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【東京大学2020年度前期入試数学(理系)第1問】落としにかかる定性的問題

第1問は入試では珍しい定性的問題が来ました。正直なことを言うと「やってくれたな!」と意地悪に喜んでいます。

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東京大学安田講堂
2016年12月24日、 Kakidai撮影、Wikipediaより

入試の問題は、定量的問題と定性的問題に分かれます。

語感からは
定量的問題=何かしらの値を求めさせる問題、
定性的問題=何かしらの性質を示す問題、
という風に聞こえるかもしれませんが、感覚的にはちょっと違うんですよね … 説明が難しいです。

定量的問題=具体的な性質を利用する、もしくは、証明する問題
定性的問題=一般的な性質を利用する、もしくは、証明する問題

と言った方が私の感覚に近いです。

入試問題では圧倒的に定量的問題が出題されるのですが、まれに定性的問題が出題することがあります。

例えば名古屋大学1970年度入試の正弦関数が整式で表現できないことを示す問題が典型です。1999年度東大入試の加法定理の証明問題も定性的問題に含めていいと思います。

この手の問題は受験生の盲点を突くために出題されていると考えていますが、実際、入試でこの問題を見たら動揺すると思います。

今回の問題は一見 p の値を求めさせる定量的問題に見えますが、実態は2次不等式の性質を問う定性的問題です。

受験生は総じて定量的問題には対策を立てますが、こういう基本的な性質を問う定性的問題には対策を立てません。この問題、もし誘導問題がなかったら超難問だったかもしれません。

誘導問題があってもなお、受験生の一定数は定性的な問いに手が止まるはずで、そういう受験生を落とす気満々です。

この問題が1問目に来ているところに落とす入試として好感が持てます。

[問題] a, b, c, p を実数とする。不等式
       ax^2 + bx + c > 0
       bx^2 + cx + a > 0
       cx^2 + ax + b > 0
をすべて満たす実数 x の集合と,x > p を満たす実数 x の集合が一致しているとする。
(1) a, b, c はすべて 0 以上であることを示せ。
(2) a, b, c のうち少なくとも 1 個は 0 であることを示せ。
(3) p = 0 であることを示せ。

この問題がどういう背景から出てきた問題かはつかみかねますが、間違いなく二次不等式の性質を (1) と (2) で質問してきています。成功のカギはそこに気が付くかどうかです。

間違っても定量的問題の手法に則って最初から解 x を求めにいってはいけません。それをやると泥沼にはまります。

まず ax^2 + bx + c > 0 という不等式を見たときに何を感じるかです。

例えば、a > 0 だとすると解は x < α, β < x となるか、x は任意の実数となるか。要するに、x がメチャメチャ小さいときに不等式を満たしてしまいます。

すると、解が x > p であるためには a, b, c > 0 はあり得ないことになります。(3つの解の共通部分にいくらでも小さい値を含んでしまいます。)

次に、a < 0 だとどうなるか?解は α < x < β となるか、解なしとなるか。

今度は x がメチャメチャ大きいときに不等式を満たさなくなります。ということで、x < p を満たすためには a, b, c に負の数があってはいけないことになります。(これ、(1) の答えになっています。)

以上のことから、a, b, c ≧ 0 で、少なくとも 1 つは 0 ということが成立していなければならなくなります。(これで (2) も解決したことになります。)

ここまで準備が進んで初めて (3) に対峙することになります。ここからは具体的に問題を解いていってもいいでしょう。

[(3) の解答] a, b, c の対称性により a = 0 と仮定して一般性を失わない。このとき、3つの不等式は次のようになる。
(i) bx + c > 0
(ii) bx^2 + cx > 0
(iii) cx^2 + b > 0
ここで、b = c = 0 とはならないことに注意:さもなければ 0 > 0 という不等式が得られるので矛盾。

b = 0 のとき、(i) は c > 0、(ii) は cx > 0、(iii) は cx^2 > 0 となるが、(i) より x は任意の実数、(ii) より x > 0、(iii) より x ≠ 0 が解として得られるので、共通部分を取ると x > 0 であり、p = 0 となる。

b > 0 のとき、(i) より x > -c/b、(ii) より x (bx + c) > 0 であるので x < -c/b, 0 < x、(iii) より x は任意の実数が解として得られるので、共通部分を取ると x > 0 であり、p = 0 となる。 

以上のことから p = 0 となる。[解答終]

こういう問題は数学に対する向き合い方が現れます。

簡単だけど手が出せない、もしあなたがそういう状況であれば、それは数学を本質では理解していないと突きつけられていると思っていいでしょう。

この2020年度入試は、第1問に偽物の学力を暴く門番が待ち構えていた、そういう印象です。1問目として実にふさわしい問題を選んだと思います。

ちなみに、私はことあるごとに誘導問題はいらないと発言していますが、この問題に関しては問題の意図が (1) と (2) にあると思っていて、誘導問題を設けたことで意図が明確になっていると見ています。

もちろん、誘導問題なしで (3) だけを提示しても目的は達成されると思いますが、手を付けるきっかけが乏しくなるので、正答率が著しく低下する可能性があります。

私の見立てがもし正しいとしたら、やはり (1) と (2) は必要ということになるかと思います。

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