4年間在籍した経済観光文化局時代には,経済界の方とおつきあいする中で企業経営者が常識と認識している会計手法やコスト意識,キャッシュフローの仕組みを理解していないと,民間企業の経営や社会経済全般について意見交換し,理解し,協業したり支援したりすることが難しいことを肌で感じていました。
公務員の多くが,企業会計のことをわからないのは、全ての民間企業にとって当たり前である経済活動の基礎を知らないことによるもので、それは公務員が井の中の蛙であることの証です。
経済に関する公務員の無理解については以前も書きましたが,その一例として,企業会計のことをわからないことを恥ずかしいと思うまではなくとも、知らなければ経済人と共通の言語、論理で語り、理解し合うことができないということは知っておいてほしいと思います。(過去記事もご参照ください。)

★2021年6月10日出版予定『「対話」で変える公務員の仕事~自治体職員の「対話力」が未来を拓く』web予約受付中。
https://www.koshokuken.co.jp/publication/practical/20210330-567/
★2018年12月に「自治体の“台所”事情“財政が厳しい”ってどういうこと?」という本を出版しました。ご興味のある方はどうぞ。
https://shop.gyosei.jp/products/detail/9885
★書籍を購読された方同士の意見交換や交流、出前講座の開催スケジュールの共有などの目的で、Facebookグループを作っています。参加希望はメッセージを添えてください(^_-)-☆
https://www.facebook.com/groups/299484670905327/
★日々の雑事はこちらに投稿していますので、ご興味のある方はどうぞ。フォロー自由。友達申請はメッセージを添えてください(^_-)-☆
https://www.facebook.com/hiroshi.imamura.50/

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?