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借りたお金を返すのは誰

「さあお食べ。お前たちが食べたいものを準備したよ」
「たくさんのごちそう、どうしたの?お金がないんじゃなかった?」
「お前たちで少しお金を借りて立て替えておくれ。あとで私が払うから」
#ジブリで学ぶ自治体財政

前回は制度の解説ばかりであまり面白くなかったかもしれませんが、今回はさらにマニアックに攻めて行きます(笑)
地方自治体の財源不足を国が補填する「地方交付税」の仕組み。
とっても良くできた制度なのですが、すべての自治体に対して必要な基準財政需要額(地方自治体が合理的かつ妥当な水準において地方行政を行う場合に要する経費)を用立てようとした際に、その財源である国税及び地方税が不足する場合にどうすればいいのか、というところで前回は終わっていました。
その答えが「臨時財政対策債」です。

臨時財政対策債は国が算定する各自治体の基準財政需要額と基準財政収入額の差額に対して配分する地方交付税の原資が不足した場合に、その不足額を補てんするため「各地方公共団体が特例として発行する地方債」です。
国は赤字を埋める借金ができるが地方自治体は社会資本整備以外の借金は原則としてできないと以前ご説明しましたが、臨時財政対策債はその例外です。
臨時財政対策債は、本来地方交付税の原資として現年度の税収で国が用立てるべきところを税収不足で準備できない代わりに特例としてその不足分を各自治体で借金してよいことにし、その元利償還金相当額について全額を後年度地方交付税の基準財政需要額に算入することで、その各自治体が行う借金返済に合わせ各年度の地方交付税で国から地方に割賦払いするという仕組みです。
令和2年度においては地方交付税16.5兆円に対し臨時財政対策債発行可能額として地方に割り当てられた額は3.1兆円、つまり本来地方交付税として国が準備すべき額の2割弱を国の代わりに地方が借金して肩代わりすることになっています。
本来地方交付税として国が地方に支払うべき額のうち臨時財政対策債に振り替えることとする額は国が割り当てますが、その割合は一律ではなく財政力指数が良好な自治体すなわち財源が比較的豊かな自治体に多く割り当てられます。
福岡市の場合令和2年度の普通交付税決定額322億円に対し、臨時財政対策債発行可能額292億円となっており、地方全体では2割程度の配分であるのに対し、福岡市は財政が比較的豊かだという理由で本来地方交付税として現年度に国から交付されるべき金額のほぼ半分がいったん自分で借金してから後年度に国から割賦で補填を受けることになっているのです。

「臨時財政対策債はそんなに悪い仕組みではない」「国から地方に必要なお金を届けることができないので、地方がいったん借金して肩代わりをするが、代わりにその返済原資は後年度に国が負担するから地方自治体は損しない」そんなことをいう人もいます。
確かに国は肩代わりした借金を踏み倒したりはしないでしょうが、後年度に臨時財政対策債の償還に合わせて各自治体に配分される地方交付税の原資はその年度に徴収される国税の一部であり、臨時財政対策債の元利償還分がなければ現年度の基準財政需要額として配分可能なお金です。
今、我々地方自治体が国から交付される地方交付税の不足分を借金で肩代わりすることは、将来の地方交付税の原資を先食いすることになるのです。

臨時財政対策債は、その名の通り2001年度に国が地方に配分する交付税原資の不足額解消のための「臨時」的な手法として措置されましたが、約20年経った今も制度は存続し、その残高総額は53兆円で地方財政全体の債務残高189兆円の約3割を占めるに至っています。
https://www.soumu.go.jp/main_content/000671434.pdf
国もこの事態を看過することはできないため毎年度臨時財政対策債への振替額を可能な限り圧縮しようと努めていますが、地方自治体の基準財政需要額を満たす国税、地方税双方の税収と地方自治体の運営に係るコストがなかなか均衡しないことから、臨時財政対策債への依存は今後も続くものと思われます。
将来も税収と需要額の不均衡が続けば、臨時財政対策債の元利償還分は交付されても、それ以外の基準財政需要額そのものが算定基準の切り下げや調整を受けて減らされ、将来の市民が受け取るべき財源に穴をあけることも懸念されますが、財源不足を抱える多くの地方自治体では臨時財政対策債発行可能額として割り当てられた額について借金をしないで自治体を運営することが不可能になっている現状からすれば発行はやむを得ないものとなっているのです。

前回も書いたように地方交付税の仕組みは素晴らしくよくできていて、税収の少ない自治体でも標準的なサービスを提供するのに必要な財源を国が保障し、そのおかげで私たち国民は全国どこにいても同水準の行政サービスが受けられるのですが、それは将来の国民の税金の先食いに立脚したシステムに支えられているのです。
ただ、私が一番怖いのは、この仕組み自体、臨時財政対策債という魔法の杖まで含めて、自治体単独でこのリスクを冒す判断をしているのではなく、国が地方全体のメニューとして示してくれているものを活用しているだけという、地方自治体自身の当事者意識の希薄さです。
冒頭に書きましたが臨時財政対策債はあくまでも「各地方公共団体が特例として発行する地方債」であって、その発行を判断するのはそれぞれの自治体です。
しかし実は、臨時財政対策債は実際に発行してもしなくても、割り合てられた発行可能額に対して国は地方交付税措置することになっているので、国が地方交付税の原資不足を借金で賄うという制度設計を行う限り、各自治体が実際に借り入れを行わなくてもこの問題は解決しません。
この問題は実は国の問題ではなく、地方自治体が地方の固有財源である国税をいつ使うかという問題であって、国は地方自治体全体のためを思って各自治体が使いやすい仕組みを作り、地方自治体の総意を代行して財源を配分しているに過ぎず、国自身の腹は痛まない仕組みなのです。

地方自治体は自らの財源不足に対してもっと自覚的であるべきでしょう。
地方交付税の不足分を借り入れてよいと言われても、その借り入れを返済するのは国ではなく将来の地方自治体が地方交付税の原資として受け取るべきもののなかから返済する。しかもそれは実際に借り入れを行わなくても返済しなければいけないのです。
であれば、地方自治体がそれぞれ「入るを量りて出ずるを為す」ことはもちろん、国が代行してくれている地方自治体の総意としても「入るを量りて出ずるを為す」ことに当事者意識を以て注力し、地方自治体の需要を満たす税収が見込めないのであれば、国が用意してくれた特例の借金で問題を先延ばしするのではなく、基準財政需要額の圧縮、切り下げを受け入れ、並行して財源に見合った行政サービスへとそのあり方を根本から見直すことも考えなければならないのではないかと私は思っています。
全体で配分できる財源が限られているのに、その全体に対して当事者意識を持たずに個々に「要るものは要る」と主張することが全体の利益にならないことを、全国の自治体財政課職員は予算査定の現場で体感し理解しているはずなんですけどね。

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