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協働が育てるもの

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そのかわり少し勉強もしてもらうけどね
#ジブリで学ぶ自治体財政
 
「尼崎市では、市が行っているすべての事業について民間の事業者、NPO等からの委託提案を募集しています。」
令和6年5月30日に投稿されたFacebookでのこの話題が、自治体職員界隈でバズっています。

この書きぶりからは、市がやっている事業を全部民間に丸投げするかのような印象を持ちますがそうではありません。
これは尼崎市が行っている市民提案制度において民間事業者、NPO等からの提案を受ける対象事業を特に定めず、すべての事業領域の提案を受け付けますよ、という意味です。
尼崎市市民提案制度令和6年度提案募集

この取り組みを見て、皆さんはどうお感じでしょうか。
市のやっていることを、領域を限らずすべて民間委託の対象とするということにどんな意味があるのか、それは市民の利益になるのかならないのか、自治体側にとってのメリット、デメリットはどこにあるのか、皆さんと一緒に考えてみたいと思います。
 
まず、自治体がやっていることを民間事業者やNPOに委託するということ自体はどの自治体でも幅広く行われていることで、自治体の事務事業は、法令で禁止されていること(例:徴税や行政処分の決定などの公権力の行使等)でなければ、適正な対価を払えば公平公正な選定手続きを経た相手方に委託することができます。
専門性の高い人材や事業に必要なノウハウ、ネットワークを有する事業者、NPOに委託し、その知見を活用することで、自治体職員が直接事業を実施するよりも効果的、効率的に実施できる場合には、これまでも積極的に民間委託という手法が採られてきたところですが、その背景にはお役所仕事と揶揄される形式や手続きに囚われた非効率な事務、収益性や費用対効果といった経営感覚の欠如した事業運営が国民、市民から批判され、その改善改革のために、「官から民へ」の大号令のもと、行政で行っていることを効率性、効果性の観点からなるべく民間でできることは民間にゆだねようという流れがあり、その根底には行政の非効率性への変革意識がありました。
 
しかしながら、自治体に対する信頼(裏を返せば民間への不信)から公的サービスの担い手は自治体職員であってほしいという市民からの要請も強く、またすべての領域で民間が優れているわけではないことから、なんでも民間に委ねればいいというものではない、という軌道修正がなされて生まれたのが、公的セクターと民間セクターが互いの持ち味を生かし、得意な分野を分担して受け持ち互いに連携することで、より効果的、効果的な行政運営を行おうとする「官民協働」という概念です。
行政運営や公的サービスの提供を自治体やその職員だけ担うのではなく、より多くの市民、民間事業者と「協働」していこうという動きは、20年ほど前から全国で見られる動きで、契約の形態は委託であってもその内容、仕様、要求水準などの詳細については一方的に発注者である行政の側で決めたものを押し付けるのではなく、官民双方が協議し互いの持ち味を生かす提案などを受けながらケースバイケースでよりよい枠組みを構築していく共同作業になります。
特に尼崎市では、この官民協働を推進するうえで「市民提案制度」なる仕組みをすでに創設し、運用しておられます。
私も福岡市で、尼崎市と同様の市民提案による共働(福岡市ではこのように表記しています)事業推進の制度創設に関わりましたが、協働のパートナーとして民間事業者だけでなく市民を加えることにどのような意味があるでしょうか。
自治体職員が行っていることを委託などにより民間事業者に任せる場合、一般的には民間企業としての経営感覚や専門性を有する業者の特定の事業領域の知見、ノウハウの活用による事業の効果的、効率的実施を期待しますが、これを「市民との協働」という概念に押し広げた場合、別の概念が現れます。
 
それは「当事者としての目線」です。
市民はすべからく行政が提供するサービスのユーザー、当事者です。
ユーザーとしての当事者目線でより良いサービスを想起し、その実現について提言することができるのは行政の外側にいてサービスを受ける立場の市民ならではの優位性でしょう。
しかし一方で、ユーザーとしての当事者目線でやみくもにあれが欲しいこれが欲しいと言ってみたところで、限られたお金とマンパワーではできることに限りがあります。
つまり、「市民との協働」の名のもとに当事者目線を事業運営に取り入れ、きめ細やかなサービスを企画実施するためには、当該事業に協働で参画する市民、事業者がその事業の目的や達成すべき成果の概念、あるいはそのために割くことができる経営資源についてきちんと理解せねばなりません。
市民と行政が「共働」するためには、まず事業に必要な情報や外部環境について「共有」し、その上で何を目指すか、そのために官と民でどう役割分担し連携すべきか、互いの立場や長所短所を知り、同じ方向を目指すパートナーとして認め合う「共感」が不可欠です。
「市民との協働」は、市民にとってみればそのサービスを受ける当事者としての目線を取り入れることによって事業がよりニーズに寄り添ったきめ細やかなものになることが期待できますが、自治体側にとっては単により良い担い手に委ねることでの単に効果的、効率的な事業実施を目指すだけでなく、協働の過程で市民をサービスを提供する側、自治体を運営する側の当事者として取り込み、行政が抱えている課題や制約条件についてもジブンゴトととらえてその解決策を一緒に考え、ともに必要な行動をしてくれるパートナーとしてのご縁を結ぶための取り組みでもあるのです。
 
尼崎市は、この「市民との協働」のためにもう20年近い時間をかけて様々な取り組みを進めてこられたようです。
その結果、行政と市民が互いの持ち味を生かした分担、連携の成功事例を積み重ねてきたことで、情報の共有や互いを認め合う共感についてずいぶん職員にも市民にもその理解が浸透してきたのでしょうね。
だからこそ、特定の事業分野に限らずすべての行政領域において市民と情報を「共有」し、互いにパートナーとして認め合う「共感」ができる関係性を持てると確信し、今回の「市が行っているすべての事業について民間の事業者、NPO等からの委託提案を募集」につながったのでしょう。
この取り組みを実際に進めていくには、市民が何らかの提案を行いうるように事業の目的や目指す成果、そして現在の取り組みや課題について、市民と忌憚なく対話し、事業の背景から現状、関係者の思いまで共有できるよう、事業担当課で整理し、明らかにする必要がありますし、この市民共同提案制度を所管する所属において提案する市民・事業者と事業所管課との対話を橋渡しする仲人のような役割を担い、職員、市民双方の協働マインドの醸成など、その環境を整える必要があります。
それができているからこその今回の公募であろうと推察しますし、そうあってほしいと願っています。
 
協働で一番大事なのは、何をするか、どうやって課題を解決するかというactionの部分ではなく、何が課題か、どういう状態を目指すのかというpurposeの部分。
そこを腹を割って共有できなければ上滑りになってしまいますから、そうなっていないかという点はよくウォッチしていきたいと思いますし、そもそも市民との協働が単に行政サービスの効果的、効率的な実施のみを目指すものではなく、市民が行政運営の当事者、パートナーとして自治体組織、職員とともに考えともに行動していくことができる風土、文化を育てていくことに目的があるのであれば、行政のすべての領域で協働の門戸を開く尼崎市の取り組みが、尼崎の市民生活に何をもたらすか、尼崎市の行政運営をどう変化させるのか、それが他の自治体にどう波及していくのか、引き続き注目していきたいと思います。

★2018年12月『自治体の“台所”事情“財政が厳しい”ってどういうこと?』という本を書きました。
https://shop.gyosei.jp/products/detail/9885
 
★2021年6月『「対話」で変える公務員の仕事~自治体職員の「対話力」が未来を拓く』という本を書きました。
https://www.koshokuken.co.jp/publication/practical/20210330-567/
 
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