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続・対話は社会のインフラ

ここ、水道が引いてあるんだね
いつか誰かが住む時のために
使える状態にしてくれている
ありがたい話だよ
#ジブリで学ぶ自治体財政
 
前回の投稿からほぼ半年も経ってしまいましたね。
公私ともに立て込んでいましたがいろいろと落ち着き、ようやくこちらの方も再開できる見通しが立ちました。
今日は以前書いた「対話は社会のインフラ」というお題について、最近思うことがありましたのでそれを皆さんと共有したいと思います。
 
拙著「自治体の“台所”事情~“財政が厳しい”ってどういうこと」で私は、地方自治体の「お金がない」の正体は「経常的経費の増嵩によって政策的経費に投入する財源が不足すること」と整理しており、その解決策として「スクラップ&ビルド」ではなく「ビルド&スクラップ」、すなわち優先順位の高い政策を先に決め、その優先すべき政策を実現する財源ねん出の手段としてすでに行っている施策事業の見直しを行う、という手法を説いています。
全国を巡る出張財政出前講座でも常に自信満々で説いてきたこの手法ですが、果たして常に正解なのだろうか、という疑念が最近わいてきたのです。
 
私がこれまで実務を担当してきた自治体の財政運営は、福祉、教育、都市整備、文化・スポーツ、経済振興等々、総合商社よろしく多岐にわたる分野でサービスを提供する「一般会計」の世界の話。
収入の基礎である税金をどの分野にどの程度配分し、その財源で何を実現するか、無数の選択肢の中から市民のニーズ実現に近づくものを選び取り、その選択肢に財源投入を集中させることができました。
そのために財源投入を見直し廃止縮小するのは、新たに推進する政策分野に比べて優先順位が低い政策分野あるいは過去に政策決定した施策事業のランニングコスト。
緊急性、必要性に裏打ちされた高いニーズに応えるには、政策分野や施策事業の優先順位付けを行わざるを得ず、また、過去に必要だと判断したものであってもその必要性や効果を検証したうえでの規模縮小もやむを得ないという考え方です。
 
しかし、もともとあれかこれかと優先順位を論じて選択するほど施策事業の幅がない企業会計、特別会計の世界はどうでしょう。
私は昨年4月の異動で水道事業を担当することになり、そのことを痛感することになります。
水道用水の供給という単一事業を水道料金という単一の収入で賄う非常にシンプルな財政構造であるがゆえに、優先順位付けによる施策事業の選択の幅はほとんどありませんし、過去の政策決定のランニングコストである経常的経費は施設整備時点で固定化される減価償却費と日々の水道用水供給に必要な施設の運転経費で、優先順位が下がって見直しの対象になり、その投入財源を縮小できるというシロモノではありません。
施設の老朽化対策、気候変動による水質変化に対応する水質管理機能の強化、そして大規模地震等の災害時にも市民生活を支え続けるための管路の耐震化・複線化など、優先順位の高い施策事業は数あれど、それに比して優先順位が下がるものが見当たらないので「ビルド&スクラップ」にならないのです。
おまけにこの業界は今後、人口減少社会の進展により市場の縮小が避けられず、収入の減少に対して減価償却費や既存施設の維持管理経費などの固定経費との間で収支均衡が崩壊する懸念があり、全国の同業者が同じ悩みを抱えています。
そんな窮状を「ビルド&スクラップ」で乗り切れという私のこれまでの論には説得力がなく、仮に取り組んでみたとしても単一事業で閉じられた独立採算の世界では焼け石に水で抜本的な解決策にはなりません。
私の講座に参加し、あるいは私の本を読んでいただいた皆さん、この論理の欠落を見逃していた私をお許しください。
 
とはいえ、我が水道業界のこと、というわけではありませんが、あれかこれかではなく単に縮小していくジリ貧の人口減少社会のことを書いたことがあります。


限られた財源の中での政策選択にせよ、市民負担を伴う増税にせよ、その実現には納税者であり行政サービスを享受する客体としての市民の理解なくしては実現できません。
しかし、地方自治体は今、市民の十分な理解を得るためのコミュニケーションができているでしょうか。
行政運営に関する基礎的な理解も信頼も乏しい市民に既存の行政サービスの削減や増税による市民負担増を求めたところで納得や共感が得られるはずがありません。
財政的な制約の中で市民の理解を得て自治体運営を行うには、市民が社会経済情勢や自治体の財政状況に関して正しく理解し、その中で結論を選び取る議論に当事者として参画し、自分事として結論を出す過程が必要です。
人口減少という「既に起こった未来」で目前に迫る苦渋の選択が避けらないという現実を見据えれば、コロナ禍という未曽有の災厄を経験し、将来に向かって危機意識を共有できる今こそ、小手先の人口減少対策や目先の財源確保ではなく、自治体と市民、議会、あるいは市民同士で十分に情報共有と意思疎通を図ることができる「対話」の場づくり、苦渋の選択を乗り越えることができる意思疎通の環境整備こそが、最も求められているのではないかと思います。
 
そこで冒頭のタイトル「対話は社会のインフラ」の出番というわけです。

 「対話」は道路や上下水道,あるいは通信ネットワークといった社会資本と同じ。
その社会に暮らすすべての人が,いつでも安心して安全に使えるようにあらかじめ整備されていて,そこに暮らす人は普段その存在を当たり前のように感じ,それを活用するという意識を強く持ってはいないものの,それがないととたんに困るもの,といった感じでしょうか。
きちんと整備され,使えるようになるまでは誰かが汗をかかなければならないけれど,使えるようになり,それを使う人が増えれば,世の中は一変し,格段に暮らしやすくなる,それが社会のインフラたるゆえんです。
「対話が社会のインフラ」であるという言葉は,誰もが使えるようにあらかじめ整備されているイメージがありますが,自然にそこに存在するわけではなく,必要だと叫んでも誰かがすぐにつくって与えてくれるわけではありません。
本当に必要な時期にそれが使いやすい状態で足元にあるためには,自分たちで汗をかき,あらかじめ備えておく必要があります。
しかもせっかくきれいに整備しても,メンテナンスを怠ればすぐに使えなくなってしまいます。
そしてそのインフラを整備することも維持することも,公共財としてそれを使う,そこに暮らす者たちが等しくその義務を負う。
「対話が社会のインフラ」という言葉は,そんな意味まで持っている,とても含蓄のある言葉だと思います。
社会インフラの整備,維持管理のプロである私たち自治体職員にとっては,言いえて妙なこの例えがとても心に響くのではないでしょうか。
 
この記事は私が水道業界に身を置く直前に書いたもので、いわば現在の私に対して過去の私が出したキラーパス。
自治体と市民、議会、あるいは市民同士で十分に情報共有と意思疎通を図り、苦渋の選択を乗り越えることができるための環境として「対話というインフラ」を整備することが必要なのだと、私自身が言っています。
そしてそれは、自然にそこに存在するわけではなく,必要だと叫んでも誰かがすぐにつくって与えてくれるわけではなく、本当に必要な時期にそれが使いやすい状態で足元にあるためには,自分たちで汗をかき,あらかじめ備えておく必要があるとまで言い切っています。
人口減少という逃げ道のない隘路が見えているからこそ、私たちはその行き止まりにたどり着く前に、きちんと「対話というインフラ」を整備しておかなければなりません。
料金値上げやサービスの縮小と言った都合の悪い話を切り出すタイミングで今更「対話」など始められるはずはなく、大事なのは、そんな深刻な状況に陥る前に腹を割って本音で語り合える関係性を築くこと。
それが市民と行政を「対話」の架け橋でつなぐ公務員=「まちのエバンジェリスト」の役割だと改めて思った次第です。
 
★2018年12月『自治体の“台所”事情“財政が厳しい”ってどういうこと?』という本を書きました。
https://shop.gyosei.jp/products/detail/9885
 
★2021年6月『「対話」で変える公務員の仕事~自治体職員の「対話力」が未来を拓く』という本を書きました。
https://www.koshokuken.co.jp/publication/practical/20210330-567/
 
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