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政策を実現する力とは

私に異を唱えるのは
私を選んだ市民に歯向かうこと
私に従えないのなら
その首を差し出してもらおうか
#ジブリで学ぶ自治体財政
 
先日の東京都知事選の結果、広島県安芸高田市の市長だった石丸伸二氏が無党派層の票を集めて大善戦し、当選した現職知事小池百合子氏の対抗馬と目されていた蓮舫氏を押さえ、2位の得票であったという事実は各方面に驚きを与えました。
確かに石丸氏は、安芸高田市長時代には舌鋒鋭く議会との論戦を構え、彼が改革しようとする自治体運営の悪弊を是正していく様を自らSNS等で発信して世間の関心を集めていましたが、まさか人口3万人にも満たない中国地方の小規模自治体の首長、しかもその1期目の任期を全うすらしていない彼が人口1400万人を擁する日本の首都、日本最大の地方自治体の長に相応しいと票を投じる有権者がどの程度いるのか、私自身は大変懐疑的でしたのでこの結果に驚愕しています。
彼がこれだけの票を獲得したことを以て、ネット時代の選挙の幕開けだと評価する方もいれば、安芸高田市時代の議会との対立や選挙期間、選挙後におけるマスコミ等との論戦に臨む立ち居振る舞いから、首長としての適性を疑問視する方もおられます。
個人的な意見を言わせてもらえば、私自身は石丸氏が当選していたとしても東京都知事として思うように仕事ができたとは思いません。
しかし、今回の選挙では知事になることを期待するたくさんの票を集めることができました。
そこで私が感じたのは、有権者が地方自治体の首長を選ぶ基準、期待する姿と、地方自治体の中で職員として働く私の期待する首長像とのギャップでした。
 
普通に考えれば、選挙の争点は何をおいてもまず「公約」です。
当選したらこんなことをやります、こんな未来をお約束します、と候補者は将来めざすまちの姿を示し、その実現に期待する有権者の票を獲得しようとします。
有権者はその「公約」が自分の期待する将来像に一致するかどうかを判断基準として票を投じているというのが一般的な考え方です。
しかし地方自治体の中で30年以上実務者として働いてきた私からすれば「公約」だけで選ぶことはおススメいたしません。
何を実現したいかということも大事ですが、それと同じくらい、あるいはそれ以上に大事なこと。それはその公約で掲げた政策の「実現力」です。
いくらバラ色の未来を掲げて有権者の歓心を買い当選したとしても、それを実現する力がなければ絵に描いた餅、有権者の心はすぐに離れてしまいます。
有権者も馬鹿ではありませんから、各候補者の公約だけでなく、その候補者がちゃんと実現する力があるかどうかも見定めようとしているとは思います。
しかし有権者はその実現力の見定めに当たり、どのような判断材料を集め、何を根拠に政策を実現する力があると見定めているのでしょうか。
 
自治体の「中の人」なら実務で体にしみこんでいることですが、いわゆる「政策」が「施策」「事業」となって実施され、「政策」が掲げている目標を達成するまでは実に多くの過程を経ることになります。
「政策」がターゲットとする社会課題を事実として把握し、その改善を願う市民がどの程度いるか、どのような改善後の姿を望んでいるかを情報収集し共有することで初めてその政策の「目指す姿」を市民と共有することができます。
そのうえで、その「目指す姿」を実現するための方策として、地方自治体が社会に働きかけて与えるインパクトが「施策」、そのインパクトを与えるために予算やマンパワーをかけて具体的に行うのが「事業」です。
「施策」「事業」の構築に当たっては、その手法を採用することで社会にインパクトを与え、市民と共有した「目指す姿」を実現できる道筋が論理的に構成されいるか、その実現の妨げとなる社会環境はないか、関係者の協力は得られるか、法的に問題ないか、投じる費用やマンパワーと比較して効率的な手法となっているかなど、期待する成果を得るために最適な手法となるよう実務的に詰め、その実現手法の妥当性について、議会での予算審議などでの検証、チェックを受けることになっています。
いくら首長が選挙で掲げた公約だからと言って、その社会課題の実態を調査もせず、目指す姿を市民と共有もせず、最適な手法がどうかを議会でチェックもしないで何か始めたところで、それがうまくいくはずもなく、うまくいったと評価されるはずもないのです。
 
この長い長い政策実行過程を最後まで滞りなく進めることができるために必要なスキル、ノウハウが「実現力」ということになるわけですが、これだけの道のりを最後までは走り抜けるために必要なものは何でしょうか。
多様な背景、価値観を持った有権者の声に耳を傾け、その中からより多くの人が求めている政策課題の解決に着目し、その「目指す姿」を市民と共有する。
さらに、この「目指す姿」を実現するための具体的な手法、手段にまでブレイクダウンするためには、実務者としての職員に職務として指示し、動かさなければいけませんし、事業推進への協力を得る、あるいは支障となる環境を改善するための関係者の同意も必要です。
そしてこれらの検討を踏まえて選択した手法が最適であるとのお墨付きを与えてゴーサインを出す議会での合意形成、これがあって初めて地方自治体の政策は施策事業として動き出す。
これらのプロセスで必要なのは自分と意見の違う人を論破して従わせる力ではありません。
必要なのは「対話と傾聴」を基本とした「対人関係構築力」。
市民、議会、職員といった多くの人を巻き込み、賛同を得ながら進めていくためには、自分が正しいと主張すること以上に他人の意見に耳を傾け、その相違点を埋めながら互いに納得ができる合意点に導く技が必要になってきます。
選挙は公約ではない、人柄重視だという人がいます。
公約で何を掲げているかよりもそれを実現できるかどうかを見定めるなら、私もどちらかといえば人柄かなと思うのですが、それは先に申し上げた「対話」や「傾聴」ができる人、対人関係をきちんと構築できる人であれば、多様な市民の意見相違を乗り越えて市民と目指す姿を共有し、幾多の困難を乗り越えてそこにきちんとたどり着く施策事業を実施し、市民が求める成果を出してくれる、そう思うことができるからなのです。
 
しかし首長として求められる資質が公約の「実現力」であるにもかかわらず、その「実現力」が「対人関係構築力」ではなく「論破力」や「ぶれないメンタリティー」と考える人が多くなっているのは、私たちが暮らす社会の基礎となっている民主主義そのものの理解が本来の趣旨と異なってきているということなんだろうと危惧しています。
「現職を倒し、旧態依然の既得権益を打破する」とかいうかっこいい理想を掲げる選挙の場合、既存勢力と戦う攻撃力を持った候補者を選びがちですが、戦いによって勝者と敗者を明確に分け、勝者が正義、敗者が悪との論理で両者を分断し排除していくことは、民主主義の正しい姿ではありません。

多数決はときに暴力的です。
多数であることが「正しい」こととされ、その結果多数派は、少数派の意見をその意見を持つ者が少数であるがゆえに「間違い」であるかのように取り扱い、少数派を蔑んだり、その場から排除したりすることがあります。
両者は意見が違うだけで、多数決は「正しい」か「間違い」か、を決める方法ではないのに、です。
民主主義は、すべての人が平等に扱われる権利を有していることが前提です。
多数決の結果多数であったから、少数派よりも優れているわけでは決してない。
多数派は、自分たちの意見が常に世の中の主流として取り扱われ、少数派の意見がなかなか採用されない現状を見て、それが自分たちの「正しさ」を証明するものだと感じていますが、それは誤り。
むしろ多数派の権力はその陰に圧殺されている少数派の犠牲と信託のうえに成り立っていることを自覚し、可能な限りその犠牲に敬意を払わなければならない。私はそう考えます。
 
既存勢力と戦う攻撃的なリーダーを求めるのは、そのリーダーのもとで自分たちが多数派を構成し、その攻撃力によって自分が守られたいという不安の証。
それは現状を肯定してその中に安住し、異なる意見、価値観を排除しようするする既存勢力の論理と同じです。
しかし、私たちは社会の中で他人とのかかわりを排除して生きることはできず、また、他人と自分の利害関係、価値観は常に一定ではなく、社会の中で多数派となるか少数派となるかも常に変化しています。
その中で常に勝者であることを目指し、多数派の中に身を置き続け、自分の安心安寧を担保することなんてできっこありません。
そのような中にあっては、常に勝ち続けるリーダーではなく、常に周囲との調和を図り、良好な関係を保ち続けることができるリーダーでなければ、多様な背景と価値観を有した市民の声を聴き、それを政策に反映し施策事業として実施する自治体運営は不可能です。
また、私たちが社会の多数派であろうと少数派であろうと、取りこぼされることなく安心して暮らしていくためには、排除ではなく融和を大切にする人間関係構築力を持ったリーダーが必ず必要です。
そのことが役所の外でなかなか理解されず、今回のような選挙結果になったのは、公約として掲げた政策が実現に至るまでどのような過程を経るのか、その中でリーダーである首長がどのように関わり、そこでどのような能力が発揮されているのか、について私たち「中の人」の情報発信が足りていないってことなんですよね。
 
「中の人」の責務については以前こんな記事を書きましたが、今回の件で得た気づきも加えて肝に銘じたいと思います。

 ★2018年12月『自治体の“台所”事情“財政が厳しい”ってどういうこと?』という本を書きました。
https://shop.gyosei.jp/products/detail/9885
 
★2021年6月『「対話」で変える公務員の仕事~自治体職員の「対話力」が未来を拓く』という本を書きました。
https://www.koshokuken.co.jp/publication/practical/20210330-567/
 
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