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できなかった理由

少し古いが手を入れればまだ十分住めるって
いやいやもうここに金はかけないよ
仕事もないし学校も病院もスーパーもない
若い奴らが帰ってこなければ捨て金になるからな
#ジブリで学ぶ自治体財政
 
能登地震発災から1か月経ちました。
被害の全貌が明らかになる中で今、注目を浴びているのが私たちの生活に欠かすことができない「水」を運ぶ水道復旧の遅れです。

この記事では、激しい地震で水道設備が広範囲に被災した要因として被災地での水道管耐震化の遅れを指摘しています。
国は自治体の水道管耐震化を進めるためにその費用の最大3分の1を負担していますが、耐震化には自治体の支出も必要で、その分は水道料金に跳ね返ります。
人口減少が続く能登地方は既に他自治体よりも料金が高い市町が多く、負担の大きさを懸念して工事が進んでいなかったとこの記事では分析されています。
こうした背景を踏まえ、この記事では、人口減少で住民、自治体での費用負担が難しくなる地域での耐震化推進のため、国がさらに負担する必要性を指摘する専門家の意見を取り上げています。
皆さんはどうお感じでしょうか。
 
この意見、書いていることは正確なのですが、財政を長くやっている私がいつも引っかかるのが「その費用はそもそも誰が負担するのか」「その費用負担の可否は誰がどういう考え方で決めるのか」という問題です。
水道管の耐震化は国が3分の1を負担する枠組みですが、残り3分の2は水道事業を行う地方自治体が負担し、その負担は原則として水道料金に転嫁され、水を使う住民がその使用量に応じて負担しています。
しかしながら、水道という社会基盤はその整備普及が広く住民の福祉向上に資することから、その整備費用を水道料金だけに転嫁するのではなくその自治体の一般財源すなわち市税などほかの施策事業にも活用できる財源を充て、水道料金への転嫁を軽減することができる仕組みになっています。
 
この一般財源からの充当は一般会計から水道事業会計への繰出金として支出されますが、その範囲や充当率は毎年総務省が定める繰出基準によるほか、自治体の裁量でも決めることができます。
さらに言えば、総務省の定める基準に基づく繰出金のうちの一定額は地方交付税の基準財政需要額に算入され、交付税措置を受けることができるので、都市部と過疎地域での財政力の不均衡はこの措置により一定程度均されているということも加味しなければなりません。
従って、耐震化に要する経費が捻出できないのは一概に料金への転嫁が難しいという理由だけではなく、自治体全体の財源状況や施策の優先順位を考えたときに、他の施策事業に充てている財源を水道施設の耐震化に回すことを選択しなかった、という自治体の経営判断そのものに起因する側面もあると私は思うのです。
 
もちろん、過疎の進む能登半島の自治体において施策事業の充実に充てられる財源が潤沢にあったわけではないという事情は推察できます。
そこで気になるのが「国が負担すべき」という意見。
ある特定の施策の経費を当該自治体が負担できないので国が負担すべきという考え方は、その自治体の住民が支払う税や料金でその施策事業の経費を賄えないので国全体で負担を分かち合うべきだということですが、国が負担するということは私たち国民が収めている税金その他国民が国から徴収されている何らかのお金を財源とし、国民全体が薄く広く負担することを意味します。
国が負担するからといって、私たちの懐が全く痛まないわけではありません。
 
地方が行う事業への国の負担を増やすために国がどういう手立てをとるかといえば、限られた財源の中でどこかの分野の施策事業を減らすか、あるいは国債を発行して将来世代にツケを回すかのどちらかでしょう。
一時期議論された防衛増税のように、特定の施策事業の費用を賄うために増税するということはほとんど行われません。
今、異次元の子育て施策の財源として社会保険料に上乗せして徴収する「子ども・子育て支援金」の議論が始まっていますが、そもそも異次元の子育て施策とは何か、その施策充実のために国民一人当たりいくら負担することになるのか、ということをわかりやすく議論できるうえでは、財源と施策をセットで論じるという方法自体はよいことかもしれません。
 
こういうわかりやすい1:1のバーターでなくても、ある施策の充実が他の施策の縮小につながれば、縮小される施策の恩恵を受けてきた国民が、あるいは借金で賄って将来世代にツケを回す場合には将来の国民が、何らかの負担を課されることになります。
いずれにせよ「国が負担する」は自分ではない誰かが代わりに負担してくれるのではなく「私たち国民が広く薄く負担しましょう」という意味だということを理解しておきましょう。
自分が肩代わりしてもらう時もあれば、自分が肩代わりすることもある。
財布はひとつしかありません。
地方自治体が行う水道管の耐震化に対して国が行う支援を充実するには、国全体の財源状況や施策の優先順位を考えた施策選択、あるいは新たな国民負担(借金による将来への負担先送りを含め)をしてでも耐震化を推進するという、国家としての経営判断が必要なのです。
 
では私たちは今回の能登地震での被害を教訓として、人口減少地域における水道管の耐震化をどのように進めていくことが望ましいでしょうか。
あるべき姿として、水道管の耐震化が進み安心して住民ができる生活環境が整うことが理想だというのは皆さん疑うことがないでしょう。
ではなぜそれがこれまで実現できなかったのかをもう一度よく考えてみてほしいのです。
お金があればできたが、お金がなかったと言いたいところですが、本当はお金がなかったのではなく、自治体も国も他の施策にお金を回したので、こちらに回す余裕がなかったということ。
他にお金を回したのは、他の施策を優先したからということですよね。。
それは誰がどういう過程で、どういう前提条件で判断したのでしょうか。
それぞれの自治体ではどう議論され、誰がいつ判断したのか。
国はいつから問題を認識し、どういう検討、議論をしてきたのか。
その部分を紐解き、耐震化を推進すると判断できなかった理由を払しょくしない限り、この取り組みは進みません。
 
同じような話として、能登地震で被災した家屋の大半が昭和56年から施行された新耐震基準を満たしていなかったことが倒壊被害が大きかった原因だという報道が複数ありましたが、その背景にあるのが過疎化です。
都市部においては、世代交代や売買などの過程で家屋の建て替えが適時行われ、その時点での基準に適合した建築を行うことで新耐震基準に合致した建物へと更新されますが、過疎地においては代替わりが行われないまま古い家屋にそのまま居住することが多く、国や自治体により耐震化助成の制度があったとしても、若年層が流出するなかで、自分たちが生きている間持てばよい、わざわざお金をかけていつ起こるかわからない大規模地震に備えるという意欲がわきづらい、というのは想像できます。
最近の報道では、新耐震基準を満たしている建物でも倒壊しているという調査結果が明らかになり、国においてこの基準の見直しにも着手されるようですが、見直し後の基準での補強や建て替えを行うにしても、後世にこの建物を残し、集落やまちの暮らしを持続可能なものとして遺したいという住民の意欲がなければ進むはずがありません。
 
行政の施策拡充を謳うのであれば、それは誰のお金ですることが適切なのかを考えたうえで、そこに今までお金がかけられなかったのは、誰のどういう判断によるものなのかを見定め、その判断を覆すために必要な事業環境の整理をきちんとすることが何よりも重要です。
水道管の耐震化の遅れが人口減少による住民、自治体の過重負担に起因するのであれば、過疎化による将来への投資意欲減退が原因で家屋の耐震化が進んでいなかったのであれば、この地震を契機に行うべきは耐震化そのものではなく、まずは過疎化による人口減少への対応です。
人口を増やすという短絡的な話ではなく、少子高齢化が進む中でもまちや集落の暮らしを将来にわたって持続可能にするための住環境・コミュニティの維持改善と産業振興・雇用創出に実効性のある施策をどれだけ打ち出し、しっかり推進できるか。
被災された方々の短期的な生活支援、再建は急務ですが、並行して中長期的なまちづくり、地域振興についての議論が早く始まってほしいと思いますし、そこに全国から知恵や技術、マンパワーを投入し成功事例を創ることが、過疎に悩む他の地域の力にもなります。
能登地震をどう乗り越えるかというのは、過疎、人口減少という問題に自治体レベル、国レベルのそれぞれでどう抗うか、そのためにどういう資源配分を行って施策の選択と集中を図っていくか、という、私たち自身に突き付けられた、必ず解かねばならない今日的命題だと私は感じています。
 
★2018年12月『自治体の“台所”事情“財政が厳しい”ってどういうこと?』という本を書きました。
https://shop.gyosei.jp/products/detail/9885
 
★2021年6月『「対話」で変える公務員の仕事~自治体職員の「対話力」が未来を拓く』という本を書きました。
https://www.koshokuken.co.jp/publication/practical/20210330-567/
 
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