真冬の怪談 蹲る女 ①
[本当にあったそこそこ怖いはなし]
新年の挨拶を最近ではLINEで済ませる事も多くなったが、今も年賀葉書を送り合う友も多い。
LINEでリアルタイムにアケオメするのも楽しいけれど、お正月ポストに入っていた年賀状を手に取って、差出人を思いながら1枚1枚読むのも良いものだ。
数日前、今年のお正月に私宛に来た賀状を見返していると、その中に自宅と思われる門扉の前で旦那さんと男の子3人に囲まれて笑っている女性の写真があった。
笑顔の女性の名前はTちゃん。
大学を出て務めた児童書の出版社で同期だった私達は、休日には一緒に映画を見たり買い物したりご飯食べたり、2人で遊ぶ事が多かった。
群馬出身のTちゃんは明るい笑顔が印象的な女の子で、笑うと片側にだけエクボができた。
素直で頑張り屋のTちゃんは誰にでも好かれたが、好かれるのは生身の人間だけでは無かったようで、休みの日とか一緒にご飯を食べに入ったお店で「ここ、変な感じする」と言って席に着かずに出た事も何度かあった。
所謂あちらの世界の人たちとの共感力が高かったのか、時々私には見えないものが見えたり、聞こえたりするらしい。
かたや私は、どんなに目を凝らしてもそちらの類は何も見えず聞こえず、「まあ、そういう事もあるかもね」くらいのスタンスだった。
「Yちゃんは私が見える事、怖くないの?」
「全然怖くないよ。やっぱ鈍いからかなあ」
私がそう答えるとTちゃんは嬉しそうに笑った。
いくら科学が進んでも解明できないことだってあるだろう。おばけとか幽霊だって、いてもおかしくないけど、いなくてもおかしくない。
だからTちゃんが、それが見える人でも見えない人でも誰かに被害が及んでいるわけでもないみたいだし、まあ問題無いよねとその日までは思っていた。その日までは。
週末の金曜日だった。
仕事終わりに2人で駅に向かって歩いている時、最近元気が無かったTちゃんがポツリと呟いた。
「今日、Yちゃんとこに泊めてもらっていい?」
「良いけど。でも、なんかあった?」
「部屋に帰るの怖いんだ」
(以下Tちゃん談)
* * *
3日ほど前のこと。
夜中、膝のあたりが妙に重く感じて目が覚めた。目をやると、白い服を着た髪の長い女が膝から下に乗ってじっと蹲っている。
その女の人は、長い髪を垂らし下を向いていたので顔は見えなかった。驚いて飛び起きようとしたが、体が全く動かない。所謂金縛りだ。
怖かったがギュッと目を瞑り動かないでいたら、いつの間にか膝下の重みと共に長い髪の女も消えていた。
朝になって、きっと夢でも見たんだろうとその時は思った。が、
次の夜も長い髪の女はやって来た。
その夜は横向きで布団を被って寝ていた。
夜中にまたズシリとした嫌な重みで目を覚ますと、横を向いていたはずがいつの間にか仰向けに寝ていて、白い服を着た長い髪の女が太腿のあたりで蹲っている。
明らかに昨日より前に這いずり出て、真下を向いていた顔も少し上を向いていた。
やはり金縛りで体は動かない。
ひたすら目を閉じ朝を待つ。
夢うつつで朝を迎えた時、女の姿は消えていた。
二晩も続けて悪夢をみてしまった。ただの悪夢。そう思いたかったけど
そして次の夜も…
胸苦しさに目を覚ます。
髪の長い女は昨夜よりずっと前に這いずり出て、もう胸元近くまで来ていた。
顔も昨夜より更に上向いて、長い髪の隙間から女の口元が見えた。
目を見たらいけない。
本能がそう告げていた。
目を閉じ、1ミリも動かぬ身体で息を殺した。
* * *
血の気のない唇だったという。
「きっと今夜もあの女の人は来るよ。今夜女の人が顔を上げたら、今度こそ絶対目が合っちゃう」
彼女の顔は寝不足のせいかとても疲れて見えた。
私はTちゃんの話を嘘だとも思わなかったし、夢だとか勘違いだとかも思わなかった。
何より彼女の目の下の酷いクマが心配だった。
「夜食買って帰ろう。あと歯ブラシも。寝巻きは私のジャージで良いよね?」
当時私は東急東横線のG駅に住んでいた。
自宅から通勤出来ない事はなかったが、一人暮らしをしてみたくて親の猛反対を押し切り、家賃援助無しで借りた部屋だったので当然古くて狭い。風呂もなかった。
Tちゃんは世田谷線のS駅から徒歩10分ほど、大家さん宅の離れの平家に間借りしていて、私も何度か遊びに行ったことがある。
その頃の世田谷線沿線は緑も多く、高いビルも殆どない長閑な住宅街で、Tちゃんの住む離れの周りも沢山の庭木で囲まれていた。
それから日曜日の夜まで、Tちゃんは私の部屋で過ごした。
駅前の商店街で2人で買い物をした後は、狭い台所で料理を作ったり、目黒川沿いを散策して疲れるとカフェに入ってケーキを食べりした。夕飯の後は銭湯に行って風呂上がりにフルーツ牛乳を飲んだりと、避難生活をそれなりに楽しんでいた。
日曜日、一緒に夕ご飯を食べていた時、Tちゃんが言った。
「Yちゃん有難う。これから帰るよ」
私がもう暫くうちにいて月曜日は一緒に会社に行こうと言うと、そろそろ群馬のお母さんからの宅配便も届く頃だし、ずっとこのままでもいられないから、怖いけど頑張ってみるという。
私は考えた。
白い服の長い髪の女がまた夜中に現れるとして、その時はリセットしてまたTちゃんの足下スタートなのか、それともTちゃんの胸元スタートなのか、とても気になったし、もしこの世ざるものが存在するなら、一度会っておくのも悪くない。
「今度は私が泊まりに行くよ」
取り敢えず3日分の着替えと身の回りの物をバックに詰め込んで、私はTちゃんと一緒に三軒茶屋まで歩いて行き、そこから世田谷線に乗った。
駅と駅の間は狭く、緑色の玉電はゴトゴトとのんびり走って行く。
隣に座るTちゃんは少し不安そうだった。
「大丈夫かな」
「一晩中寝ないでいれば出てこないかもだけど、ずっと夜寝ないわけにもいかないし、取り敢えず一緒の布団で寝てみよう。で女の人が出て来たら私が話してみるよ」
「え?話すって何を?」
「例えば、、Tちゃんに何かご用ですかって。
あと、この世に心残りとか恨みがあったとしてもTちゃんのせいではないし、人の迷惑になるような事はしないで欲しいとお願いしてみる」
Tちゃんが声を出して笑った。
久々にTちゃんのエクボを見た。
「Yちゃんがそう言うなら大丈夫な気がしてきた」
「多分大丈夫だよ。私には八百万の神様達がついてるから」
「ヤオヨロズの神って、アマテラスとか?」
「そうそう。スサノオノミコトとか、イザナミノミコトとかイザナギノミコトとか」
「へぇ、Yちゃん家は神道なんだ。知らなかった」
そうなのだ。
実は私は、今頃長野の山奥で巫女さんの修行をしていたかもしれなかった。
父方の家系は、室町時代から続く長野の某神社の宮司を務める本家の血筋だった。私の祖父までは宮司を務めたのだが、不詳の息子である父は東京に家出。後を継ぐ者もなく、現在は血縁ではない方が立派に宮司を務めておられる。
であるから、もし父が家を出ずに宮司となっていれば、長女である私は巫女さん確率が高い。
だからと言ってお化けや幽霊の類に強いかどうかは定かではないが、こういう時こそ神頼みすべきだろう。
神様、お願い!
続く
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